* * *
夜の帳が降りる頃、結月は境内に腰を下ろし、四神の卵をじっと見つめていた。
静かな空気の中、手のひらに伝わる温もりは変わらない。
「……何が足りないんだろう」
数日前から、卵には小さなヒビが入ったままだ。
だけど、それ以上の変化はない。
まるで何かを待っているように。
「ゆず」
玖蛇が結月の隣に座り、同じように卵を見つめる。
「まだ孵らない?」
「うん……何かが足りないみたい」
玖蛇は真剣な表情で卵に手を添えた。
すると、ほんのわずかだが、卵がぴくりと震えた気がした。
「ねえ、ゆず。ボク、最近少しずつだけど記憶が戻ってきてるんだ」
「えっ、本当?」
「でも……全部は思い出せない。だけど、"何か"が足りない気がするんだよ」
玖蛇は目を伏せる。
「四神の巫女が受けた試練の伝承……その中に、この卵を孵すヒントがある気がする」
「四神の巫女の伝承……?」
結月は考え込む。
確かに、今までの試練はすべて伝承に基づいていた。
ならば、この卵の秘密も――?
「玖蛇、その伝承って、どこで知れるの?」
「それが……はっきりとは思い出せないんだ。でも……」
玖蛇は鳥居の向こう、境内の奥を見つめる。
「神社には"記録"が残ってることがあるよね?」
結月はハッとする。
「……神社の古文書!」
「うん! たぶん、暁ノ宮や他の四神の神社には、四神の巫女たちが残した記録があるはずだよ」
「じゃあ……もう一度、神社を調べてみるしかないね」
結月は卵をそっと抱きしめた。
この卵が孵るために必要なもの。
それを見つけなければ、次の試練へは進めない。
「でも、ゆず……」
「?」
「ボク、今のままだと結界の外には出られないから……ゆずが頑張るしかないよ?」
「……うん、わかってる」
結月は力強く頷いた。
「絶対に、答えを見つけるから」
玖蛇が微笑み、結月の手の上の卵を優しく撫でる。
「この子も、きっと待ってるよ」
「……うん」
結月は拳を握る。
答えを求めて、再び四神の神社を巡る時が来た。
* * *
――第20話・完――