翌日。予定通りに目が覚めて体の調子を確かめたが、エンチャントによる過剰活動で体のどこかに無理が来ている、ということはなかった。どうやらエンチャントは体に無理を利かせて素早く力強く動かす類のスキルではないらしい。
昨日の戦闘密度と行動から考えるに、本来なら腰痛や筋肉痛が起きてもおかしくない程度の動きはしていた。けれども、その反動が来ないということは、二日目の筋肉痛が待っているか、そもそも体にかかる負荷そのものまで軽減してくれている、ということになる。
まあ、細かいことは今日判明するかもしれないんだ、今悩むよりも今日の仕事をちゃんと終えてそれから色々する、ということに集中しよう。
朝起きて、顔を洗って、寝間着から着替えて……洗濯機は開いていたので洗濯物を放り込んで洗剤を入れて回す。後は洗濯が終わるまでしばしうつらうつらしていよう。老人は朝が早いとはいえ、眠いものは眠いのだ。この眠さはスキル使用から来るものなのかも考えておかないといけないな。
洗濯が終わって干して、さあ出かけるかという時間。まずは探索者事務所に出かけて鑑定士の空きを確認するのが最初の仕事だ。早速出かける……前に朝ご飯だな。ちょっと忘れそうになっていた。いかんな、朝食を食べ忘れそうになるとは。一日の活力は朝食から始まるんだからちゃんと食わないと。
朝食を食べ終えてちょっと早めに探索者事務所へ向かう。今日の朝食は食パンだけだったが、足りないと感じたら”鉱山”のワンコイン定食を食べに行ってそれから採掘作業でも充分腹は膨れるしリターンも大きい。
さて、探索者事務所にたどり着いて受付に行く。受付にはいつもの時間はだいたい同じ受付嬢がいるらしい。顔を覚えている受付嬢に話をしにいく。
「いらっしゃいませ。本日はどのような御用でしょうか」
「スキルの鑑定を受けたいのですが、そういったサービスはしてますでしょうか」
「スキルの鑑定……ということは、スキルに目覚められた、ということですか? 」
受付嬢は疑ったような目線でこちらを見る。まあ、この歳でいきなりスキルに目覚めました、と言われても困るだろうな。
「えぇ、この歳なんですが、昨日戦闘中にレベルが上がりまして、その時に音声が聞こえてきたんですよ。で、その詳しいスキルの説明をしてもらうために鑑定がお願いできないか、ということなんですが」
「なるほど、それは確かにスキル拾得者の共通のお話ですね。少々お待ちください、空きを確認してまいります」
受付嬢は奥へ引っ込み、色々と話をしているようだった。どうやら鑑定を受けること自体に問題はなさそうだな。問題は鑑定にお金がかかるかどうかと、いつになったら受けられるか、という二点か。立ちつくして待つのも疲れるので近くの椅子に座って槍にもたれかかりながらゆっくりと待つことにする。
十分ほど経って、先ほどの受付嬢が戻ってきた。
「今すぐなら可能、ということでした。もし都合が悪ければ他の日に改めてということになりますが」
「では、今すぐでお願いします。こちらも早いところ知っておきたいものが多いもので」
「解りました。すぐに部屋を手配いたします」
受付嬢がまたバタバタと奥へ引っ込み、連絡をつけている。またゆっくり待たせてもらうか。今すぐになら可能という話だし、そう時間のかかるようなものでもないだろう。
五分ほどして、受付嬢が再度戻ってくる。
「二階のこちらの部屋で鑑定士の方が待ってらっしゃいますので、そちらへお願いします」
「解りました、ありがとう」
よっこらせっと立ち上がり、二階へ上がり指定された部屋にノック三回。
「はい、どうぞ」
中に入る。中に入った先にいたのは、以前会った事のある人だな。えっとどこで出会ったんだっけ……たしか……そう……あぁ!
「そうだ、思い出した。井上さんとスキルを一度確認していただいた」
「あー、あの時のおじい様でしたか。今回は確実にスキルを覚えることが出来た、という認識で良いんでしょうかね? 」
「おそらくは。昨日は何度かスキルを使って活動もしてましたし、スキルを覚えたっていう声も聞きましたからね。間違いないと思います」
「解りました。では、早速鑑定に入らせていただきます」
鑑定士さんと目線が合う。しばらく無言の時間が過ぎ、鑑定士がこちらを覗き込むように更に見つめる。
「なるほど、【エンチャント】ですか。割とありふれたスキルではありますね。ただ、【エンチャント】が何についてのエンチャントであるのか、まではわかりませんでしたね」
「それでしたら、私があなたの鑑定スキルにエンチャントを施して更に詳細に見る、ということでどうでしょう」
こちらの提案に目を丸くする鑑定士。
「そんなことが可能なんですか? 」
「昨日は【鷹の目】のスキル所持者にエンチャントをかけましたが、スキルの探知範囲が広がったと喜んでいましたので、おそらくあなたにも効果があるものだと思いますよ」
「それはエンチャントの中でも珍しい特性ですね。ちなみに、スキル以外へのエンチャントは可能でしたか? 」
「肉体的な強化は確認してますね。俊敏性、腕力、膂力、瞬発力、判断力、なんかにも影響はあるんじゃないかと思います」
鑑定士は少し考えるそぶりを見せるが、しばらくして口を開いた。
「では、私に試しにスキルをかけてみてください。それで鑑定をもう一度行って、どこまで見られるのか判断したいと思います」
「解りました。【エンチャント】」
例によって声に出す必要はないが、相手に対してかけますよーという合図としてエンチャントと声を出すのは悪くないと思う。
鑑定士はしばらくしてエンチャントの効果を感じ始めたのか、全身の色んな所を触ったりしている。
「何か変わった気がしますね。では、鑑定してみます……」
また静かにこちらを見始めた。目と目が合う間がさっきより長くなる。じっと目を見続けていることで鑑定をされているのか、ただこっちを見るだけで鑑定できているのかはわからないが、目を逸らせて失敗と言われても困るからな。いまはただ相手を見つめることにしておこう。
◇◆◇◆◇◆◇
side:鑑定士梅田
なんだこのエンチャントの能力は。俺自身の鑑定の確かさまで上がったのは間違いない。さっきまではただエンチャントとだけ判定されていたエンチャントの中身が少しずつ浮かび上がっていく。
筋力強化、脚力強化、俊敏性強化、判断力強化、スキル強化、育成強化、スタミナ強化……何種類のエンチャントを同時にかけられるんだこの人は。もしかすると、自分自身にもエンチャントをかけることでエンチャント自身も強化される可能性すらある。
もし自分に多重にエンチャントをかけてから他人にエンチャントをかけた場合、どのぐらいまで人を強くすることができるのだろう。これは本人には伝えないほうが良いな。迂闊に多用して本人に無理が起きる可能性は充分にある。ほどほどに頑張ってもらうほうが良いだろうし歳も歳だ。
でも、井上さんの肝入りのプロジェクトの参加者でもあるんだよな。どこまで知らせておくべきか……悩むところだ。とりあえず、いろんなものをエンチャントできることは確か。これだけ複数同時にエンチャントがかけられる人材というのは稀有なのは間違いない。それだけは伝えておこう。