「しばらく五層を巡って見ますか? それとも四層に戻っていつもの工程に戻りますか? 」
佐々さんがとりあえず両方のモンスターと戦ってみたところで一案を出す。
「正直な話をすると、こっちのほうが一つ面倒ではありますね。でも、収入面ではこっちで満タンになるまで戦ってみて、時間効率を考えてみるのも有りかもしれません。後、戦闘効率というか、どっちのほうがレベル上げに貢献できるかというものもありますね」
「じゃあ、とりあえず一周試してみますか。あふれが収まったこの階層なら出てくるモンスターはさっきの通りなのでなんとか無事にいけそうな感じですし」
一応の確認を取られた後、五層を回り始める。モンスター密度は四層より薄め、ただしモンスター一匹そのものの強さや、集団が基本で出て来るゴブリンロードの存在が少々面倒くささになってはいる。手軽に戦うなら四層一択だろう。
ただ、レベルが上がりにくくなってきた最近に対して、五層というエッセンスを加えることで何かしら自分への変化や、どこまで出来るようになっているかの強さの確認という意味でも、五層で戦い続けることには不満はない。
強いモンスターと戦う経験そのものもしておくべきだし、この三人がいてくれれば最悪確定ドロップを捨ててでも勝つことはできる様子だし、一撃入れるのを目的として戦っていくことに問題はなさそうだ。
「ちなみに六層になると何が出てくるんですかね? 」
「六層になるとハイオークが二体に、そしてゴブリンロードがホブゴブリンやゴブリンアーチャーを連れて出てくるようになります。どっちも面倒な相手です」
「ちなみにこの”鉱山”の最下層は七層です。あふれの原因であるゴブリンキングが出現するのも七層ですね。ゴブリンキングはゴブリンロードをお供に出てきて、そのゴブリンロードのお供のゴブリンが……っ続くので、戦うにはそれなりに人数が必要になってくるんですよ」
なるほど、あふれ抑えは必然的に集団戦になる訳か。あれだけ人数を割いて潜っていくのも納得だな。今回の場合五十二名で潜りつつ、道中のモンスターを減らしていく役目とそのまま真っ直ぐ七層まで突っ込んでゴブリンキングまでたどり着く役目に分かれていったんだろう。
ドロップ品を基準に考えると、七層まで行かなくても五層で同じレベルの魔石を産出することはできるということにもなるな。五層より先に行く理由は今のところないだろう。ゴブリンロードとハイオークが七層でも出てくる以上、五層から七層ではそこまで大きく収入に関わる所はなさそうだ。
今は五層に慣れることが先決。もうちょっと動き方を考えつつ、田沼さんへの負担を減らしながら魔石を確実に回収することを念頭に置いていこう。
「……まずいわね」
「どうした? 」
「他のパーティーの湧きつぶしをもうちょっと待つべきだったかもしれないわ。二匹だけのモンスターがいる。多分ハイオーク二体ね」
「それはちょっと真面目にやらないといけないな。確実に魔石を取るのは今回は考えず、全力で戦うことのほうを優先しよう」
「とりあえず野田さん、今回は真剣な戦闘をしないとダメだろうから覚悟はしておいて欲しい」
ふむ、今回は魔石をどうするかはともかくとして全力を尽くさなければいけない、ということか。まあ順番に倒すなら攻撃に回ることになるだろうから魔石は確定で落ちるだろうけどそれはそれとして、確実に倒すには中々の努力が必要だろう、ということかな。
「解りました。指示に従って全力を出すことにします。どう動くかは指示してもらえるんですよね? 」
「それは私がやります。田沼さんは片方を完全に倒し切るまでもう片方を全力で任せる形になりますがいいですか? 」
「そのぐらいならなんとかなるよ。出来るだけ早く倒してくれるとありがたい」
どうやら三人で素早く一体を倒して、その間にもう一体を田沼さんに完全に任せるということになるようだ。これは気が抜けないな。
「じゃあ、行きますよ。ハイオークが二匹ともこっちを向いたら一気に片方を倒してやってください」
「任せてください、【タウント】」
田沼さんが盾を叩き、ドンと重い音を響かせた。彼が一歩前に出ると、ハイオーク両方の視線と体の向きがが田沼さんに集中する。向かって右のハイオークが剣を振り上げ、唸り声を上げながら突進してきた。田沼さんは盾を傾け、刃を滑らせて受け流す。左のハイオークも遅れじと襲いかかり、剣が盾に激しくぶつかった。
「佐々さん、今です」
俺が佐々さんに声をかけつつ、槍を持ち直して近いほうである右のハイオークに向かう。佐々は無言で頷き、剣を手に素早く近寄る。彼の刃が右のハイオークの脇腹を狙い、革鎧の隙間に深々と突き刺さった。ハイオークが咆哮を上げ、田沼さんに振り向きざまに斧を振り下ろすが、盾でうまいこと弾き返す。
俺すかさずハイオークに飛びかかり、槍でその膝裏を切りつけた。動きが鈍った隙に、佐々さんが右のハイオークに追撃を加える。
「谷口さん、援護を!」
佐々さんが叫ぶ。田沼さんの盾には次々と剣が叩きつけられ、彼の腕が軋む音が聞こえそうだ。
谷口さん軽やかに跳躍し、短剣を手に持つ彼女は右のハイオークの背後に回り込み、首筋に一撃を叩き込む。ハイオークが膝をつき、その隙に佐々さんが剣を振り下ろしてとどめを刺した。これでようやく一匹。なんと手間のかかる戦闘だろうか。
「残り一体、これで俺も多少動きやすくなるな」
田沼さんが盾を構え直し、再度【タウント】を行い、ハイオークの視線を釘付けにする。ハイオークは激昂したのか、斧を振り回して田沼さんに襲いかかった。盾が悲鳴を上げるが、田沼さんは一歩も引かない。
佐々さんが横から斬り込み、俺が下から槍で足を狙う。谷口さんはハイオークの死角に回り込み、短剣を革鎧の隙間に滑り込ませた。ハイオークが吼え、斧を振り回すが、その動きはすでに乱れていた。佐々さんが最後に剣を振り下ろし、ハイオークの胸を貫く。そのまま黒い粒子となって消え去るハイオークと、多少息が上がっている俺たち。
二匹はさすがに負担が大きいな。魔石は療法手に入ったとはいえ、魔石の価値ほどの仕事であったのかと問われると微妙なラインだろう。
「どうします、食べ残しがまだ存在するかもしれません。すぐにもう一回というわけにはいきませんが、何回も繰り返すとなるとさすがに疲れますね」
「ここは大人しく四層に戻って続きをして帰りますか。五層で戦えることも確認できましたし、今の自分の実力の限界みたいなものも解ってきました。それに【エンチャント】なしで戦うのが難しいと感じる以上、五層は自分達にはまだちょっと早いと思うところです」
「野田さんがそう感じるならそれに合わせましょう。無理に奥へ行って疲れの分ほどの収入が得られないならそこまでの価値はないと考えます。ここは大人しく四層で稼いで帰りますか」
皆の顔を見ると、どうやらさっきのでそこそこ体力を使ったらしく、水分補給するなり体をほぐすなりでそれぞれ消耗の跡が見える。無理に戦う必要はない。もうあふれは静まったことだし、残りは五層を担当するパーティーが掃除してくれることを信じよう。
「じゃあ、四層に大人しく戻ってホブゴブリンとオークの相手に戻るか。もしかしたらハイオークの残りもいるかもしれないしな」
田沼さんがそう告げると、残りのメンバーも同じく頷いて、四層に戻った。やはりいつもの場所のほうが慣れてていいな。そう考える一幕であった。