* * *
四神の卵を抱えながら、結月は次なる目的地へと向かっていた。
――蒼龍(そうりゅう)神社。
京都の北東、霧深い山間にひっそりと佇む神社。
そこには**「蒼龍の守護者」**がいる。
カグラの試練を経て、火の力を知った結月。
だが、卵はまだ孵化する気配を見せていない。
カグラはこう言った。
「試練を超えるたびに、卵は目覚めていく」
ならば、次の試練を超えることで、また何かが変わるかもしれない。
* * *
山道を進み、霧の中を歩く。
結月は卵を抱えながら、慎重に足を進めた。
すると、視界の先に見えてきたのは――
青々とした水が流れる、龍の形をした石像。
その背後には、静かにそびえ立つ神社の鳥居。
「……ここが、蒼龍神社」
鳥居をくぐると、空気が一変した。
冷たい風が頬を撫で、どこからか水の音が聞こえる。
そして――
「よく来たな」
静かだが、響くような声が境内に広がった。
結月が顔を上げると、そこに立っていたのは――
蒼龍の守護者、イズナ。
彼は淡い青の衣をまとい、長い黒髪を揺らしながら、じっと結月を見つめていた。
「お前が次の試練を受ける者か」
「……はい。私は四神の卵を育てるために、ここに来ました」
結月は胸の前で卵を抱きしめながら答える。
「卵、か」
イズナは一歩前へと進み、鋭い眼差しで卵を見つめる。
「まだ眠ったままのようだな」
「ええ……でも、私はこの子を孵すために試練を受けます」
イズナは微笑み、静かに頷いた。
「ならば、お前に"水の試練"を与えよう」
彼が手を振ると、結月の足元に青く輝く魔法陣が浮かび上がる。
「……っ!?」
次の瞬間――
世界が、一瞬で水の中へと変わった。
* * *
「――っ!」
結月は水の中にいた。
息ができる。
だが、足元に確かな重力を感じる。
(ここは……?)
周囲を見渡すと、巨大な龍がゆっくりと泳ぐのが見えた。
その龍は、蒼く光る鱗を持ち、しなやかな尾を揺らしている。
「試練とは、"水の流れ"を理解すること」
イズナの声が、水の中で響く。
「お前は"火"を得た。だが、炎は水によって消える」
龍の瞳が、結月を見据える。
「炎は力強く、情熱を生むが、時に激しすぎて自らを燃やしてしまう」
「……!」
「水は炎を消すだけの存在ではない。水は流れを作り、命を運ぶ力でもある」
イズナの声が低くなる。
「お前は、この水の流れの中で、自らの"炎"をどう活かすかを知ることになる」
結月は水の中で手を動かしながら、ゆっくりと目を閉じた。
(水の流れ……炎とどう関係するんだろう?)
すると――
卵が微かに光を放った。
まるで、何かを感じ取っているように。
「……この子も、何か言いたそう」
結月はそっと卵を抱きしめた。
その瞬間――
水の流れが激しく変化した。
「っ!!?」
まるで川の激流のように、水が荒れ狂い、結月の体を押し流そうとする。
「な、何!? これ……!」
流れに逆らおうとしても、足元が定まらず、どんどん押し流されていく。
すると、イズナの声が再び響く。
「力で抗うのではない」
「え?」
「水は形を持たぬ。ならば、お前も"流れ"を受け入れるのだ」
(流れを受け入れる……?)
結月はもう一度、周囲を見渡した。
確かに、水は力強く流れている。
でも、その流れには法則がある。
ならば――
流れに逆らうのではなく、流れに乗ればいい。
結月は息を整え、流れの中に身を委ねた。
すると――
ふわりと、水が彼女を包み込む。
(……すごい)
まるで、川の流れの中に身を任せるように、自然と前へと進むことができた。
(もしかして、火の力も同じ……?)
火もまた、無理に操ろうとすると暴走する。
けれど、流れを知れば、それを制御することができるのではないか?
結月がそう思った瞬間――
卵の光が、少しだけ強くなった。
「……!」
結月は静かに微笑んだ。
「分かってきたか」
イズナの声が、穏やかになった。
「炎は情熱を生み、水はそれを受け止める。両方を知ることで、お前は己の力を手にする」
結月はゆっくりと頷く。
「……ありがとう、イズナさん」
「まだ試練は終わっていない」
イズナは笑みを浮かべる。
「次は――"龍の牙"を手に入れろ」
「龍の牙……?」
イズナは指をさした。
結月の視線の先――
そこには、蒼き龍の巨大な影がゆらめいていた。
「龍の牙は、この流れの中に眠る。
お前が"水と炎"の本質を理解し、流れを掴むことができれば、牙はお前の手に落ちる」
「……わかった」
結月は卵を抱えながら、静かに前を向いた。
(きっと、この試練を超えれば……また、何かが変わる)
彼女の旅は、まだ続く。
* * *
――第23話・完――