空いている日に井上さんに呼び出された。午後で良いと言われていたので、午前中は”鉱山”にいるということを把握されている様子。そこまで気を使われているならその気持ちに従って午前の仕事を終えていつもの食堂での食事の後、午後一で探索者事務所に向かった。
ちなみに今日の昼食は大きめのじゃがバター二個と根菜のすまし汁と漬物だった。今日は意外と簡素なメニューだったが、たまにはそういうこともあるらしい。もしくは、食堂のメニューにするほど食料事情がよくない方向へ向かっているのかもしれない。心配ではあるが腹を満たすには充分だったので追加の小鉢はなしで食べた。
腹八分から七分、というところで程よく空腹を満たし、あまり早すぎてもお邪魔だろうから食堂でゆっくりしてる間に何件かエンチャント爺さんの仕事をこなしたことで、昼食代を完全に浮かせることが出来た。エンチャントのお礼に飯をたらふく御馳走になったとでも思っておこう。
さて、二十分ゆっくりと時間をかけて探索者事務所に向かう。井上さんから呼び出しということは、マツさん関連の話だろうか。二回目の交易の話をするから手伝ってくれ、という話かもしれない。もしくは、マツさんをこちらへ連れ出す準備が出来たからその相談、ということもあり得る。
マツさんがこっちへ帰ってきたら……今マツさんの所に居る人たちや、帰るのを拒絶した人たちはどうやって生活していくんだろう? 俺みたいに戸籍を新しく与えられて生活をし続けることはできるものの、全員が”鉱山”で働くことができるかどうかという問題もある。その辺は井上さんがちゃんと考えているのかな。
まあ相談を受けたところで何かが出来るわけでもないし、そのへんはうまくとりなしてくれることに期待するか。一人で考えるより複数人で考えたほうがこういう出来事はうまくいく。
それに、あの場所が使えなくなったとわかったら老人をあそこに置き去りにしていく、という場所としても使えなくなるんだからこれはこれで一つの社会問題が解決すると見てもいいわけだ。その点でも悪いことではないだろうとは思う。
後はマツさんの気持ちとダンジョンを踏破できるか次第になるか。難しいことはそういうのが得意な人に任せよう。俺はただ出来る範囲のことをするまでだな。
探索者事務所に着き、受付で井上さんに呼び出されていることを告げると、そのまま事務長室に案内された。なんだかんだ結構な回数ここには来ているな。一般探索者としては珍しいのかもしれない。
扉を三回たたき、中に入る。中では井上さんが古ぼけたソファに座り込んでぼーっとしていた。どうやら昼食を食べて一息ついていたらしく、こっちの顔を見ると手を上げて合図をした後、そのまま体をゆだねている。
「やあ野田さん。見ての通り休憩中でね。良かったら一緒にだらだらしないかい? 」
お誘いに乗ってそのままソファに吸い込まれるように座る。なるほど、たしかに座り心地は良いな。ご飯を食べてからだらりとするにはちょうどいい感じの柔らかさを保持している。これだけのソファ、お値段は相当するのか、それとも実は年代物で経年劣化の結果これだけの気持ちよさを確保しているかどうかまでは解らない。とりあえず座り込んで、俺も食後の腹ごなしの運動の休憩をする。
「で、お呼び出しって今回は何の御用ですかね? 」
「まずは世間話から行こうか。最近はエンチャント爺さんって呼ばれてるらしいね」
「タダでってのもあれなのでお金は取ってますがね。思った以上に効果があったらしくて金額払うだけの価値はあると結構こき使われてますよ」
「そのようだね。まあおかげで鉱山のあがりもちょっと増えてるようだし、採掘してる人たちも怪我せずに収益を上げられているようだし、エンチャントのかけ過ぎで枯渇するような事態にもなってないようなので問題はないかな。野田さんも相当稼いでるんじゃない? 自分で潜らなくても良いぐらいには」
たしかに、一日入り口でボーっとしててエンチャントを頼まれたらかける、という作業を一日していればそれだけでも充分稼げそうな気はするな。それもありかもしれないので今度どっちが儲かるか試すことも考えてみよう。
「そう……かもしれません。でも体を動かさずに食う飯はうまいか? と言われるとちょっとあれな所はあるので自分で二階層で戦っているようにはしてますよ」
「そのようだね。まあ、【エンチャント】で自己強化した状態なら無理をすれば四層でも戦えなくもない、という所かな? それでも二層でやってるってことは大分セーブして戦ってるか、四層で戦うのはまだ早いと考えてるのか……もしくは三層の遠距離攻撃が面倒くさいと感じているかのどれかだろうね」
大体合っている。二層のほうが出入口が近い分移動が楽なのだ。飽きて嫌になったところで帰るにも便利だし、エンチャント爺さんとしての仕事も時々舞い込んでくる。わざわざ俺を軽く探してから深くまで潜る探索者も居る程度には俺の【エンチャント】は優秀らしい。何にせよ、人の役に立ってることが分かるのは良いことだな。
「二回目のマツさんの所へ行く日付が決まったよ。六日後になる」
ほどほどに世間話をしたところで井上さんが本題を切り出してくる。
「今回も同行すればよろしいので? 」
「そうしてくれるとありがたいかな。後は個人的に買い込みたい品物が何かあればリストに乗せて後日コッソリ渡すこともできるよ。何か今のところで困っているようなことや不足している物品があれば教えてくれれば確保できるように調整するけど」
困っていることか……思ったよりないな。なんだろう、充実しているという感触が一番近いだろうか。少なくとも飯には困ってないしこまめに風呂にも入れれば洗濯もできる。飯は安くてそこそこボリュームのある飯が食えているし、屋根のあるプライベートスペースで生活が出来ている。衣食住では今のところ困っている部分はないな。
「……困っているものが意外になくてびっくりですかね。今のところ体が動く間なら困ることはないと思います。この先どうするかを考えるとまた違う理由が出て来るでしょうが、今のところは問題ないですね。むしろ日々若返っている気すらします」
「それは何よりだね。それと、次回の交易で装備品を仕入れたい。いくつか見繕う探索者がいてそのメンバー向けの物をいくつか発注するんだが、野田さんはどうだい、がたが来てたりしてないかい? 」
武器、装備、防具のたぐいか。今のところは安全安心で探索しているから問題はないが、今後どうなっていくかはわからない。もしかしたらある日ポッキリ……という可能性もなくはないのだ。一応毎日確かめてはいるが、装備の寿命や疲労具合なんかを見るのは専門外だしな。
「近々に揃えたい、という意味では問題はないと考えています。今のところ愛着も湧きましたし体にもなじんでいますので、下手に新しいものに替えて体になじまずにうまくいかないよりは今のままのほうが良いかと思いますね」
「そっか。まあ、当日松井さんに顔合わせをしてから決めるでもいい。一人分ぐらいの余裕は持たせておくことにするよ」
「感謝します。話は以上で? 」
「そうだね。わざわざ呼びつけておいて悪かったね。後はこっちでリストを作って人員も確保しておくから私の仕事だ。野田さんも自分の仕事をするなり、今日のお仕事は終わりだろうからゆっくり好きなことをするなりで自由にしてくれていいよ」
「では、失礼します」
事務長室を出ると、家に帰る。今日は何をして過ごそうか。やることもないし、エンチャント爺さんとして入り口付近でエンチャントをかけ続けて小銭稼ぎでもするか。