「では、今後ともよろしくということで。私はまだ開いてるかどうかわかりませんが不動産屋によって”鉱山”近くに物件があるかどうか探しに行ってみますよ」
「じゃあ今日は解散だな。また二日後よろしくお願いします」
「それじゃねー」
それぞれ食堂で食器を返すと、自分の生活に戻り始める。これからは二日に一回”鉱山”だ。開いた一日で何をするかは完全に自由。これだけ自由が保障されていて実入りも良い仕事、というのはなかなかない気がする。これもマツさんの元でサバイバルしていた経験が役立ったと考えると、マツさんの恩恵は計り知れない。
さて、まずは”鉱山”の周りを探して不動産屋を見つけることにするか。とりあえず今どこに何があるか殻を把握しなきゃいけないからな。図書館とか行けば……ああ、この時間ではさすがに閉まっているよな。歩いて適当に探すにも手掛かりがないな。
これは、明日午後から探し始めたほうが良さそうだな。別に今日中になにかしなければ時間が足りないというわけでもないし、老人の時間はたっぷりある。細かいことは気にせずに明日に回すか。
というわけで真っ直ぐ今のところの我が家へ帰ってきた。帰ってきた我が家にはラジオとマツさんの所で故人で扱っていた荷物ぐらいしかない。洗濯機は皆で共用だが今のところは誰かが使っているらしい。今のうちに銭湯へ行ってくるか。今日もしっかり動いて汗をかいたのは間違いないんだ。二日に一回風呂に入れるだけでも充分な贅沢と言える。
歩いて十五分ほどのところにある銭湯へ向かって、入泉料を支払って風呂に入る。ちゃんと新しい下着と服を持ってきたので風呂から出たら戻って洗濯機を使わせてもらおう。洗濯機は洗剤込みで無料で使えるのが今の家のいいところ。
それを考えると今の居住地から離れるとかえって不便にはなるか。そう言うところもよく考えておかないといけないな。一度井上さんか、その部下の人に相談してしてみるの先か。
身体を洗って風呂につかり、しっかりと体を芯から温める。ここだけはマツさんの所とは違ってたっぷりのお湯で体を温めることができるのでこっちに帰ってきてよかった、と思える部分ではある。
しっかり体を洗ったおかげで垢や表面の皮膚をしっかり削った分だけ、風呂上りが寒くなりそうではあるが、この風呂の温かさと気持ちよさと天秤にかけると、風呂の気持ちよさに軍配が上がってしまうのは仕方がない。
この風呂の代金もしっかりと今日稼いで帰ってきたことを考えると、俺の稼ぎは充分すぎる稼ぎなんだな、ということを自覚し始める。とにかく文明圏であっても高いものは高い。
大量過ぎる水や石鹸や清潔用品は高い傾向にあるが、逆に電気や熱に関してはコストが安い。魔石による発電や発熱によってそのあたりを維持されていて、”鉱山”のありがたみを充分に感じられるところだ。もしかしたら数日前のあふれのおかげで大量に供給された魔石が今の俺の風呂の気持ちよさに通じているのかもしれない。
そう思うと、ちゃんと社会の役に立っているという気分が感じられて、仕事への熱も……と、そういえば俺の今日の稼ぎは井上さん経由でマツさんの所へ行き、より希少で手に入りそうにないような品物に変わってくるんだろう。食料で言えば香辛料や砂糖、塩なんかもありだろう。
海のモンスターにどのくらいまで支配されているのかは解らないが、小魚の類を今日まで見かけたことがないあたり、どうやら漁業はほぼ全滅に等しいところまで追いやられているんではないかと考えられる。まだ可能性があるなら川魚か。自然に還った場所もあるだろうし、そういう地域では魚や自然動植物の類が反映しているとジビエにも期待が持てるんだろうな。
今あるものを限界まで使っていく、という流れでは来ているものの、実際に足りないものが消耗品だけではなく耐久消費財なのか、それとももっと別の何かなのか。ものによっては新品を手に入れることは不可能ではないので、そのチャンネルに役立っているのが井上さんとマツさんの密約、ということになる。
だとしたら、早いこと出荷品がいっぱいになるまで急いで魔石を貯めこんでマツさんの所へもっていってもらう、というのも選択肢としては取りうる話なのだろう。今後にも寄るが、週五で通って二日休み、という形に変化させることだってできるわけだ。俺の動き方次第で多少は変化させられる、という所か。
まずはそこまで頑張ってみるのが目標だな。そう思えば気も少しは楽になった。よし、明日は二層を一周したらそこで仕事を終えて、街を見回ってみることにしよう。どこかで自転車を借りて生活圏を色々見回ってみて、みんながどういう暮らしをしているのかを確かめるのも必要だ。
明日の予定も決まったところで風呂からざぶんと上がって体を良く拭き、選択し終わっている新しめの肌着に袖を通す。後は風呂上がりに一発牛乳を飲めれば完璧なんだがそうは問屋が卸してくれない。
昔は風呂上がりに牛乳なんてことをやっていたが、今では新鮮な牛乳を飲めるのは酪農家だけになってしまった。たまにあっても中々の値段がして、しかも好評らしく売り切れていた。仕方がないので駄菓子屋によく置いてあった粉ジュースを水に溶かし込んで飲む。
どうやらこの手の駄菓子や味変お菓子の類はまだ生産ラインが生き残っているようで、細々と営業を続けているらしかった。いつか、風呂上がりに牛乳が飲めるように俺も頑張りたいところだな。
風呂から帰ると洗濯機が空いていたので洗濯をさせてもらう。今日一日しっかり動いて汗をかいた服を洗濯機に入れて洗剤を入れ、スイッチを入れる。水はまだ節水を呼び掛けるほどのものではなく、飲料水はまた別で使っているのかどうかまでは解らないが、少なくとも洗濯に使う湯ぐらいは問題なく使えるらしい。風呂まで行くと厳しいが洗濯なら出来る、という所だろう。
しばらくはこの生活を続けることにしよう。その間にお金を貯めて、新しい場所に移るにせよ何か生活の利便性を上げるものを入手するにせよ、準備が必要だ。井上さんからしばらくの生活用にと渡された資金で今のところやりくりできてはいるが、二日に一度潜る今のお仕事のペースなら井上さんに頼ることなく生活はできるはず。
まだこの生活は始まったばかりだ。まずは慣れること。そして仕事の効率を上げていくこと。仕事恩効率が可能な限り上がってくれたら後はより長い時間戦えるようになること。この三本柱を生活の基準にして生活していこうと思う。
後は……食堂のワンコイン定食にどんなものが出てくるかを毎日楽しみにすることぐらいか。食だけでも楽しみが増えるということに悪い気はしない。明日の朝と昼を楽しみにして今日のところは一日を終えることにしよう。眠れるうちに眠っておくのも仕事の内とも言うしな。