無事に出入口まで戻ってきた。ちょうど入れ替わりの時間なのか、出入口での交代任務が行われている。どうやら口頭で問題がなかったかどうかを報告し、問題がなければそのまま、問題が発生している場合や気になることがある場合はそれぞれ確認し合う、という感じであった。
その交代を横目に受付を通って換金所に。佐々さんにお任せになるのだが、これは井上さん向けだからまとめず別に溜めておいてね、的な話をしているのだろう。小声で話をしているので流石に聞き取ることはできない。
そして話が通ったようで、換金のタイミングに来て全員分の魔石を出して鑑定してもらう。ザラザラと出すので各魔石ごとに種類分けをして、重さを量って後は重さに対した金額で鑑定しているらしい。種類ごとに分ける必要があるなら種類ごとにそれぞれ振り分けたほうがいいのかな。どうなんだろう。
鑑定が終わって四等分された金額が出て来る。金額は一万とちょっと。これが四層で目一杯稼いでいるともう五千円プラスして手元に残るので、今日の稼ぎは四万円ほどになる。一日四万円も稼げば充分生活に困ることはない。
換金が終わったところで、そのまま夕食も食堂で食べていくことになった。今度はゆっくり食事が取れるな。昼と違ってこれから飯、という人もそこそこ居るのか、遅めに入った昼間の食堂よりも人が増えていた。
「夕方は結構混むんですね」
前に並んでいる佐々さんに聞いてみる。
「夕勤夜勤組と、俺達みたいに夕飯食ってから帰るかって連中が合わさるからね。食堂も今が一番書き入れ時ってわけなんだ」
「なるほど」
今日の夕食のワンコイン定食はいつもの山盛りご飯と味噌汁、そしてサラダは多めのキャベツときゅうりとトマトというスタンダードなものに、少量の生姜焼きが乗っていた。これでワンコインは少々安いような気がする。
「今日の夕食は生姜焼きか。そりゃ混むわけだ」
「やっぱり肉は貴重ですか」
「そりゃそうだ。その肉を食べるためには時間も手間も野菜もかかる。ここでも出るのは珍しいぐらいだ。いいタイミングに来たね」
佐々さんもワンコイン定食。後ろを見るとみんなワンコイン定食を選んでおり、ワンコイン定食しかないんじゃないかと思われたが、パーティーメンバーじゃないその更に後ろの人はちゃんと生姜焼きを注文していた。
どうやら、ワンコイン定食以外にも日替わりにはなるが食事を選ぶ選択肢はあるらしい。ここも今後は毎回使っていくのだからどういう流れで色んな飯が食えるのか覚えていかないとな。
「基本的にワンコイン定食、贅沢なものを食べたければ、二倍出してワンコイン定食の豪華な奴を選ぶか、の大体二択だね。好きな物なら定食じゃなく単品で注文すれば、量が多めで出てくるよ」
なるほど、メニューの幅があるわけではないらしい。ただ単にメイン食材を一杯食べたいか、それとも手軽に食べたいかの違いだそうだ。カレーとか出る日もあるのかなあ。流石にカレーはないかな。香辛料も高級品だ。
「毎日来てメニューを確認しないといけないってことですね」
「ついでに言うなら毎日じゃなく朝昼夕かな。まあ昼と夕が同じだったって場合もあるけどね」
そういえばそうだったな。朝昼夕でちゃんと材料を使い分けて献立を考えて……調理場の皆さんも大変だな。美智恵さんも同じ苦労を背負っていたのかと思うと、彼女の苦労がちょっとだけわかった気がした。
さて、久々のまともなお肉だ。まだ暖かい生姜焼きからは生姜の香りと醤油やみりんの香りが漂ってきて何ともいい雰囲気を立ち上らせている。
「さて、いただきます。冷めないうちにしっかり味わっておかないと」
「それもそうだな。いただきます」
生姜焼きみたいなちょっと一手間かかる料理はマツさんの所でも出てくる食事じゃないからな。そこは文明の力ということにしておこう。味のほうもなんだか懐かしい味がする。こういうのが、こういうのがいいんだよなあ。ほっとして、でも口の中でほのかに温かみがあって、そして美味しい味。
一人生姜焼きの美味しさに浸っている間を置いて、他のパーティーメンバーから質問が飛んでくる。
「野田さんはこれまでどうやってモンスターを倒してきたんですか? 」
「すでにレベルが二十八もあったってことは相当の数倒してきてますよね」
「一体どこでそんなにレベル上げをしてきたんですか」
少々うるさい。静かに飯を食う時間を少しでも与えられたかったがそんな時間はなくなってしまったらしい。
「細かいことは……井上さんから許可が出ないと話せないかな。ただ、他のダンジョンで戦ってきた。体質にはその時気づいた。今は井上さんの保護もあってなんとかやってるけど、その内独り立ちしたい、そんなところかねえ」
「独り立ちですか。どのみち井上さんのお世話になるんですから今のままでいいのでは? 」
「うーん。それもそう思うんだけど、老い先短い身で何から何までお世話になるだと問題だから、自分の身の回りの整理といつでも死んでもいいように準備はしたいんだけどね」
ぽつりと本音を呟く。モンスターに殺されるではなく、単純に寿命で死ぬことを考えての発言だ。もしかしたら明日かもしれないし、今日飯を食い終わって部屋に帰って、うっ……となる可能性だって小さくはない。
「それは……まだしばらくは大丈夫じゃないんですかね」
周りの三人もちょっとそこには突っ込みづらそうにしている。流石にちょっと冗談が過ぎたか。
「まあ、それはいいとして」
「「「いいんだ」」」
あ、ハモッた。
「まあとにかくですね、今すぐお迎えが来るとかそういうわけではないのは解るんですが、いつ来てもいいように終活だけはきちんとしておこうと思うんですよ。その為には井上さんにもお世話になっているところもある程度区切りをつけておかなきゃいけないかな、と思っている訳です」
「なるほど、だとしたらなおさら井上さんの庇護下に居たほうが安心ではありませんか? 我々でも無事かどうか様子を見に行くこともできますし、一定のところに住んでいらっしゃるなら最近見ないね、の流れから部屋を訪れたらお亡くなりになってた、というところまで含めてそのほうが良いような気がしますが」
確かに、一理ある。そのほうが色々と都合がいいし気を使ってもらうことにはなるが、もしもの時を考えたら井上さんのお世話になっている方がいいな。
「うーん、でも今のところ、他に思い当たるお金の使い道なんかもないのでどうしようか、というところなんですよね。装備を一新するにはちょっと足りないから……そうですね、装備をもうちょっといいものにしてより簡単に戦えるほうに考えを変えたほうがいいかもしれませんね」
「そうですよ。まだまだ野田さんは元気でいられるし、レベルが上がる間は体の不調もレベルアップで追いついていくでしょうから心配しなくていいと思いますよ」
ふむ……思ったより俺の身体は頑丈に出来ているらしいな。これもレベルアップの恩恵という奴か。
「じゃあまだしばらくは……しばらくがいつまで続くかまでは解りませんが、その間は今のままで生活するとしますか。例えば”鉱山”の近くに住んで移動しやすくするとかそういうことも考えていたんですがその必要もなさそうですね」
「そうだなあ。職場が近いのは確かにメリットかもしれないな。探索者の中にはわざと”鉱山”に近いところを選んで住んでる奴も居るし、野田さん次第かな」
やっぱり俺と同じ考えの人はいるわけだな。うまいこと空き部屋があるか探してみて、どんな生活が出来るかも考えておく必要があるな。風呂が近いとか洗濯するだけの水が確保できるかとか、色々と考える所はある。よく考えて、生活拠点を動かすなら念入りに調べる必要があるな。これでしばらく暇する時間はつぶせそうだ。