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第74話:しばらく過ぎて

 パーティーが活動を始めて三週間が経った。きっちり二日に一回、一日三往復を目標として頑張ってきた。ここまでで俺のレベルも三十二まで上がり、他の三人もそれぞれレベルアップを体験してより洗練された動きや活動ができるようになってきた。


 レベルが三十を超えると上がりにくくなるのは確からしく、最初の一週間半でレベルが一気に二つあがった後は、つい先日レベルが三十二になるまで長めの待ち時間を要するに至った。


「強いモンスターと戦った方が経験値は入りやすいそうですから、今まではずっと格上と戦っていた、という形になるんでしょうね。レベルも三十になるとオークやホブゴブリンでは格上とは呼べなくなっているのかもしれませんね」


 そう言うのは一番レベルの高い谷口さんであり、ここ最近レベルが上がっていなかった様子である。


 俺の場合は他の理由もあり、こっそりと二層に潜って荷物がいっぱいになるまで稼いで帰ってくる、という行動を休みの日に行っていたからであり、その分の稼ぎは銀行に預けてある。


 こんなご時世だが、銀行をモンスターが襲うという話は聞かないので、銀行を襲うのは銀行強盗という名前のモンスターではなく人間である。


 しかし、銀行側もそう易々と強盗をされてはたまらないということでそこそこのレベルの探索者を雇って警備についてもらっているので銀行を襲うと言ったニュースはとんと聞かない。そういう意味でも銀行に金を預けておくのは家に置いておくより数倍安全である。


 何より、俺自身がそこそこのレベルを保持しているため、部屋に強盗が押し入っても逆に強盗をやり込めて最悪死なせてしまう可能性だってある。強盗のためにもお金は必要な分以外は銀行に預けておくのが安全、ということだろう。


 レベルが四つ上がったことで、どうやらモンスターに与えるダメージというのも何故か上がっている。多分自分の気づかないところで膂力や腕力が上昇しており、その分槍の動きも機敏かつ適切な位置に焦げ気を加えることができるようになっている、という解釈で良いんだろうな。


 ともかく、今のところ順調だ。順調そのものと言っていい。お金も貯まるし二日に一度は風呂にも行ける。洗濯も欠かさず出来るし、新しい服も買うことが出来た。下着の新しいものを手に入れた時はこれが俺専用のパンツか……と感動すらしたものだ。


 ゴムの入っていない綿の下着だ。ゴムは今やこれも貴重な物資の一つではある。日本本土でゴムの木の栽培が出来る場所はない。合成ゴムの工場はわずかながら稼働を続けているが限界はあるし、それを貴重な下着にまで使うというところまで行き渡ってはいない。


 昔と違い、合成ゴムのふんだんに使われた引っ張れば伸びて縮むものとは違い、伸びたら伸びたまま、縮んだらそれは洗濯の失敗、となる品だが、新しいものを入手できる感動には代えられない。


 これも都市間の交易がないと成り立たないものであり、その為には絶対生活圏の延長と保持、不定期に発生するダンジョンの踏破が必要となっている。


 そういう意味で、生活圏防衛担当の探索者の負荷は高い。”鉱山”である程度の収入が見込まれているとはいえ、生活圏防衛担当が運び込んでくる魔石のドロップも中々の金額になっているはずだ。これもまた社会インフラの維持のために消費されているんだろう。


 そんなわけでこの世の中で資産とはっきり言えるものは土地と金と魔石ぐらいのものになってしまった。宝石なんてもうほとんど価値はない。金と変えて集める希少な趣味の持ち主ぐらいしかいなくなってしまった。その人は何としても人類の文化遺産としての美術品や工芸品を次世代次々世代に温濾していかなくてはならない、という意思の持ち主らしい。


 立派だなとは思うが、それも金に替えれるものが潤沢にある人物という一つのお大名様の趣味みたいなものであり、このいつ終わるともわからないダンジョン災害が静まるまでは続けていきたいらしい。


 しかしダンジョンはいつどこに出来るかもわからない状況なので、ある日突然銭湯の中にダンジョンが発生する可能性だってあるのだ。おびえて暮らす必要自体はあるものの、現状生活圏防衛担当には潤沢に人が集まっているようで、ここに戻ってきてからダンジョン発生による被害の話は聞いたことがない。


 これも井上さんの手腕のおかげなんだろうか。だとしたら井上さんはかなり手広くやっているか、もしくは俺達のパーティーは生活圏防衛担当の内部調査パーティーとして動いているのかどちらかなんだろうな。


 こういうことに頭が回るようになったあたり、レベルを上げるとある程度は賢くなってくれるもんらしいな、と少しだけ自分の頭の回転の良さを褒めたくなる。


 今はしばらく井上さんのお世話になり続けよう。お金を貯めるにも世の中が円滑に回るためにも、そして離れたところで孤軍奮闘しているマツさんのためにも、手早く資金源となる魔石を回収してマツさんの元へもっていき、こちらで必要な物資や食料、貴重品と交換してもらうために全力を尽くすのがこのパーティーの目的だ。


 今日もいつも通り四層へ行って三往復。そして、三往復共に荷物を満タンにして帰ってくることに成功した。二日に一日四万五千円。もしかしたら義息子の純一より稼ぎが良いんじゃないだろうか。これはこれで悪くないし、娘の沙理奈宛てに遺言として金を渡すようにしておくのもありかもしれないな。


 開いた時間を利用して街の地図を改めて手に入れたので、それを頼りに明日は不動産屋に出かけることにしよう。きっとどこかに良さそうな物件があるかもしれないし、敷金礼金の話はおいといても今の自分にはそれなりに金がある。


 ただ、保証人が必要だと言われると厳しいかもしれないが、このご時世で一人で生活している人も少なくはないはずだし、少し先払いで家賃を入れておけば言われない可能性もあるな。まあ、まずは物件探しから始めてみよう。


 今日は後は帰って銭湯に行って寝るだけ。確かに一日しっかり体を動かしたが、まだこれから……例えばあふれが発生したから集まってくれと言われても出かけるだけの体力は残っている。運動量はそこそこ高いものだったはずだが、レベルが上がったおかげかかなりの無茶も効くようになっている。


 とりあえず今のところはあふれの予兆も何も出てきてはいなかったので、安心して銭湯に行けるってわけだ。そういえば、庄司さんとシゲさんと一緒に潜って以来、あふれの予兆は確認されていない。あふれってのはそうそう頻繁に起こるわけでもないんだな。


 マツさんのゲルがあったダンジョンは、言ってしまえば毎週あふれが発生するダンジョンであった。しかもかなり強力なあふれだ。しかもボス自身が下から上まで部下のモンスターを引き連れて上がってくるという強烈な奴だ。そして、ボスを討伐した後下に何があるかも、現状では解っていないはずだ。それを考えるとあのダンジョンの掃討戦にはかなりの戦力をつぎ込むことになるだろう。


 マツさん……待っててくれよ、いつか助けに行くからな。その時は俺も強くなったんだという証明を見せたいところだ。気分が高まってきて、銭湯で良い感じにのぼせそうになりそうだが、それもまたよし。そのまま天国まで上らなければいいだけのこと。


 銭湯に行き全身をきっちり洗い風呂から上がった。風呂上がりの牛乳は今日も売り切れだった。いつになれば飲む機会が訪れるのだろう。もしかしたらマツさんの所へ行ってお願いするほうが早いかもしれないな。


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