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第76話:護衛依頼という名の里帰り

 ある日、井上さんに呼び出された。ここのところは調子がよく採掘作業に勤しんでいるので、パーティーがらみの問題ではない、ということはわかる。


 もしかしたらもっと深くまで潜れるパーティーを模索していく、という話をされるのかもしれないだろうが、それならパーティー全員呼び出されて解散と口外無用とされること等が盛り込まれての話になるだろうからそれも違う。


 今回はどんな話を持って来られるんだろうか。ちょっと不安でもある。


 探索者事務所を訪れて受付で対応してもらう。


「野田と言います。井上さんに呼び出されてきたんですけど」

「井上さん……事務長ですね。少々お待ちください」


 そういえば肩書で井上さんを呼んだことはないな。ちゃんと事務長とお呼びするほうが良いのだろうか。探索者の上司にあたるんだからさんづけで呼ぶのは失礼かもしれないな。次からはちゃんとやろう。


 しばらくして受付が帰ってきて、確認をされる。


「野田五郎さんですね。三階で事務長がお待ちです。場所はお分かりになりますか? 」

「はい、一人でもいけます」

「では、お願いします。話は通っておりますので」


 今日はひとりで行け、ということらしい。まあ毎回連れてってもらうのもなんだかアレなので、一人で行けるならそのほうが便利ではある。


 三階へ上がってなんだかんだ割と来る回数があるような事務長室の前まで来るとノック三回。


「どうぞ」

「野田です、入りますよ」


 中に入ると今日は暇っぽいのか、仕事が終わった後なのか。机は綺麗に片付いていてスッキリしている。


「今日はあまりお忙しくないみたいで何よりですね」

「まあ、この後の話にもかかわるので仕事は早めに終わらせておいたのですよ。今日は来てくれてありがとうございます」


 ふむ……ということは結構重要な話か。どんな内容の話なんだろう。


「単刀直入に言います。野田さん、松井さんに会いに行きませんか? 」


 井上さんから切り出された内容はちょっと驚く内容だった。マツさんに会いに行くということは、交易用の魔石の収集にめどが立ってダンジョンへ出動するだけの物量が溜まったことになる。


「それは、私たちの集めていた魔石がある程度貯まった、という認識で良いんでしょうか」

「そうなります。で、まず第一弾として向かうことになるんですが、松井さんも見知った顔が複数いるほうがお互いプレッシャーや事務感を少なくするためにいいと思いましてね。今私の一番身近に居てくれるのが野田さんですから、ぜひとも付き合ってほしい、というのが私の願いです。どうですか、来てくれますか」


 久しぶりにマツさんに会える。悪い話じゃないし、パーティーメンバーには井上さんがらみの用事だと伝えれば一日や二日抜けることになったとしても問題はないだろう。


「解りました。是非同行させてください。私も久しぶりにマツさんの顔も見たいですし、話しておきたいこともありますからね。コッソリじゃなくて堂々と会いに行けるのはありがたいことです」


 マツさん元気にしてるだろうか。あれからそれなりの時間が経ったが、無事に回っているだろうか。急な病気や寿命で人口が激減していたり……ってそれは自分たちが出ていった時に発生したからな。


「うん、野田さんがいてくれると心強いね。一人で二層に潜ってこっそりお小遣いも溜めてるようだし一日二日休んでいても生活が苦しくなるようなことではなさそうだしね」

「おっと、バレてましたか。まあでもおかげでへそくりがあるのは事実ですし、それでやりくりしてるのもなかなか楽しくなってきたところです。他にやることもないですしね」

「体に無理をされてないのであれば問題はないですので、その調子で頑張ってください。とまあそんな話なので、二日後に出かける予定がある、ということでよろしくお願いします。午前九時にここで集合ということになります」

「解りました。予定を開けて時間までに到着できるようにしておきます。念のためにパーティーメンバーに井上さん経由でお仕事が入ったので最悪一日参加できないかもしれない、とは伝えておきますね」


 流石にマツさんのスキルでこっそりと色んな物品と交易している、という話はまだ秘密の範疇だ。これをはっきり伝えることはできないが、事務長マターの案件ならば仕方ない、と納得してもらう必要がある。


「そのあたりで頼みますよ。流石にマツさんとの交易の件に関しては探索者でもごく一部しか知らないことになっているからね。口と耳は少ないほうが好都合ですから。そういう点でも野田さんが参加してくれることはありがたい話です」

「ところで、あっちのダンジョンのあふれとのタイミングは大丈夫なんですよね。いざたどり着いたらあふれの真っ最中でいきなり戦闘、最悪全滅なんてことにはならないですよね」

「そこはきっちりと調べてあるから大丈夫ですよ。今日、あふれが発生しているタイミングだと思います。松井さんの残してくれたレポートと実際に我々が密かに調査したタイミングとも合っていますので、多少の残存のモンスターは居るにせよほとんどの下層のモンスターはもう自分のいた階層に戻っているころに到着するであろうという予測になっています」


 きっちり調べ上げている辺り、やはりマツさんをこっちに呼び戻したいという気持ちは強いのだろう。なにより、マツさんのスキルは他の探索者の持つスキルとは一線を画したスキルだ。同じスキルを持つ探索者を長く待つよりもマツさんを呪縛から救出して戻ってきてもらうほうが世の中のためになるであろうことは想像がつく。


「そこまで安全が担保されてるならなおさら行かない選択肢はありませんね。是非同行させてもらうことにします」

「では、話はここまでで。それはそれとして、最近困った事や悩みなんかはありますか? 何かあるならば改善する方向にもっていきたいところですが」


 メインのお話は終わりらしい。ここからは軽い雑談だ。さて、雑談にするような話はあるかな……そうだ。


「前に言ってた風呂付の物件、空きそうですか? 」

「あぁ、前に言っていた奴だね。残念ながら今のところはないかな。異動や居住者の引っ越しがあればすぐに連絡するつもりではあったんだけどね。かといって事故でも起こって探索者を辞めるような人物が出てくることを願うこともできないからね。そっちのほうは申し訳ないがもうちょっと不便に甘んじていてもらうことになるかな」


 ふむ、人事異動があればその限りではない、か。そういうことにしておくか。とりあえずの住居だし、今の場所で不便はちょっとあるが、劇的に問題があるというわけではないし、近所の住民も取り分けて迷惑な人が居るというわけでもない。


 うん……身の回りで今のところ不安とかそういうものはないな。あとはお迎えがいつ来るかぐらいのものだ。


「問題ないですね。しいて言うなら部屋で孤独死してた場合にどういうやり取りで発見されるかってところでしょうか」

「なるほど、なら新聞を取るといいですよ。溜まってたら何かしらの事件か不審死か何かだと思われることが多くなりますし、今の時世では考えられないことですが、長期旅行に行くなら新聞社に言ってその間新聞を止めてもらうということもできますからね」


 なるほど、そういう自分の生存報告のやり方もあるのか。最近の新聞が月いくらかかるのかはわからないが、掛け捨ての保険と思って新聞で色々情報を仕入れるにも問題はないだろう。


「考えておきますよ。では、今日はこの辺で」



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