向かう間に一人で今の世の中の状況について考え事をしていると、横から話しかけられる。
「なあ、爺さんが豪運の野田さんなんだろ? 」
なんだその二つ名は。どこの誰がつけやがった。
「その二つ名は初めて聞いたが、多分俺がその野田であってると思う」
「どうすればそんなに魔石ドロップするようになるんだい、やっぱりスキルなのか? 」
「まあ、そんなもんだ。おかげで”鉱山”でもしっかり稼がせてもらっている」
おー、という感想が周りから飛んでくる。そりゃ、一日に三往復、荷物を満タンにして帰ってくるパーティーが居るという話になれば、俺の特異体質も広まっていくんだろうな。
「それは、爺さんがこれから向かう先にいた頃からの出来事なのか? それとも後からスキルで生えたのか? 」
うーん、答えづらい質問だ。もしかしたら生来持ち合わせていたものなのかもしれないし、最初のゴブリンを倒したことで生えた体質なのかもしれない。ただ、そこまで豪運ならば宝くじに当たるとか、そういう方面でも活躍してもおかしくはない話ではあるので、この場合の豪運ってのはモンスターに対してだけ効果がある、という類のものなのだろう。
「正直解らん。ただ、俺がモンスターにダメージを与えるとそのモンスターが魔石を必ず落とす、という現象を豪運と呼ばれているのは間違いないだろう。本当に俺が豪運ならば行く先にもお世話にならなかったかもしれないしな。多分ダンジョン関連でだけ通じる豪運なんだと思う」
「なるほどな……真に豪運ならそもそもモンスター災害に巻き込まれない所で平和に暮らしてた可能性もあるってわけか」
「そういうことだな。だから俺が豪運なんじゃなくて、モンスターに対して何かを働きかける、というスキルの可能性もあるんじゃないかな。確証はないから解らないが、とりあえずモンスターが魔石を落とす、という事象だけを見れば豪運でもまあ、合ってるんじゃないかなあとは思う」
こうやって質問されて初めて思いついた意見なので確かに確証はない。が、俺が攻撃したモンスターが魔石を落とすんじゃなく、俺に攻撃されたモンスターに対して何らかの働きかけがあって、結果として魔石を落とす、というほうが現状の把握としてはより正確なのではないだろうか。
「ふーん……ああ、俺は斉藤っていうんだ。今日は一日よろしくな」
まだ若い、二十代ぐらいに見える若者だが、井上さんが連れてきた若者なのだから、口が軽いか腕が確かか、どちらにせよ中々の力を持った探索者なのだろう。もしかしたらただの子飼いの部下かもしれないが、それはそれで俺と立場は同じだ。また会うこともあるだろうからしっかりと名前は憶えておこう。
「野田五郎だ。よろしくな」
「野田さんはこれから会いに行く松井さんにも面識があるってことだよな? 爺さんだし、それなりに強いみたいだし」
「マツさんの……松井さんの元では体質を活かしてモンスターの魔石を集めて回っていたよ。おかげでしっかりレベルも上がってて、こっちでの探索者活動も問題なく行えてる。捨てる神あればって奴だな」
マツさんは元気でやっているだろうか。現着したらみんなやせ細ってて病気が蔓延してて取引どころじゃない……みたいな雰囲気が漂っていたらどうしようと心配になる。
俺が居ない九年間大丈夫だったんだから今も大丈夫だとは思いたいが、俺が居なくなってから魔石の安定供給が滞ってしまうことにもなっているからな。マツさん自ら陣頭に立ってモンスター退治をやってるようなそんなことになってはしないだろうか。
「野田さんはさっきから落ち着かないようだけど、何か理由があるのか? 」
「そりゃ色々と。向こうに残ったメンバーが無事でいるかとか、そういうのも含めて色々とあるさ。特に松井さんが体調悪くなんかなってたりすると今回行く意味すらなくなってしまうからね。無事でいて欲しいよ本当に」
「仲間もいたのか……仲間とはこっちへ戻ってきてから再会した人も居るのか? 」
「一人はいたな。他のみんなはどうしてるかわからないが、話を聞かないのは良い頼りの証拠だと考えてはいる。みんな歳だし、緊張の糸が切れてフッと切れてしまう事だってあるからな。なんだかんだで、金さえあれば毎日風呂に入れるのはこっちのいいところの一つではあるかな」
肉を頻繁に食べられなくなったのが不満点と言えば不満点か。そう言えば食肉を仕入れたりもするんだろうか。トラックには保温庫みたいなものを乗せていたような覚えもある。きっと冷凍食品とかそういう物もいくつか仕入れて、井上さんの更に上司の御機嫌伺にでも使うんだろう。そういう袖の下は必要な時はあるからな。
「どんな人だろうなあ松井さんって。俺は直接会ったことはないから井上さんの話の聞きかじりぐらいしか解らないんだよね」
「誠実な人だよ。誠実過ぎて困っているぐらいには。彼がもう少し誠実さを失って自分の気持ちに見切りをつけられる人だったら、こうやってわざわざ遠征しなくても……そうだな、事務長の机に座ってそこで取引を続けるようなそんな人だったと思うね」
「井上さんが尊敬する人だからそのぐらいの偉さはあるってことか。ますます気になるな」
出会って幻滅しなければいいんだが。さて、彼のおかげで時間つぶしにも気晴らしにもなったのか、少し見覚えのあるあたりまで来た。確かこのあたりで車を乗り換えて皆で一斉に移動したんだっけか。
ということはこの先はモンスターが出やすい場所か。場合によっては車を降りて戦闘、という可能性もあるな。
「ここから先、モンスターが居るかもしれないから数によっては降りて戦闘ということになるかもしれません。後ろに近い人は注意しておいてください」
以前の環境と今の環境が同じとは言えないが、モンスターが普通にうろついている絶対生活圏の外であることに間違いはないのだ。警戒はしておくに越したことはない。
「何、大丈夫だ。あんたは忘れてるかもしれないが、俺も受け入れの時にパーティーの中に居たんだよ。危険なのは承知の上だ」
どうやら俺が覚えていないだけで、最後尾に座る彼とは面識はあったはずらしい。覚えていないとはこれも歳のせいか、それとも別のことを考えていたかだな。
「そうか、ならよかった」
「だから一番奥のあんたの出番はないと考えてくれていい。それに、この車は結構頑丈だ。ゴブリンぐらいならひき殺してしまえるから問題ない」
流石に出番はないとまで言われたらもうこれ以上言うこともないだろう。大人しく座っておくことにする。
「大丈夫だ、野田さんの心配するようなこと何もないよ。今回だって事前に使者が送られて日程の都合をつけての会合ってことになってるから向こうも準備は出来てるはずだ。流石に何時に到着とまでは折り合いをつけられなかったが、今日中に到着して今日中に撤収、ということになっている。その前情報からも特に異常として見当たるような点はなかったと言っていたし、ちゃんと元気な松井さんに会えると思うぞ」
事前にやり取りはしていたわけか。なら俺の心配も杞憂でしかないな。車の揺れがちょっと激しくなり、山道に向かいだす。ここから山道を登ってその先にダンジョンがある。そして、その先にマツさんがいる。
久しぶりのマツさんに会えることに楽しみを感じずにいられない俺は完全にマツさんのファンらしい。ファンなら、できるだけこっちも心配させないような受け答えをしなくちゃいけないな。