* * *
結月は息を整え、カグラの言葉を反芻する。
「お前が火の力を扱えるようになれば、この卵もきっと答えを返すだろう」
今までは、卵を温めることばかり考えていた。
けれど、巫女の記録には「己の炎を理解すること」と書かれていた。
(私が、火を操る……?)
そんなこと、今まで考えたこともなかった。
自分には、特別な力なんてないと思っていたのに。
戸惑いながらも、結月はカグラの前に立つ。
「……私は、どうすればいいの?」
カグラは静かに弓を手に取り、境内の中央を指差した。
「そこに立て」
結月は指示された場所へと移動し、深く息を吸い込んだ。
風が緩やかに流れ、朱雀神社の空気がどこか張り詰めていく。
カグラはゆっくりと弓を引き絞り、炎の矢を形作る。
「お前は、火の本質をまだ理解していない」
「火の……本質?」
「火とは、破壊の力であり、再生の力でもある。強すぎればすべてを焼き尽くし、弱すぎれば何も生み出せぬ」
カグラの目が鋭く光る。
「今から、お前に"炎の試練"を与える」
ビュッ――!!
カグラが放った炎の矢が、境内の地面に突き刺さった。
すると、その周囲に火柱が立ち上り、結月を取り囲む。
「っ!?」
熱気が一気に押し寄せる。
まるで、自分が朱雀の炎の中に囚われたような感覚だった。
カグラの声が響く。
「お前の心に宿る炎を知れ」
結月は火の中心で、ぐっと拳を握った。
(私の心の炎……?)
怖い。
だけど、この炎を理解しないと前には進めない。
結月はゆっくりと目を閉じた。
* * *
ふと、幼い頃の記憶が蘇る。
夕焼けの中で駆け回った日。
寒い冬の夜に、焚き火の前で温まった日。
そして――
玖蛇と一緒にいた、あの神社の光景。
あの頃の玖蛇は、小さくて可愛くて、私が守ってあげなきゃって思ってた。
でも今は?
玖蛇は強くなり、私よりもいろんなことを知っている。
それでも、あの優しい笑顔は変わらない。
「……火は、あたたかいもの」
そう呟いた瞬間――
結月の体の周りに、ふわりと淡い光が生まれた。
火柱の揺らぎが変わる。
(あれ……?)
「炎の力を制御しはじめたか」
カグラの声が、どこか楽しげに響く。
「ならば、次の段階に進もう」
結月が目を開いた瞬間――
バシュッ!!
無数の炎の矢が空へと放たれ、結月の周囲を旋回する。
「お前の炎を、形にしてみろ」
「……形に?」
「そうだ。お前がこの炎をどうするか決めろ」
結月は息をのむ。
(私が……火を動かす?)
でも、どうやって?
戸惑いながらも、結月は無意識のうちに両手を前に差し出していた。
すると――
炎の一部が、彼女の指先に沿うように流れ始めた。
「……あ」
まるで、生き物のように炎がまとわりつく。
「お前は、すでに"炎を宿す者"になりつつある」
カグラが微笑む。
「お前がこの火をどう導くのか、それが"朱雀の試練"だ」
結月は炎を見つめた。
(私の火……)
何かを破壊するための力じゃない。
これは、守るための力。
結月はそっと炎を包み込むように手を動かした。
すると、炎の矢が次第に収束し、小さな光の球となる。
それは、まるで――
卵のような形をしていた。
「……!」
結月はハッとして、懐に抱えていた四神の卵を見た。
すると――
卵の表面が、ふわっと暖かく輝いた。
「光った……?」
「お前の力が、この卵に影響を与えた証だ」
カグラが満足そうに頷く。
「これで、お前は"朱雀の火"を理解した」
結月は静かに、卵を抱きしめた。
(まだ……生まれない)
でも、確かにこの卵は何かを感じ取っている。
「これが……私の試練?」
カグラは頷いた。
「試練は、終わったわけではない」
「え?」
「次は、お前自身が"四神の炎"を完全に使いこなすこと」
カグラが指を鳴らすと、炎が再び結月の手に宿った。
「これは、お前自身の力だ」
「私の……?」
「試練を乗り越えるたびに、その力は目覚めるだろう」
結月は自分の手を見つめた。
この炎は、確かに自分のものだ。
「……次の試練に進む前に、もう一度、卵と向き合うがいい」
結月は深く頷いた。
(四神の巫女の伝承……)
(そして、この卵の謎)
すべてが、ゆっくりとつながり始めている。
次の試練は――蒼龍神社。
私は、この卵とともに、次の扉を開く。
* * *
―― 第22話・完 ――