「とりあえず鑑定は終わりました。確かにおっしゃる通り、複数の効果が確認されています。エンチャント一回をかけることにより、筋力、脚力、俊敏性、判断力、スキル、その他様々な分野の能力についてエンチャント……つまり付与効果、というより強化ですね。それを行うことが可能のようです。実際に私も鑑定スキルでそれを体験させてもらったわけなので、スキルの強化も間違いなく行われている、ということで良いと思います」
ふむ、色々まとめてエンチャント、ということでいいのだろうな。エンチャント(全)というところだろう。
「参考までにお聞きしますが、一般的な【エンチャント】の範囲からは逸脱するものなのでしょうか」
特殊なエンチャントをしているとなったらまた引く手あまたになって、体質である魔石100%ドロップに加えて更に優秀なスキル持ち、といった具合になるかもしれない。そうなったら暇なときは他のパーティーに付き合わされて潜る、という可能性だってありうる。
「たしかに、一般的なエンチャントとは一線を画します。通常のエンチャントならもっと特定の、例えば身体能力なら身体能力だけであるとか、スキルならスキルだけであるとか、用途が決まっていてそれ専門のエンチャントをつけることになりますが、野田さんの場合はそれらをひっくるめてエンチャント……ということになります」
つまり、かなりレアであるということになるのか。何だろう、これも豪運の効果かな? いいスキルを引き当ててくれるって意味だったんだろうか。
スキルもダンジョン災害以後から発現する人間が増えたのだから、ダンジョン関連で豪運スキルが発揮されたのだとしたら、このスキルも豪運で引き寄せたってことになるんだろうか。何にせよ、大事に育てていきたいスキルだ。
「これ、黙っていたほうが良いですよね? 」
「間違いなく。騒ぎになると思いますし、井上さんがらみの話に参加もされてる野田さんのことですから、下手に広まって身動きすることに支障が出るよりは自分達の中だけで使うだけにとどめておくほうが良いかと。念のため、井上さんにもこのことは共有しておきますね」
井上さんに共有しておいてくれるらしい。手間が一つなくなって助かることだ。井上さんにも話が共有されておくことで、より深くで採掘作業をするかもしれないし、今の階層でより早く周回することで魔石の溜めこみも素早くできる。俺に損はないようだし、身体的な不具合もないみたいだし、素直に使わせてもらおう。
「では、本日は鑑定ありがとうございました。失礼します」
「はい、また何か変化や新しいスキルが出た時にでもお越しください。スキルは複数所持することも稀にあるらしいのです。特殊なスキルほどその可能性は高いので、野田さんはもしかしたらもう一つぐらいスキルがあっても驚かないことにしておきます」
スキルが複数ある場合もあるらしい。モンスターあふれの時に最奥まで行って止めにいくような探索者はみんな複数のスキルを所持してたりするのか。でも、実質俺もスキルを二つ持ってるようなもんだしな。変則的ダブルスキル、という奴だろう。
普段から使っても影響があるなら、これで重たい腰を上げるのも楽になるし、常時発動しているようにしておけば他の人と同じように動けるようになると考えると、この【エンチャント】の効果はかなり高いものであることがわかる。これから毎回九十分ごとにエンチャントを自分にかけ続けていこう。
自分自身でもその効能を確かめておくことは大事だし、二層でソロ活動するにしても便利なはずだ。早速二層でエンチャントの威力を試しにいってみよう。【エンチャント】。うん、体に馴染んできている。心なしか足も軽い。一日一周までだと決めてはいるが、この体の調子なら素早く回れそうだ。
ついでにお昼も食べて、午後からはゆっくり日向ぼっこをしながらエンチャントの腕を磨いていこう。寝ている間にエンチャントを受けるとどのような作用が体に起きるのかなんかも知っておきたい。一日分の仕事はちゃんとしたことになるし、収入も入るし安く飯は食える。悪いことは何もないな。
後は明日、ちゃんと鑑定受けてきて色々と強化できることをみんなに伝えることだけ忘れないようにしないとな。物忘れ防止にもエンチャントは効果があるんだろうか? エンチャント中に覚えた内容はエンチャントをかけ直したら思い出すとか、そういう作用があるならメモ代わりにもできて便利だ。
何にせよ、俺にもスキルがちゃんと生えたことを一番に喜ぶべきなんだろうな。野田五郎63歳にしてスキルに目覚める。今日はちょっとした記念日だな。いつもの定食に一品追加してちょっと贅沢な昼ご飯を食べるとかして、祝ってやるのもいい。
エンチャントの効果のせいか、テンションまで少し上がってるようだ。周りから見て変な人に見られてないかが心配だが、元気な爺さんがいるなあぐらいに思っていてくれると嬉しい。
◇◆◇◆◇◆◇
side:井上
「……というわけで、彼に発現したスキルはかなり貴重な部類に入ると思われます」
梅田が井上に報告を上げる。井上は顎に手を当てたまま、探索者事務所から離れていく野田五郎の姿を見定めていた。
「松井さんだけじゃなく野田さんもか。因縁深いのか、それとも松井さんに影響されてなのか。スキルの発現する条件みたいなものはまだ法則性は見いだせていない、ということだが」
「そうですが……彼の場合、松井さん含めて人の役に立とうとする部分が強く出て、今回のスキル発現に昇華した、と仮説を打ち出すことはできますね」
「欲しい人にスキルは現れる、だとすると、松井さんはスキルが発現した時何を考えていたんだろうね。もし松井さんのような存在が各地に散らばっているならば、ここまでダンジョン災害で追い詰められることもなかったかもしれないな」
『野田五郎』と書かれた書類に目を通し、空白だったスキル欄に【エンチャント】と新しく書き加えると、登録探索者の書類棚に戻す。
「もしかしたら野田さんは切り札になるかもしれない。松井さんをここまで連れて帰ってくるための部隊員全員にエンチャントがかけられるならば、我々の実力はかなりのものになる。その日が楽しみではあるな」
「彼のパーティー、大丈夫ですかね。無理に深い階層に潜って怪我して帰ってきたりしませんよね? 」
「多分……大丈夫なんじゃないかな。野田さんはあれで慎重な人のようだから、きっと、いや確実に五層へ行けると確認できるだけの情報が集まれば自然と五層へ向かうだろうし、そうしなくても魔石の収集効率は良くなるはずだ。二回目の交易もそう遠い日では無さそうだね」
そういうと井上は二人分のインスタントコーヒーを淹れて梅田にも渡す。
「コーヒーなんて久しぶりですね。この香り……懐かしさを感じます」
「どうやら松井さんはコーヒーが結構好きらしいよ。自分の取り分としていくらか魔石をもらって飲んでいる様子を色んな人が目撃している」
「あっちので娯楽レベルの高いものを食べながら命をしのぐのか、それとも街の中で安全を享受できているこっちのほうがマシなのか、よくわからなくなってきますね」
「松井さんがこっちに帰ってきてくれれば、きっと安全の中で娯楽を享受できるようになるはずだ。あと何年かかってでも絶対にこっちへ帰ってこられるようにするつもりだ。それまでにやることがまだ色々ある、そう、色々とね」
机の上に『松井高次救出計画』という書類を出すと、参加者見積もりリストの中に”野田五郎”と書き記すと、書類をまた戻した。
「野田さんなら快諾してくれると思うんだよね。後は物資の補給と見積もりリストの人物の面接、承諾、そしてその為に必要な物資が袖の下を含めて色々……まだまだやることはあるな。でも、これでまた一歩近づいたのは間違いないな」