今日も今日とて四階層。食堂で朝ごはんを早めに食べてダンジョン入り口でパーティーメンバーとの待ち合わせ。その辺に設置されているベンチに座ってみんなが来るのを待っていると、声をかけられる。
「おー、エンチャント爺さん。今日も一発よろしく頼むぜ」
若い探索者に声をかけられる。どうやらエンチャント爺さんというのがここでの俺のあだ名らしい。
「いつもの料金はもらうぞ? 」
「もちろん。それで料金以上の働きが出来るんだから受けない理由はないってもんだ。一つよろしく頼むぜ」
千円受け取ると、パーティーメンバー全員にエンチャントをかける。
「うん、体の動きが良い。今日も一杯稼げそうだ。じゃあ一足先に行ってくるわ」
そういうと若いパーティーは早速採掘活動に移った。最初は頼まれたらエンチャントをかけたり、頼まれなくても苦戦してそうならエンチャントをかけて動きやすくしたりをしていたが、田沼さんに諭されたことがある。
「あまり他のパーティーと差をつけるようなことはするべきではないし、うちのパーティーメンバーということもあるから何かしらのマージンを取ってかけてあげるほうがお互い後腐れも文句も出ないしそのほうが有用ですよ」
という言葉に従い、パーティー全員にかけることを条件に千円徴収させてもらっている。これが中々の小遣い稼ぎになるので、声をかけられたら応えることにしている。
おかげでこうやってただボーっと他の皆を待ってる間にも、俺がエンチャント爺さんであることを知っているパーティーからは声をかけられ、エンチャントをかけて千円をせびるみみっちいが確実に効果があることを実践しているところだ。
実際九十分の間自分の色んなステータス……にあたるようなものが増加して普段よりも稼げるようになるならば、パーティーで千円というのは破格のサービスと言えるだろう。実際周りからの反応も良いようで、何回も利用してくれるパーティーもいる。中にはダンジョンの中で出会ってその場で安全が担保されてればエンチャントをかける、といったことも珍しくない。
二層で俺を見つけてエンチャントをかけてから更に奥へ、といくようなパーティーも実際いるのだ、この【エンチャント】が俺の想定以上に効力の強いものなのだろう、というのは薄々感づいている。
また一パーティー近づいてきた。顔見知りで三層でよく見かけるパーティーだ。千円札を握りしめて俺のところに来る様子はまるで子供が駄菓子屋に並びに来るような光景にも思えてなんだかほほえましい。
「野田さん、おはようございます。今日もよろしくお願いします」
「おはようございます。では失礼しますね」
千円を受け取って、エンチャントをかける。向こうのパーティーメンバーがエンチャントをもらった感覚でふわっと一瞬浮き上がったようにも見える。どうやら体の重さも感じなくなっているらしい。自分ではちょっとわかりにくいが、鑑定士さんの説明によるととにかく色んな状態が向上するらしく、あまり広めてくれるなとまではいわれないものの、貴重なスキルであるのはマツさん同様確からしい。
後、使った後疲れ等が来たことは今のところ無いので、何回かけられるのか、という実地試験はまだやっていない。そこまで多くの回数エンチャントを連続でかけたことがないのが一番の理由だが、またあふれが始まった時には活躍するのかもしれないな。
そう考えていると、田沼さんがこちらへやってくるのが見えた。
「おはよう野田さん。朝から儲けてるね」
「小遣い稼ぎにはちょうどいい塩梅だね。自分たちの分はちゃんと残ってるはずだから心配ないさ」
「私ももっといいスキルが欲しかったなあ。タウントだけでなく、ついでに付加効果があるようなスキルがあればよかったんだけど」
「それはそれで、俺と出会う機会が少なかったかもしれないからどっちが儲かるのかは解りかねるかな」
「違いないですね。他のメンバーもそろそろ来ると思いますよ。食堂で見かけたので」
三人とも朝定食を食べてからの御出勤らしい。どうやら俺が早く動き過ぎたみたいだ。まあ、その間にちょっと小遣い稼ぎが出来たし朝食代以上の分は稼いだ。もう今日はここでうとうと寝ていてエンチャント爺さんだけで稼いでも良いぐらいだ。しかし、マツさんのためになる活動をする日なのだから稼ぎはともかく、魔石の在庫は潤沢にしておきたい。
「じゃあもうちょっと待ってればいいかな。今日もしっかり稼いでから帰ろう。その為には俺がよく働かないといけないんだよな。レベルも上がってきたし、動くにはまだまだ余裕もあるし。良い方向へ滑りだしてると考えていいのかな」
「良いと思いますよ。難関が待ち受けている……という様子もないですし。ただ、そろそろあふれが来そうな時期ではあります」
「あふれですか……やっぱり期間的なもんなんですかね。それともモンスターの量で判断する物なんですかね」
あふれの来る条件という物をまだよく知らない。ある一定の周期で訪れるものなのか、モンスターの出現率で判断する物なのかは解らない。
「大体周期ですね。ここの場合二ヶ月から三ヶ月に一度って感じですかね。前回から結構間が空いているのでそろそろ……ということで探索者事務所も警戒しているところみたいですね」
なるほど、時間周期か。あふれは何処でも時間周期なんだろうか。マツさんのいるダンジョンでは週一であふれが発生しているかなり難易度の高めの場所だったことは記憶している。
「他のダンジョンでも同じく時間周期であふれが発生するものなのかな。時間周期なのかモンスター密度が一定以上になると溢れ出すとか、ダンジョンによって条件は変わったりするのかな」
「そこまではなんとも。ただ、モンスター密度が原因で溢れ出したことも”鉱山”に限らずある、という話を聞いたことはありますので、やはり適切な管理と間引き、そしてあふれが来たら早期警戒と早期鎮圧が必要なことは確かです」
田沼さんと雑談をしている間に残りの二人も到着。パーティーメンバーが揃った。
「お待たせしました。到着です」
谷口さんが落ち着いた様子で到着を告げる。どうやら食事を中断してきたとか食べ過ぎたとかそういうことはないらしい。
「田沼さんが先に食道を出ていくのを見かけたので急いできたよ。胃袋のほうは多分大丈夫だと思うからすぐでもいけるよ」
一方の佐々さんは満腹の様子。食べ過ぎた訳ではないだろうが、食休みの時間が少し欲しいといった様子だ。まあ、一層を歩いている間に腹もこなれてくるだろう。
「では、行きますか。今日も五周頑張りましょう」
よっこらせっと椅子から立ち上がり、受付で潜ってきますお声をかけると、入り口で全員にエンチャントをかける。自分から順番に、佐々さん、田沼さん、谷口さんにエンチャントをかけたら早速行動開始だ。
さて、今日もしっかり稼がせてもらおう。足早に一層から三層まで一気に駆け抜ける。どうやら佐々さんだけちょっとつらそうにしているが、四層に到着するまでに何とか胃袋を落ち着けてもらおう。
一層から三層までは通り道とは言え、モンスターに遭遇した時はちゃんと儲けを拾って帰ることにしている。つまり、一番胃袋の調子が良い俺が一人頑張っている。田沼さんがタウントでヘイト管理をしてくれているので俺が近寄る間でもモンスターの注意は田沼さんのほうを向いていてくれるのが嬉しい。
良い感じに進み続けて、今日も四層で魔石集めをするのだ。すべてはマツさんとの交易のために。