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第82話:街に戻って~開花の時~

 街へ戻ってきた。一時的な高揚感に身が入っていたのは、マツさんの顔を久しぶりに見れたおかげでもあるだろう。


 探索者事務所の前にトラックと人員輸送車が停まり、次々にみんなが降りていく。行きと同じく最初に乗り込んだ都合上、俺が最後に降りる。みんなはそれぞれマツさんとの交易で手に入れた物資の搬入やそれぞれの荷物のチェックなどを行い、全員そろったところで井上さんが全員に声をかける。


「それでは第一回目の交易はうまくいったということで、本日は解散する。くれぐれもあそこでも出来事やこっそりあんパンを食べたことは内緒にしておかないと他の探索者に漏れてしまったら大変なことになるし次回の支給品もなくなるからな」


 全員久々の甘味の味を思い出しているのか、コウコクと頷いている。確かにあれだけ砂糖をぶちまけたあんこの脳をスッキリさせるような糖分の摂取は衝撃的だっただろう。次回はチョコレートでも配るようにしたら心はがっちりつかみこむことはできるだろうな。


 井上さんはそれぞれの物資の手配先を指示。食肉は多分”鉱山”に卸す分もあるだろうが、他にも行先がいくつかあるんだろう。井上さんがマツさんの救出に向けて説得をするための人々に向けて、こういう商品が頻繁に手に入るようになります、と話をつけに行くのかもしれない。


 肉類や甘味、それに様々な香辛料。これらを入手できる伝手があり、確実にいつでも入手できるようにするには大規模な部隊編成とダンジョン攻略が必要。そういう路線で説得をしていくようにすればうまくいくのだろうか。


「五郎さんもお疲れ様。おかげでスムーズにやり取りが進んだし、松井さんにもこっちに移動した人たちが無事にやっていることを証明できましたし、五郎さんも松井さんに会えて一つ安心したんじゃないですか? 」


 やはり、俺が連れていかれた意味はその辺にあったのか、と納得をする。


「これで井上さんもマツさんの信頼を一つ確かなものにした、ということですか」

「まあ、そうなります。すいませんね、見せ金みたいなやり方になってしまって」

「井上さんの言う通り、俺もマツさんや他のみんなの無事な姿を見られたので一安心しましたからね。今後はまた魔石を溜めて交換に向かう回数がそれなりになるんでしょうけど、行くときはまた声をかけてください。お付き合いしますよ」


 さて、今日一日しっかり休んだこともあるし、明日からはまた魔石を集めてマツさんの元へ届けるという採掘作業の続きだ。それに俺もそろそろスキルが欲しい。


 マツさんではないが、ギリギリの戦闘をしていればいずれ生えるものというわけでもなさそうだし、毎日をしっかり真面目に勤め上げていればいずれ覚えるものだろうし、その前に寿命がくるかもしれないしな。その場合は申し訳ないがマツさんの奪還作戦には参加できなくなる。


 その前に何らかの功績なりを上げてきっちり仕事ができるように働きかけて、マツさん救出にも参加したいものだ。さて、今日は今日で仕事をしたし、色々あって疲れた。風呂にでも行ってゆっくりして、明日の準備でもするか。


 ◇◆◇◆◇◆◇


「スキル【エンチャント】を覚えました」


 突然、頭の中に音声が流れだした。四層でのいつもの活動の中、オークを倒した時にふと頭の中に流れ込んできた。レベルアップのタイミングと同時だったので、もしレベルアップに気を取られていたら気づかなかったかもしれない。


「どうしたんだ野田さん、急に動きが止まって。もしかしてレベルアップしたか? 」


 佐々さんがこちらの心配をしてくる。戦闘が終わって微動だにしなかったので不思議に思ったらしい。


「レベルアップもしたんですが……どうやら、スキルを覚えたみたいです」

「それはおめでたい。どんなスキルだった? 戦闘系? 支援系? それとももっと別の何か? 」


 この歳でもスキルが生えることがあるんだな、と認識を改めつつも、どんなスキルなのかまだわかっていないので即答は出来ないが、エンチャントということは何かしらの効果の付与が出来るということだろうか。


「どうやら【エンチャント】という能力を新たに取得したみたいですね。エンチャントということは、何らかのものに属性や追加効果を与えるもの、ということでしょうか」

「【エンチャント】は多分当たりスキルだぞ。攻略最前線のパーティーでも活躍してるぐらいの支援スキルだ。詳しいことまでは知らないんだが、パーティーメンバーの実力の底上げにはなるはずだ。早速使ってみよう」


 田沼さんが若干興奮気味に語る。エンチャントか……何をエンチャントしてくれるのかがまだ雑感でしか解らない。もしかしたらマツさんの【ネットショッピング】みたいに対価を払って使用するスキルかもしれないからな。


「とりあえず使ってみますが、何に対して使ってみるのが良いんでしょうかね? 」

「うーん……モンスター探しにもエンチャントが使えるかどうかが分かりませんね。とりあえず私に浸かって見てもらっていいですか」


 谷口さんが実験台を買って出てくれた。谷口さんに向けて手をかざし、頭の中でスキルを使おうと念じてみる。


「【エンチャント】」


 口に出してみたが、どうやら本来は手でかざす意味も口に出す必要もない、ということは使ってみてからわかった。


「なにこれ……モンスターの見える範囲が二倍ぐらいになった」

「試しに使ってみてそれで二倍か……モンスターの様子はどんな感じなんだ? 」

「今何してるかまではっきり感じ取れるようになったわ。これなら外から一方的に攻撃しても問題ない感じ。野田さんのほうはどうなの、使ってみて急激に疲れたりしてない? 」


 谷口さんも軽く高揚感を覚えている様子。今のは試験的にかけただけなので、【エンチャント】の出力としてもかなり低い部類のはずだ。


「多分、今のは一番弱いエンチャントになると思います。後でスキルの威力を確かめる時に全力のエンチャントをかけてみるのでその時は佐々さんか田沼さんか、自分自身にかけてどのくらいの違いが出るかを確かめようかと思います」

「この威力で最弱……野田さんのスキル、井上さんに報告するかどうか悩むわね」

「そうだな……野田さんだけ俺達のパーティーから離れて他のパーティーに引き抜かれかねないからな」


 この三人にはそれなりに美味しい思いが出来るってことでパーティーに参加してくれているので、出来ればこのままの状態で上を目指すなら目指したいなあというのが本音のところではある。とりあえず、実戦で一回使ってみることにするか。


「とりあえず次を探しましょう。その様子だと見えてるはずですし、どのくらいの時間維持できるかも計算しておかなければいけないと思います」

「それもそうね……よし、今から計測開始。切れるまでの時間を計測しておくわ」


 谷口さんの先導で次のモンスターを探す。次のモンスターはどうやら結構遠くにいたようで、索敵がなかった場合しばらく暇な時間を過ごす羽目になってたらしい。日々モンスターを狩る速度も上がっているから枯渇気味になっているのかもしれないな。


 次のモンスター、オーク二匹を見つけると、田沼さんにエンチャントをかけてタウントしてもらう。


「よし来い!……って、なんか盾も軽く感じるな。全身にエンチャントをかけられてる気分だ」


 スキルだけじゃなくて肉体にもエンチャントは作用するらしい。自分と佐々さんにもかけておこう。ここでいっちょ実践だ。どのぐらいの効力を持って戦うことができるのか、テストしておかないとな。


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