目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第80話:交易

 トラックに乗り切るだけの荷物や食料、武器、その他本当にいろいろなものを買い込んだようで、どうやら甘味もあるらしい。どれがいくらで何がどうの、ということまでは解らない。


 しかしマツさんにも攻略まで生き続けてもらうためには交易ルートは1:1ではなくマツさんに利益があるように配分しているはずだ。そうでなければマツさんも素直に交易に応じたりはしないだろうし、俺やシゲさん達が居なくなった分だけ魔石の取得ペースも落ちているはず。


 その分……一体いくら分の魔石が溜めこまれていたかは当人たちにしかわからないが、それだけの金額の交易にはなっているらしいことはわかる。自分の頑張り分がそのままというわけではないだろうが、俺だってこっちへ帰ってきてからかなりの収入を労働報酬として得ていることは間違いないのだから、その金額分の収益がこの交易にあてられていることになる。


「とりあえず必需品はこんなところですかね。後は要相談物資ですか」

「こんなにアッサリ手に入ってしまうとなんだか気が抜けてしまいます。今まで必死こいてやりくりしていた部署もこれでなんとか切り抜けられると良いんですが」

「井上君のことだからその辺の説明も何とか切り抜けてくれると思ってるよ」


 マツさんと井上さんが親しげに会話している。やはり、あの事件がある前からある程度交流があったと見るべきなんだろうな。


「これは……本気ですか。戦える人材に向けて渡す武器になると思うんですが」

「スキルを十全に扱えるものに渡せばきっとそれに見合うだけの行動を起こしてくれると思っての買い込みですからね。松井さんを早く救出するためにも必要なものです。買って……くれますよね」

「……わかりました。約束は約束ですからね。私個人としては複雑な心境です。私のわがままでここに残っているのにそれに付き合わせるだけのことになってしまっているのも事実。ここに来るまでに消費する燃料やタイヤもタダじゃないだろうに」

「でも、それ以上の利益を享受で来てますからね。物資の出何処は固く口を閉ざすことにして、探索者の育成と部隊編成、それからここの戦力規模を綿密に調査して、いつかはダンジョンを攻略して見せます。だからそれまで松井さんは生き抜いてください」


 井上さんとマツさんの視線が一致する。どっちも真剣な表情だが、決して敵対しているとかそういう内容ではない。井上さんも井上さんで、マツさんは絶対譲らないラインが引かれていることに納得をしているのだろうし、マツさんも申し訳なさでいっぱいだがそこだけは譲れない、という線がまるで二人の間に見えるようだった。


「では、これらを出します。本当に良いんですよね? 」

「まだ第一陣ですからね。これから第二陣第三陣と繰り返していく間に物資も充分に溜めこめることでしょうし、その間に生活圏防衛担当のレベルも上がっていくでしょうからね。決め手は充分に確保した上で、松井さんの予想以上の規模でもって迎え撃つ覚悟ですよ」

「無理は……しないでくださいね。街での生活にしろ、ここでの戦闘にしろ、不確定要素がまだ残っているのは確かなんです。あの巨大オークが本当にここのボスなのかもまだ見定まっていない状態なんですから」


 あの大名行列の真ん中にいた巨大オーク。あればボスではなくボスの取り巻きの一つ、である可能性は確かにある。マツさんにしろ井上さんにしろ、このダンジョンの隅から隅まで調べた訳ではないのだ。不確定要素は出来るだけ排除しなければいけないだろうな。


「それに魔石集めには野田さんが手伝ってくれています。二回目の交易も彼の腕なら素早くやってくれると思いますよ」


 おっと、急にこっちにお鉢が回ってきたぞ。


「そうだったんですが。道理で魔石の量が多いはずです。これだけの量をちょろまかすには少々難しいとは思ってましたが、三郎さん……いえ、五郎さんの手伝いがあるならそれもある程度納得できます。五郎さん、ありがとう」

「俺はただ、マツさんが早く自由になるために自分ができることをやってるだけです。何年かかるかわかりませんが、寿命が尽きる前までにはうまくいってくれることを願うだけですよ」


 嘘偽りない本音である。どうせ一度は人生を捨てた身、残りの人生何か人の役に立つなら、人生で出来ることがあるなら、今はこの人の助けになるようなことに邁進するのが野田五郎として生まれ変わった役目ではなかろうか。


「五郎さんも、ここを去る前よりがっしりしてきましたね。レベルも随分上がったんじゃないですか? ご飯はちゃんと食べれてますか? 何か困ったことがあれば井上君に多少の無理を言わせても良いんだからね? 」

「そこはほどほどにしてほしいかなあ。でも、五郎さんは私の想像以上に仕事をしてくれていますよ。ですから今のまま無理せず毎日とは言いませんが、できるだけ早く、丁寧に仕事をしてくれていればそれで十分です」


 井上さんからも褒められてしまった。何だか尻がムズムズする。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 一通りの品物をチェックし終わったらしく、今回持って来たリストの中で漏れはないかどうか最終チェックをしている。そして、マツさんからは全員にあんパンと牛乳が支給された。ちょうどお腹が空いていたし、甘いものが食べたかった気分だ。ありがたく受け取ると、そういえばここに来た初日もあんパンと牛乳だったなあということを思い出す。


「これは私が受け取った手数料の中から支払ったものですので、皆さんで食べてください。そんなに量はありませんが、甘味と牛乳は格別ですから。後、飲み終わったらこっちにください。ゴミはこちらで片付けますので」

「ごちそうになります」


 皆が受け取り、久々の甘味だ、甘いあんこだとワイワイとしつつ食べ始める。俺自身も久しぶりの甘味なのでその美味しさを享受しつつ、牛乳もこっちのほうが安く手に入るんだよな、ということを再確認する。やはりマツさんの手元と街での物価ではかなりの差があるらしい。


 こっちの方が安いものって何があるんだろうな。ものによってはあるかもしれないが、マツさんのスキルはやはり物価の面で見ても優等生であることに違いはないんだろうな。刃物とか武器、防具なんかはマツさんの【ネットショッピング】スキルよりも安く買えるような気がするな。


「さて……まだいくらか残ってますが何か入用なものがありますかね? 」

「そうですね。誰かそろそろ武器がボロボロで使い道がなくなりそうなものとかあったら進言してほしい。場合によっては交換ないし新しいもの、より使えるものと交換することができるかもしれないぞ」


 井上さんの一言で数名が反応し、だったら俺の剣をとか、そろそろ防具がへたり始めたなどと口々に言いだしてはマツさんのほうへ集まっていく。俺の槍は……まだいけるな。今回の交易でまだ替える必要は無さそうだ。


 新しいものを手に入れて早速手に馴染ませ始める探索者達。こういう光景が街で見れたら言うことはないんだろうけどな。その為にも、俺はまたここへ来て交換の間防衛をしたりマツさんと出会ったりしなながら、いずれ来る決戦のための準備をしておかなければいけないんだろう。


 もしかしたら俺も戦力として一翼を担うことがあるかもしれない。その為にはダンジョンにもちゃんと通ってレベルアップして、可能ならスキルも覚えてより役立つように自分を鍛えてやらなきゃいけないことになる。だが、今すぐではない。ゆっくりと……というわけにはいかないが、きちんと時期が来るまでに己の剣を、いや槍を磨いておくことを忘れないことが肝心だな。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?