今日は一日休みの日。街の地図も手に入ったところで不動産屋にでかけて新しい終の棲家を探す日だ。朝食はいつものワンコイン定食を”鉱山”で胃袋に納め、そのまま空く時間まで待って一番近くの不動産屋まで出かけることになった。
食事をとるために探索者です、今上がりです! という雰囲気を出すために槍を持ち出してきたため、少々物騒な格好での不動産屋の訪問になったが、向こうは慣れているらしく、店内では振り回さないでくださいね、とだけ言われて素通しだった。どうやら探索者が稼いだ足で不動産屋にいく、というのは結構見慣れた光景らしい。
「どうも、野田と申します。引っ越し先を探しに来ました」
「いらっしゃいませ。本日はどんな物件をお探しですか。安全な場所ですか? それともあえて危険でもいいからお安い場所ですか? 」
対応してくれる堀井不動産の社長らしき人がにこやかに話しかけて来る。
「”鉱山”に近い場所が良いですね。より贅沢を言えば銭湯にも近いところが良いですね。基本的にこの二点の間で生活をしていますので、いい場所にいい物件があればご紹介していただきたいところなのですが」
正直に自分の現状を説明し、まず場所を指定しての物件を紹介してもらうことにする。その中に良いものがなければより近い場所で、もしくは多少かかってもいいので良い物件があればそこを提示してもらう、という形で進めていければ楽だな。
「お一人で住むご予定ですか? ご家族とかは」
「家族は居ません、一人で住む予定です。しいて言うならパーティーメンバーが一番家族に近いものになりますかね」
「じゃあ探索者でいらっしゃるんですね。だとすると……この辺りが良いですかね。上下水道も使えますし洗濯機も共用でついてます。お風呂も付いてますし、わりと好物件かと思います。ただその分お部屋のほうが少し狭いですが……その辺は大丈夫ですか? 」
「この通り一人暮らしなもので、荷物はほとんどないですね。なので部屋の広さについては問題ないと思います」
一部屋とキッチンがあればそれでもう充分事足りる。そういう生活をしてきたというより、生活を始めてまだそんなに時間が経ってないから、というのもあるがとにかくまだ手荷物は少ない。槍とラジオと服の着替え一式ぐらいだ。後はいくらか食料品なんかはあるが、これもそうそう移動に時間がかかるほどの量ではない。
「良ければこちらで引っ越しサービス用の車も手配できますが、車一台で運べる量ですかね? 」
表に停めてある魔石で発電して動くタイプの車を指さし、店長が確認を取る。
「これだけの車の広さなら一回で済みそうですね。本当に荷物は少ないので」
「じゃあ、お薦めはここですね。敷金礼金それぞれ一ヶ月で月七万円。値段としてはちょっと高いですが、ここは探索者にも人気があるから結構すぐ埋まっちゃうんですよね。決めるなら早めに決めてしまってくれた方が、取り置きもできるから良いと思いますよ」
引っ越し場所の取り置き……つまり約定済み、もしくは相談予約済って奴か。そういう相談が出来るのであればとりあえず取っといてもらって、いやむしろ今ここで決めてしまってもいいかもしれない。
「ちなみに何ですが……保証人のあてはありますか」
店長がここで懸念していた話を持ち出してくる。
「保証人は……やはり必要ですか」
「まあ、お歳がお歳ですので、もしも部屋で亡くなっていた場合なんかを考えると遺品の引き取りや部屋の掃除なんかで色々とやり取りが発生するもんですから、ここの物件だと敷金礼金有りとはいえ、事故物件扱いにもなりますからその後のことを考えるとどうしても確認を取る必要は出てきますから」
保証人……慣れるとしたら井上さんぐらいしか保証人のあてがない。パーティーメンバーではさすがに重荷過ぎるし、死ぬかもしれないので居住の保証人になってもらえませんかと聞くのはブラックが過ぎる。ここは井上さんに一つ頼んでみることにするか。
「あては……ないことはないですが、相談する必要はあると思います」
「では、相談してきてみてください。それまで部屋は予約済ってことで保持しておきますので、安心してください」
とりあえずツバはつけた。後は井上さんにうまく話がとりなしてもらえるかと、井上さんから承認を受けられるかどうかか。
不動産屋を出て、そのまま探索者事務所へ。井上さんいるかな。いてくれると話がスムーズに進むんだけどな。受付へまっすぐ進み、受付嬢に話しかける。
「すいません、野田五郎というものなんですけど、井上さんにお取次ぎは出来ますでしょうか」
「野田五郎様ですね。そちらでかけて少々お待ちくださいませ」
しばらく待つ。周りからはいくつか話が聞こえる。
「あれが例の100%爺さんか」
「固定パーティーで潜ってるらしい」
「一日に三往復ぐらい魔石を持ち帰っているらしいぞ」
「お歳はいくつなんだろう? ぱっと見六十は越えてるように見えるが」
「苦情や問題が発生している様子はないからうまくいってるみたいだな」
噂をされているのは主に俺。どうやら知らない間に”鉱山”でしっかり顔を売っていたようだ。すれ違うパーティーにしても爺さんが混じっていては目立つだろうし、換金所で顔を合わせたことのある人がいたのかもしれないな。
「お待たせしました。すぐに終わる用件ならば可能、ということでしたがいかがなさいますか」
「すぐに終わる用件ですのでお願いできますか」
「解りました、ご案内いたします」
受付嬢に連れられ、三階の事務長室へ連れられると、ノックをする。
「どうぞ、入ってください」
中に入ると井上さんが書類を相手に格闘していた。確かにこの量は、短い間でないとお邪魔になるだろうな。
「野田さん、何かご相談という話ですが。鉱山採掘で何か問題があるとか、パーティーメンバーに不満があるとかそういう形のご相談ですか? 」
井上さんは少し控え気味に質問をしてくる。何やらパーティー内で不和が生じたとか、俺の体質を活かせない何かの問題があったのか? というほうに頭がいっているらしい。
「いえ、そういう絡みの問題ではないんですよ。実は引っ越しをしようとしまして。引っ越し先で保証人が必要だと言われたものですから井上さんぐらいしか頼れる人が居なくてですね。保証人となっていただけないか? という相談です」
井上さんがその話を聞いて書類を机の上に置く。
「今の官舎で何か問題があるってことですかね? 詳しくお聞かせ願えますか」
どうやら、気に入らないから出ていく、という方向へ考えているらしい。そうじゃないんだけどな。
「今の官舎でも問題はないんですが、いつまでもお世話になるわけにはいかないと思って引っ越しの相談に来たんですが」
「いやいやいやいや、むしろ今の場所にいてくれた方がお互い連絡もつけやすいですし、人もよこしやすいですし。こちらとしては現状維持が一番都合が良いのですが、それでもダメな理由があったりしますか? 例えば収入的に厳しいとか、”鉱山”から遠いとか」
「”鉱山”から遠いというのは少しありますね。ただ、自分で居住先を決めたほうが井上さんにも手間がかからないんじゃないか、と思っていたんですが逆でしたかね? 」
どうやら認識の齟齬があるらしい。ここは落ち着いて整理しよう。
「では、あのまま住んでいても問題はないと? 」
「確かに風呂がなくて洗濯機が共用なのはあまりいい点とは言いませんが、そこで生活していただく限り家賃もかかりませんし水道光熱費はこちら持ちになりますからね。野田さんとしてもそこは美味しいのでは? それに、私から野田さんに直接お話がある際には連絡が付きやすいと思いますし、私としては今のままで過ごしてくださる方がありがたいんですが……どうしてもというならば保証人になるという件、請け負います」
井上さんとしては問題がないわけか。なら、引っ越しの件はなしだな。
「いえ、そういうことでしたら納得します。てっきりいつまでも居座るのでそちらの邪魔をしているんじゃないかと思っておりました」
「マツさん救出計画の一端は野田さんにかかってますからね。いずれ、風呂と洗濯機のついたちゃんとした官舎が空けばそっちに引っ越してもらいたいぐらいですよ。それまでは……ちょっと時間がかかるかもしれませんが今の形で納得しておいてもらえると助かります」
「わかりました。じゃあ不動産屋にはお断りを言ってきますね。わざわざ時間を取らせて申し訳ないです」
「いえいえ、こっちも誤解が解けてちょうどよかったですよ。これからもよろしくお願いしますね」
無事に和解が成立し、その足で不動産屋に再度来店。引っ越しの件はなかったことに、と伝えると、店主は残念そうだが、少しほっとした表情でお断りを受け付けてくれた。
多分、爺さんの孤独死されるとまずいと思ってたんだろうな。