食事を終えて二十分、探索者事務所へ歩く。食後の腹ごなしとしてはちょうどいい感じの運動になった。
「ところで、どうせなら”鉱山”のすぐ近くに探索者事務所を構えたほうが効率的なのでは? 」
シゲさんのもっともな疑問に庄司さんが答える。
「探索者の仕事は”鉱山”の管理だけではないですからね。絶対生活圏外部からのモンスターの侵入を防ぐ探索者も居ますし、絶対生活圏の外へ出てダンジョンを攻略して安全を担保しつつ、その範囲を広げるのも探索者の仕事なんです。なのであえて何処かの施設の近くに作る、という形をとっていないんですよ」
「そういえば井上さんも事務所には居るけど今回のあふれには参加してなかったなあ」
食堂で食事をしている間に、あふれのトドメを刺しに行っていたであろう人たちがどやどやと食堂へ入り込んできて無事の生還とあふれの防止、それから稼ぎに感謝して酒を酌み交わしていたのを思い出した。
彼らの中には井上さんは居なかった。たまたま他の用事で出かけていたのか、それともそもそも井上さんはもっと偉い人だったような気もする。
人を動かして指図する立場の人が現場に立って作業をするようなことは珍しいのだから、マツさんにどれだけ惚れ込んでいるのかというのも解る気がしてきた。
「しかし、今日は一杯稼ぎましたね」
ものすごく機嫌が良い庄司さん。もしかしたらもっと深く潜ってもここまでの収入を得るのは珍しいのか、それとも斥候役だからと少し肩身の狭い思いをしているのかもしれない。彼女が喜んでいる様を見ると頑張った甲斐があったな、と思い直すところでもある。ちょくちょく暇だったらパーティーを組めるようになれば彼女も生活が楽になるのだろうか。
「事務所に戻ったら正式な探索者証明書を発行します。お二人ともソロなら二階層、パーティーなら三階層を問題なく攻略できるというそれぞれへの証明になります。ソロで二階層に挑めるなら充分一端の探索者として名乗って結構だと思いますよ」
「それは有り難いな。これで五郎さんと二人なら三層まで潜れるってことか? 」
「うーん、斥候役が居ないと厳しいかもしれませんね。モンスターから奇襲されても問題なく動けるかどうか、という点については評価がまだ付けられないので、出来れば二層で留めておいてもらえると助かります」
どうやら、斥候がいれば三層まで問題なく行ける、というところらしい。
「庄司さんは我々の専属というわけではないから、他でパーティーを見繕う必要があるってことかな」
「そうなります。私もお二人……とくに五郎さんが一緒に居るなら是非お付き合いしたいところではあるんですけどね」
「五郎さんモテモテだな。庄司さんの手が空いてる時はいつも一緒に潜れば食うには困らないんじゃないか? 」
「庄司さんにも予定があるだろうからそれは難しいと思うよ」
駄弁りつつ、探索者事務所に着く。庄司さんは受付で説明をし、二人分の探索者証を更新してくれた。斥候ありなら三階層、ソロなら二階層ということで無事に探索者証が新しく更新された様子。
新しくなった探索者証を手にしてゴキゲンなシゲさんを横目に、受付にちょっと用事がありたずねに行く。
「あの、パーティー申請をしているんですが、申請した相手が今日来てたかどうか確認したいんですけど」
「野田様ですね。本日は……本日は来られてませんね。多分あふれが発生した影響でそちらへヘルプへ行っていた可能性があります。明日また来てみてはいかがでしょうか」
よかった、待ちぼうけを喰わされたパーティーは居なかったんだな。ありがとうとお礼を言うと、シゲさん達のほうまで戻っていく。
「受付に何の用事だったんだい? 五郎さん」
「いやね、俺にパーティー申請を出してくれた人たちが居たらしくて、その人たちとすれ違っていないかどうかチェックしてもらってたんだよ」
「ほう、五郎さんに目をつけるとはなかなか勘のいいパーティーだな。しかし、五郎さんにはもう宛てがあるのか……俺もパーティー探さないとな」
頭を掻きつつシゲさんがこれからどうすっかな、という感じで考え込んでいる。
「シゲさん、良かったら」
「いや、それは無しだ」
シゲさんも一緒にパーティー申請を受けたらどうか、と言い出す前にシゲさんに押し留まれてしまった。
「五郎さんは魔石を100%落とすという稀有な体質を持ってる。でも、それを笠に着させて俺まで無理に引き込もうとするのはそれは違うと思う。お互いもう違う人生を歩み始めたんだ。今日は久しぶりってことで一緒に潜ったが、二人とも名前も戸籍も変えた別人だ。それ以上はお互い踏み込まないようにしないとせっかくの新しい人生が台無しになっちまうと思うぞ」
「いいのかい? 明日からの収入が厳しくなるぞ」
「その分今日稼がせてもらったから良いんだよ。それより五郎さんは五郎さんの人生を歩むべきだ。だから俺は俺でパーティーメンバーを探すことにするよ。今日は懐かしかった。ありがとうな」
そういうと、俺の肩を叩いて受付のほうに行った。どうやら自分は自分でパーティーを探している、二層まではソロでもいける、パーティーなら三層まで行けるという証明書を今貰ったのでそれを基準に見繕ってほしい、という感じで伝えているのだろう。
たった今、野田五郎、いや、竹中三郎とシゲさん、加藤茂とのつながりは一旦断ったのだ。この後たまたま再会して一緒にパーティーを組むという可能性はあるかもしれないが、二人をセットにして考えるな、とシゲさん側から言われてしまった。これは一つの別れでもある。
しかし、会おうと思えばまた会えるんだ。もしかしたらこんな別れ方をしておいて、明日ひょっこりまたここで会うかもしれない。後は偶然と気まぐれに任せようというのがシゲさんの言い分だ。もしかしたら結局元鞘で一緒になるかもしれない。その時はその時で仲良くやろう。お互いの実力は知っているのだからそれなりにうまくやれるんじゃないか?
今日のところはみんなで稼いだ、それでいいじゃないか。