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第79話:到着、再会

 車に揺られ続けること一時間ほど。どうやらダンジョンの中に無事に到着したらしく、周辺の風景が一気に洞窟に変わった。ここからは車で行ける所まで奥に行き、そこから歩いてマツさんゲルのある二層まで歩いていく。


 車が停まり、全員が降車する。即座に周辺の安全を確認した後井上さんが響いてモンスターを呼び集めない程度に声をかける。


「ここからは歩きだ。とりあえず四人ほど一緒に来てもらう。私と野田さんと福留さんと斉藤君、一緒に来てもらうよ。それからここまで松井さんを連れてきて、ここで取引という手はずになっている。その間残りのメンバーは車の防衛と周囲の掃除をよろしく頼む」


 井上さんの指示でハイ、と元気に返事せずに各自が頷くことで、余計なモンスターを呼び集めないように注意しながら行動する。


「野田さんはここから先どう行けばいいかまだ覚えてますか? 」


 井上さんが道筋について尋ねて来る。


「一応は。でも、地図はあるのでしょう? 」

「地図を見ながら動くよりも道が解ってる人についていく方が効率的だからね。それじゃあ道案内をお願いしますよ」


 何十回と通った一層から二層への道。まだ忘れるはずもなく、まだ自分がここに住んでいるかのように自然に足が二層へと進んでいく。なんだかんだで、まだ俺はここの老人ホームの住人ではあるんだなあと自分で思いなおしをするところである。


 この気分が晴れやかになるまでにはまだ幾分かの時間と、このダンジョンの踏破という二つの事象が必要になるのだろう。要するにマツさんの安全が担保できるようになるまでは俺も平穏を得ることは難しいということだろう。


 二層に入り、セーフエリアのほうへ足を進める。周辺のモンスターは掃除し終えたので、ポケットには少し魔石が入っている。これもマツさんへの手土産として渡すことにしよう。


 セーフエリアに入ると、見慣れた建物、見慣れたごちゃっとした風景、そしてゲル。ゲルの周りには置いていくことになったみんながそれなりの数集まっていた。


「おや、三郎さん! 」


 残留組だった美智恵さんがまず最初に声をかけてきた。


「久しぶり、美智恵さん。今は野田五郎と名乗ってるよ」

「じゃあ五郎さんだ。よく生きてたねえ。大丈夫? 困ったりしてない? 」


 美智恵さんが俺の心配をしてくれる。俺としてはこっちのセリフなんだけどな。


「美智恵さんも元気そうで何よりだよ。俺が居なくなってから困ったりしてない? 」

「そりゃ、困ったことも増えたけど、三……五郎さんがいなくなる前に戻ったって感じだねえ」


 俺が来る前は魔石の確保も三倍効率が違ったんだろうから、生活に問題が出てくるのは仕方ないこともあるな。


「待ってて、今マツさん呼んでくるから」


 美智恵さんがゲルに入り込んでいき、中で何やら話を始めた。しばらくして、ゲルから美智恵さんと共にマツさんが姿を現す。


 井上さんが前に出て、マツさんと顔を合わせる。


「松井さん、お久しぶりです」

「井上君も元気そうで何より。あと三郎さんも」

「今は野田五郎と名乗っています。井上さんが新しい戸籍を用意してくれたので」

「そっか。じゃあ五郎さん、改めてお久しぶり」


 マツさんはいつもの優しい声と表情でこちらに話しかけて来る。なんだか随分久しぶりに会えた、という感覚すらある。


「車は一層の、出来るだけ近くのところまで持ってきています。たっぷりと魔石を持ち込んできましたのでそれの鑑定と、こちらで欲しいもののリストを作ってきました。優先順位もつけてありますので、それに沿った形で取引をお願いします」

「解った。早速行こうか。美智恵さん、ちょっと取引してくるからその間だけよろしくね」

「いってらっしゃい、お気をつけて」


 美智恵さんに後を託してマツさんと共に車まで戻る。車の荷台は一台は空っぽのままで来たので、そこに物資を乗せて帰る、ということになるのだろう。


 しばらくマツさんの後ろを歩きながら、何処か変わったりしてないかを観察する。マツさんは今まで通りここにいて、体の調子も悪そうなところは見当たらない。ちゃんと生活できているということは伝わってきた。


 もしかしたら俺がついてきた意味はあんまりないのかもしれないが、俺が俺の意思でここへ来て、井上さんに搾取されたりしていない、ということを伝えるためには必要だったのだ、と考えることにしておくか。


 車に到着し、交易の手続きを始める。まずは魔石の収納からだ。マツさんはまずメモ帳に現在のネットショップの残金を記録したらしく、数字の羅列を書き込んだ後、トラックに積載されたかなりの量の魔石をどんどんマツさんが自分のショップへ入れていく。ホイホイと収納されていく魔石に、初めてマツさんのスキルを見たものは驚いている。


 十分ほどかけて全ての魔石を収納した後、井上さんと話しながら次々に品物を出していく。それにも驚く周囲。


「なあ、あれどういう仕組みなんだい? 」


 斉藤さんが俺に質問をしてくる。


「うーん、口止めされているわけではないけど、言っちゃっていいのかなあ。井上さん、斎藤さんが説明を求めてますが」

「ここにいるメンバーは引き続きこの交易にも携わってもらうことになるから、ここにいる人間にだけには伝えてもいいかな。ただし、それ以外の人間への口外は固く禁じる、というところだね。それを守ってくれるなら聞いても良いよ」

「……だそうです」


 斉藤さんはしばらくうなると、俺に耳打ちしてきた。


「じゃあ俺にだけこっそり教えてくれてくれるかな。ここで大声で話をして全員に伝わって、余計な重荷を背負わせたくないというのは本当のところだし、俺自身も気になって夜眠れなくなりそうだ。口外禁止は……まあそういうスキルもあるってことで納得して誰にも言わないことを約束する」


 なるほど、好奇心が猫を殺す方を選んだか。


「そこまで聞くなら話しますが、マツさんは魔石やモンスターのドロップする素材を通貨として、ダンジョン災害以前に合ったネットショッピングで購入できた全ての物を購入することができるスキルなんですよ。食品や雑貨品はもちろん、裏のルートで流れていた医薬品なんかも取引できるらしいです。詳しいことまでは聞いていませんが、私の知る範囲ではそこまでですね」

「ダンジョン災害以前の……俺の子供のころの便利さを体現できるってことか。それは凄いスキルだな。でも、そんな人がなぜこんなところで年寄りとだけ住んでるんだ? 」


 当然の疑問だ。それはマツさんの個人的な感情の事情であり、本来なら拘束してでも街の役に立てるようにするほうが利益を享受できる分だけお得なんだろう。


「昔、ここでダンジョン攻略を失敗してマツさんと井上さんと数名だけが生き残ったって事件があったらしいんですよ。それ以来、このダンジョンのモンスターが掃討されてダンジョンを踏破されるまではここで生き続けるのが亡くなった人への供養だと思っているようです」


 二人の間に重い空気が流れる。やがて何かを考えついたのか、斎藤さんが言葉を切り出す。


「じゃあ、もしもここが攻略されるような余裕が出てきたらその時はここの攻略戦に参加したりするのかな」

「かなり大規模な編成になるとは思いますが、その日を待ってるってところでしょうかね。井上さん自身も早くマツさんの心情を解決してあげたいとは思ってるようですし」

「なるほど……しかし、便利すぎるスキルだな。松井さんがここに住みつくようになる前に何とかできなかったんだろうか」

「当時の上司……多分事務長だった人なんでしょうが、その人がスキルへの理解を示さなかったのが一番の原因かもしれません。何にせよもう今こうなってしまっているのはどうしようもないので、せめてマツさんのスキルを有効活用してここを攻略するために頑張るしかない、というのが現状だと思います。その為の準備としてここに赴いている面もあるんじゃないでしょうか」


 井上さんのことだから、探索に必要な物品の買い込みも視野に入れて優先順位をつけていろんな商品を買い込んでいるはずだ。保冷庫にも食品を詰めているようなので、どうやら生鮮食品の類で窮乏しているものを買っているのだろう。そう言えば交易レートはどのぐらいにしてあるんだろう?


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