食堂の入り口を抜けるとそこは戦場だった。
おばちゃんたちがおにぎりを握り、それぞれの味付けをして並べていく。トレーに並べられたそれを入り口付近に並べ、一個百円の看板とお金を入れる用の箱を用意する。
順番に規則正しく、きれいに並べられたおにぎりがどんどんと積み上げられていき、後から来た探索者達が個数を数えて小銭を箱に入れると、個数分だけのおにぎりを手に持ってかじりつきながら食堂から離れていく。座って食べる時間も惜しいというほどに稼ぎ時であるのだということがよくわかる。
戦場の様子はさておき、今から戦場に向かうべく胃袋に栄養を流し込んでいるゆっくりしている探索者の姿もあった。どうやら時間のない奴はおにぎり、攻略部隊に参加しない者は普通にワンコイン定食を頼んで落ち着いて食事をして、食事が終わり次第各階層に散っていくらしい。
「今ならまだゆっくり食事ができる範囲かな。急いでおにぎりを食べるでも良いけど今日のところは落ち着いて飯を食わせてもらうか」
一同頷く。今日のワンコイン定食はもやしとわかめの味噌汁とたっぷりのご飯、それにキャベツと人参の千切りサラダにごまだれ、そしてメインは生姜焼きらしい。何の肉かは書かれていなかった。ワンコイン定食を四つ頼むと、ホイホイと出て来る四人分のおかず。どうやら生姜焼きは鶏らしい。卵を産まなくなった鶏かな。
午後からもしっかり働こうというこのタイミングで肉が食えるのは悪くない。おにぎりを選ぶ人には申し訳ないが、我々はゆっくりさせてもらうとしよう。ゆっくりと言ってもほんの三十分ほどだ。食べ終わったら胃が落ち着き次第また戦場に戻らなければならない。
その為にはしっかりと噛んで消化を助けることが寛容。野菜も味噌汁も噛む。ご飯はよく噛む。鶏肉の生姜焼きはもっとよく噛んで味わいを口の中にしっかり残しておく。ふぅ、生姜の風味がちょうどいい塩梅だ。肉が少なめだが、それを生姜の香りで誤魔化してる感じがしていい。一緒に炒められているタマネギに香りが移っているのもポイント。ワンコインでこれだけ出切れば上等というものだろう。
食事を終えてしっかり胃を落ち着けたところで入り口に向かうと、最奥討伐部隊が編成されて丁度出発するところだった。
「ようエンチャント爺さん、爺さんは三層か? 」
よく見ると見慣れたパーティーも混じっている。彼らはもっと自分達よりも下の層で戦うパーティーだったようだ。
「ああ、三層で食い止め役の予定だ。エンチャントは要るか? 」
「何人分ぐらいまではいけるんだ? 」
「そういえば試したことなかったな。試験させてもらうついでに全員にかけて行ってみるのも面白いかもしれんな」
「そいつは道中が楽になって助かる。おーいみんな、ちょっと一列に並べ」
号令を出すと、みんなが一列に並びだした。どうやら今回の討伐隊のリーダー役だったらしい。
「今からこの爺さんが順番に強化魔法かけてくれるらしいから、もらえるところまでもらって出撃だ、いいな」
「応ッ! 」
威勢良く返事が返ってきた。まずは自分にエンチャントを試し、その後で順番にエンチャントをかけていく。
十人、十五人、二十人。まだまだいけるらしい。自分の実力の限界を試すにはこれ以上ないいい機会だ。もし全員かけ終わってもまだ余るなら、このエンチャントは相当な質のいいスキルだということになる。まあ、質のいいスキルだってことはみんなが知ってるんだ、後は持続時間と、かけ続けるにあたってどれだけ俺が消耗するかだ。
二十五人、三十人、三十五人、四十人。どうやらまだいけるらしい。かけ終わった人たちはそれぞれのパーティーで集まって駆け足気味に中へ突入していく。強化のおかげで道中を楽に抜けられると踏んでいるんだろう。
四十五人、五十人、五十二人。ここで人の列が切れる。そして、自分に再度かけて自分のパーティーメンバー全員にかけて五十六人。どうやらこの五十六というのが今のところの最高記録ということらしいことが分かった。もしかしたら百人ぐらいかけても問題ないかもしれん。自分でも底が知れないな。
「野田さん、大丈夫ですか? 無理してませんか? 」
谷口さんが心配してくれるが、当人はいたって平然としているので大丈夫なんだろう。別にふらついてリ眩暈がしたり、突然逆立ちを始めたりもしない。
「大丈夫みたいですね。我々も続いていきましょう。三層の掃除を終わらせていかないと面倒ですし、今日は前回より早くあふれが終わりそうですから、稼ぐなら今の内ですね」
「急ぎますか。せっかくのボーナスタイム、逃すのは明らかに損だ」
「攻略部隊もいつもより早く帰ってくるでしょうからそれを見越して一時間半ぐらいであふれが収まりそうな感じですね」
「丁度エンチャントが切れるぐらいで終わりそうってところかな。せっかくなら三層まで一緒に行ってそこでエンチャントをかけた方がよかったかな? 」
ギリギリでエンチャントが切れて突然動きが悪くなって戦闘に問題が出るよりは、ギリギリのところでかけて余裕をもって出発した方がよかったかもしれないな。今後エンチャントをかける時はタイミングと場所も考えていこう。
三層までは先発した攻略部隊がきれいに掃除して行っているので問題なくたどり着いた。というよりやることがなかった。三層に到着して早速採掘活動を始める。オークを一撃で屠り、ホブゴブリンにちゃんとダメージを与えて瀕死にまで持ち込めるようになったのはレベルが上がった証拠でもあるし、エンチャントがちゃんと効いているということらしい。
レベルに応じてエンチャントの強化具合も上がるなら、固定値なのかな? それとも割合なのかな? と考える余裕も出て来る。また、使い込むことでエンチャントも体に馴染んでより強く効果を発揮したりするのだろうか?
スキルの成長についての知識が必要だな。使えば使うだけ効果や経過時間、性能の上昇が見込めるなら、千円受け取らなくてもどんどんいろんな人にかけていってどんどんレベルアップさせていくことができる。そうすれば、かける上限回数も増えるかもしれない。便利になってくれるのはこちらとしても大助かり。楽にちょっとずつお金が稼げるならそれに越したことはない。
三層をうろついてようやくモンスターにありつけたのは三層に入って五分ほど経ってからだった。それなりに人がいることに間違いはないようだ。逆に一層や二層に人がいなくて外であふれてるってことはないよな? まあ、さっきあふれ防止の大集団が通っていった直後でもあるし、モンスターが湧きなおしてない所もあると納得しておくしかないか。
目の前のホブゴブリンの首筋に向かって一気に近寄り、傷をつける。傷口からはモンスター特有の血ではなく、黒い粒子が噴き出す。ダンジョンモンスターは皆血ではなく黒い粒子が全身を覆っているらしく、傷口から出血することはない。不思議な仕組みだが、これがモンスターである証拠なのではっきり傷をつけた、と証明できる解りやすいポイントなのだろう。
佐々さんに止めを任せてもう一体のホブゴブリンの相手を始めるが、田沼さんがヘイトを取っているためこっちには向いておらず胴体ががら空きだ。そのがら空きの懐に素早く入り込んで槍を突き刺しグリグリと入れ込み、ダメージに期待する。
ダメージを受けたことに気づいたホブゴブリンがこっちを向くが、さらに田沼さんがヘイトを取るためタウントスキルを二重かけする。ホブゴブリンは痛みに耐えつつも田沼さんに視線と体勢を無理矢理向けさせられているためにこちらへ体が向かないらしい。
不思議な現象だがこれもスキルの謎、という奴だろう。ホブゴブリンが田沼さんと俺とどっちへ行くべきか悩んでいるようなそぶりを見せてる間に、後ろから佐々さんが止めを刺してホブゴブリンは黒い粒子に還った。よしこの調子でしっかり稼いで……いや、あふれを阻止していくぞ。