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第88話:再あふれ

 四層で活動を始めて一時間が経ち、早くもほぼ全員のバッグの中身がいっぱいになり始めた。そろそろ撤収時間だな。


 いつも通り声をかけて、そろそろ戻って換金所に行きましょうという空気になり始めた中で、谷口さんから警戒を示す手信号が出される。


「……これは、あふれの予兆かもしれません。モンスターの数が増えてきました」

「五層のモンスターのほうはどうなんですか? 」

「待ってくださいね……集団で固まっているモンスターが見えます。おそらくはゴブリンロードとそのお供かと」

「これは急いで戻って報告かなあ」

「そうなりますね。私たちより浅い階層で採掘してる探索者も居るでしょうが、我々も戻って報告して換金した後でもう一回突入しないといけないと思います。今日の昼食はちょっと遅めで質素なものになるかもしれませんね」


 前のあふれの時のことを思い出す。あの時はみんな食堂総出で作ったおにぎりを片手にかじり付きながら全力でモンスターの殲滅と最奥への道への掃除をしていたっけ。また討伐隊編成が組み込まれるんだろうな。


「どちらにせよここに留まって戦うには荷物が多すぎますし、五層のモンスターは厄介ですから我々は四層から異変を伝えに来た、という体で一旦帰還しましょう。タイミング悪く予兆発生の報告が遅れる可能性だってありますし、どこから情報が来てもいいように体勢は整えてあるはずですから」


 四人顔を合わせて頷くと、帰り道へ早足で戻り始める。帰り道である三層にもきっちりホブゴブリンと

 オークが湧いていたので、あふれは間違いないだろう。確信が持てたことであふれの注意報もきっちり出せる明確な証拠になる。


 ふと、自分達より前を歩いていく探索者の姿が見えた。彼らも上層のほうへ行くようなので同じようにあふれの兆候を感じ取った、ということなのだろう。


「あふれたぞー! 」


 佐々さんが声をかける。


「こっちも確認した! 今戻りだ! そっちもか! 」

「四層で確認! 多分間違いない! 」

「了解した! 」


 お互いに声を掛け合ってあふれの前兆が出始めたことを認識し合う。少なくとも二パーティーがあふれの前兆を確認したことで、信頼性はより高いものになるだろう。


 モンスターを倒しつつ、戻り道を急ぐが、モンスターが増えてきていることで少し足を取られている格好になる。さっき先へ行った探索者達は無事に入口まで到着出来ているだろうか。そこがちょっと心配だな。


 何とかモンスターの濃い部分を抜け、二層、一層と順番に戻っていく。他のパーティーも抜けていった直後だからか、二層から先はかなり楽に進むことが出来た。


 一層へ戻り、入口まで来たところで入り口付近で戦っている探索者を見かける。もうここまで来ているのか。


「入り口はこっちで受け持つから換金と情報の共有を最優先で頼む! 」


 入り口で普段は暇そうにしている門番が戦いながら他の探索者に声をかけて踏ん張っている。彼らも今日はいい仕事をした気持ちになれることだろう。むしろこのために用意されている人員なので、今活用するべきは彼らなのは間違いない。


 受付にあふれの兆候が四層で出たと報告すると、受付もほぼ確定であふれが発生するという反応を示した。


「情報ご苦労様でした。この後の行動は皆さんに任せますが、まずは一休憩してからどうですか。その間に探索者の召集と編成を行いますのでどうぞ休んでいてください」


 受付から換金所に行き、いつもの流れで分配金を受け取る。


「さて、休憩と言われてもせっかく稼げるチャンスなので稼ぎに行こうと思うんだけど」


 佐々さんが提案する。


「確かに。一層分移動しなくていい分楽に金稼ぎができるのは間違いないな」

「そうね。まだお腹もすいてないし、もう一周ぐらいするのは問題ないわ」


 皆乗り気のようだ。ここは輪を乱さないように俺もその話に乗っておく。


「じゃあ、行きましょうか。【エンチャント】」


 戦闘中に効果が切れないように今のうちにエンチャントを更新しておく。


 色々調べて分かったのだが、複数回かけても効果が重複することはない様子で時間の延長はされない。そのかわりに自分にまずエンチャントをかけて、その後で皆にエンチャントをかけた方が効果が大きいことがわかっている。


 多分、自分にエンチャントをかけることでエンチャント自身の効果もアップしている、というのが実情に沿う話なのだろう。いわば二重エンチャントだ。エンチャントの効果の中にスキルのエンチャントという部分の効果が存在し、そのスキルのエンチャントの効果が上がった状態で他人にエンチャントをかけることでエンチャント効果が更に高まる、といった具合だ。


 そして、最後に自分にエンチャントをかけ直すことで高まったエンチャント効果を再度自分に身に着けることができる、という辺りまでは分析できている。手間はかかるが手間以上の効果があることは間違いないので毎回そうしている。


「さ、行こうか。目指すは三層駆け巡りだ」


 足取り軽く再び”鉱山”へ潜り込む。どうやら一層二層までは帰ってくる探索者で軒並みきれいに掃除されており、三層まで戻るのは大した苦労もほとんどモンスターと出会うこともなかった。かなりの数の探索者が入り込んでいたことが考えられる。


 三層では早速ホブゴブリンとオークが湧きなおして我々を待ち受けてくれていた。そっちを優先して倒しつつ、あふれ前に発生したであろうゴブリンマジシャンとゴブリンアーチャーも含めて対応していく。遠距離を攻撃できる武器があれば全部俺一人でなんとかなるんだろうが、そういうわけにもいかないのが辛いところではある。


 やがてゴブリンアーチャーの姿も見なくなり、ホブゴブリンとオークとしか出会わなくなってきた。これはしっかり稼ぐチャンスだと気合を入れなおし、それほど広くない三層をグルグルと回り始める。最奥討伐部隊が編成されるまでもう少しかかるかな。その前に一度換金して戻ってゆっくり昼食と行きたいところだがはてさて。


 六十分ほど経ち、バッグの中身も一杯になったので一層方向へ戻る。どうやらそれなりの数の探索者が一層二層に入り込んでいるようで、三層四層にはその分人が少ないらしい。もしかしたら四層へ普通に入れる探索者は攻略部隊として編成されているのかもしれないな。


 もうちょっと遅ければ自分たちも討伐部隊の数に入ることになったかもしれないと思うと、体験してみたかった気持ちが半分、純粋に金稼ぎが出来て良かったというのが半分、というところだろう。


 一層から入り口に戻って再び換金。これで二周目。午前の部はこれで活動完了だ。ゆっくり昼食を食べていつも通り午後からも三層であふれが収まるまで続きをやる予定だ。


「お昼どうします? おにぎり頬張って続き行きます? 」

「二周したから十分働いたとは思うんだけど……どうしようね? 」

「とりあえず食堂へ行って、いつも通り営業してたらゆっくり食事でもいいんじゃないかしら」


 他の三人もどうするか悩んでいる様子。俺もさすがにそこまで気合入れて……という気分でもない。食堂に行って食堂の様子を見定めてからで良いんじゃないかな、という派だな。


「食堂のワンコイン定食が余ってるようならそのまま食事して、既に臨戦態勢でおにぎりがたくさん用意されてたら今日のところは夕飯に期待する、ってのでどうですかね」

「その線がいいかな。とりあえず食堂に向かってそれから考えようか」


 お腹が空いては何とやら。クオリティの高い食事はそのままやる気にもつながる。落ち着いて食事ができるようになっていなければその時はその時だが、一端食堂に向かってその様子を見てからでも遅くはないだろう。


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