次の日のうちにパーティ-メンバーには話をしておき、明日はちょっと井上さんの用事で出かけることになる、もしかしたら一泊するかもしれないからその時は日課に参加できないことを伝えると、みんなは意外にも素直にOKを出してくれた。
「井上事務長の仕事ならしょうがないよな」
「そうですね、大事にされてますね野田さん」
「そっちのほうでも頑張ってくださいね」
と、三人そろって背中を押されることになった。やはり井上さんの影響力というのは凄いものらしい。その日もいつも通り午前午後で三往復。ちょっと時間が余ったので夕食を早めに食べて解散。明日のためにちょっと長めに寝ておくか。
一応風呂にも入って身ぎれいにしておいたほうが良いな。せっかく街に戻ったんだからこれだけ便利な生活をしている、ということを見せておかないと、マツさんの元から去ったとはいえ前より厳しい生活をしている、というのではこっちに戻ってきたいというイメージを植え付けかねない。
こっちはこっちできちんと生活が出来ているので問題はないよ、という安心感を見せつけるためにも必要な行為だな。さぁ、風呂でしっかり垢を落として新しめの服へ着替えて、いつもの俺という感じで見せつけていこう。
◇◆◇◆◇◆◇
翌日、探索者事務所に十五分前に到着した。朝ごはんもきちんと食べたし髭も剃った。身支度を整えてきっちりと戦闘用の装備も揃えてだ。ダンジョンでは少なからず戦闘になるだろうし、その時に丸腰ではただの居るだけ邪魔な爺さんになってしまう。他の探索者の手を煩わせないためにも自分でできる範囲の護衛力というのは大事だ。
事務所の前では何台かの車の中に荷物を積み込んでいる様が見える。おそらく、あれが俺達が稼いでため込んでいた魔石なんだろう。中々の量がありどんどん車の中へ積み込みを行っている。
あれが自分たちのここ一ヶ月ぐらいの頑張りか……と思えば感動もひとしお。これだけの魔石を用意して、井上さんは何と交換するつもりなんだろうか。食料品や肉、砂糖、しょうゆ、みそなんかの生活物資と交換するのは解るが、それ以外に何かしらの装備品や、マツさんを助け出すための一助になる品物を求めるのだろうか。
考えながら井上さんに近づき、声をかける。
「井上さん、到着しました」
「おはようございます、野田さん。準備のほうはあと十分ほどで終わる予定ですので、それまで……手伝ってもらうと逆に周りが混乱するかもしれませんから待ってていただいても? 」
「解りました。大人しく座ってることにしますね」
「助かります」
声だけかけておけばこれで積み残しだと言われて置いてきぼりを食うことはないだろう。荷物はその間にもどんどん積み込まれていき、荷物と一緒に探索者も十人ほどが一緒に乗り込むことになった。どうやら内部に入ってマツさんに顔を合わせに行く組と、その間車両の護衛を務める役に分かれるようだ。
荷物はまだ余裕があるけどトラックはいっぱいだ、と言っているので、おそらく残りの荷台には人間が乗っていくのだろう。マツさんのゲルと車で入り切れる場所までは距離がある。車を守っているだけの人間が必要だからその分人手も必要、ということだろう。
「野田さん、そろそろいいですか」
「はい、今行きますよ」
よっこらせっと立ち上がり、井上さんのほうへ行く。
「野田さんと私と他二人はまず、現地に到着したら二層へ下りて松井さんと合流します。その後で来るまでのところまで松井さんに来てもらって、検品と欲しいものリストとの交換を開始します。その間車両の護衛組は近寄ってくるモンスターの掃討に専念してください」
「この爺さんも一緒に連れてくんですか? 」
「この人はその松井さんの所でそこそこ長い間活躍していた人だし、パーティーで”鉱山”の四層まで下りて普通に探索が出来るぐらいには強い人だから心配はないよ」
他の探索者の質問にもサラッと答える井上さん。どうやら事前にそういう質問が飛んでくるんだろうと予測していたんだろう。
「つーことはこの人が例の魔石を必ずくれる爺さんか。よろしくな」
初対面でなれなれしくも握手を求められたが、断る理由もないので握手を断らずにがっちり結ぶ。別に無理矢理強い力をかけて来るとかそういうのではなく、短い間だが背中を任せても大丈夫そうだ、という安心感からのやり取り、という感じなんだろうな。
「では、積み込みも終わったところで出発する。帰りは荷物の都合上少々狭くなる可能性もあるが、それも見越して人数の厳選と荷物の整理はさせてもらった。多少ケツは痛いかもしれないが我慢してくれ」
それぞれ指定された車両に乗り込み、移動の時間を待つ。年寄りに荷物運びはさせられない、として座席の奥のほうに座らされた。現地に着いた時に降りるのは多分最後になるだろうな。
荷物の確認と車の整理がついたところで、井上さんが指示を出し、移動を開始する。そう言えば車の移動というのも随分久しぶりだ。ガソリンが手に入らなくなってから魔石でのエネルギー発電、それに伴った内燃機関の新しい技術的革新とかいう奴によって、ガソリンの代わりに魔石を大量に燃料タンクにぶち込むことによって、以前と変わらない性能での自動車の運転は可能になっている。
その分車自身よりもタイヤのほうが価値が尊重されていたりするわけだ。人工合成ゴムは広まってはいるもののお値段が欠航するので、動く自動車を持っていることはそれなりにステータスになっている。
また、絶対生活圏の中では自動車の代わりに市街地を走り回る路面電車が復活しつつあり、これが市民の足のメインになりつつある。なんだか昔に戻ったみたいで懐かしくもあるが、これが時代と世間の変化かと思うと喜んでいいのか悲しむべきなのかは一概に言えない。
どちらかと言えば悲しむべきなんだろう。モンスターに家族を襲われて亡くなった人が身近に居ない、なんて人は極めて稀である。俺の周りでも三軒先の旦那さんが出勤途中でモンスターに襲われて亡くなっていたし、まだ仕事をしていたころは連絡がつかなくなった部下の部下が同じくモンスターに襲われて亡くなっていた、という例もあった。
俺自身は公務員であったことからも、何百人もの死亡届や火葬許可証の発行に携わってきた。ダンジョン災害は決して遠い世界の話ではないのだ。今もこうして貴重な自動車を使ってまでマツさんの元に向かうのも、その災害以前に発達していた流通網の中で購入できた商品を手に入れることができるからこそ交易という形で向かっている。
もしかしたら現地でタイヤを交換して山積みにして帰ってくる、なんてこともあり得るわけで、井上さんの手の中にあるリストにはおおよその交換したいものの優先順位のリストやモノがあるかどうか、それから食料品で枯渇している必需品なんかも上がってくるのだろう。
塩に関して言えば、昔ながらの海水塩田手法で取り出しているのもあり、窮乏することはないらしいのだが、調味料、特に発酵食品に関しては工場が被災しているかどうかだけが問題であり、これも生活圏の真ん中に堂々と工場を建てたままの醤油、味噌の生産会社が周辺の地域を一手に担っている。おかげで各地の味というものが無くなってしまったが、食生活をある程度維持することに関しては少しだけ安心できている。
後は砂糖か。これだけは日本国内でも栽培できるところが限られているし、そもそも大航海時代レベルで砂糖の生産地が限定されてしまっているので何とか自主流通させるために各所頑張ってはいるが、どうしても日本の端から端まで行き渡らせるということは難しいようだ。
ここに関して言えばかろうじて手には入るもののかなりお高いお値段になっているらしい。砂糖が高級品か。俺の産まれる前の時代に戻ったようだな。