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第95話:第二回交易

 マツさんの所へ向かう日になった。朝ご飯を食堂でワンコイン定食で済ませると、少し早いが探索者事務所のほうへ向かい事務所の建物の中で待機して待つ。


「野田さんおはよう」


 顔なじみの女性の探索者が声をかけて来る。名前は知らないが、”鉱山”で会うたびにエンチャントをかけてる相手なのだが名前は知らない。


「おはよう、今日は今からか? 」

「ううん、今日は別件。なんか事務長に呼び出されててさ、この後ここで仕事らしいんだけど詳しいこと何も聞いてないのよね」


 なるほど、俺と同じ仕事ということか。どうやら井上さんは徐々にマツさんについて知る人を増やしていくことで重要さを確認させるという方法で広めていくのかな。


「だったら人数集まるまでゆっくりしてるといいよ。俺も多分同じ仕事だから」

「そっかー。野田さんも一緒かー。エンチャント受けられる分だけ楽な仕事になりそうでラッキーだわ」


 別にこの後戦闘が確実にあるわけではないが、たしかにエンチャントがあればより楽に露払いが出来ることに間違いはないな。


 彼女がマツさんの所まで付き合うメンバーになるのか、それとも待機場所で居残りになるかまではわからないが、一層や二層なら彼女の力だけでも充分に戦うだけの戦力はあるはずだ。


 しばらくすると自分達以外の人員も増え始めた。そして井上さんが事務長室から下りてくる。


「みんな揃ってますか。点呼しますのでお願いしますね」


 どうやらうちのパーティーからは俺だけらしい。既に井上さんの手中にあり内容をおおよそ理解しているからあえて外されている可能性はあるな。


 いくらかの新しい人が見える。明らかに強いであろうと見込まれる探索者もおり、おそらく生活圏防衛担当の人員を一時的に借りてきて、彼らの目にもマツさんの希少性について知らしめて、人員を借り受けてあのダンジョンを攻略するだけの余裕のある人数を確実に確保するための理由付けでもあるんだろう。


「では、人も集まったところで話を始めます。今日は絶対生活圏の外での活動になります。現地に着き次第班分けを行いますのでそれまでは移動時間になります。片道一時間から一時間半ほどになりますのでその間はどうぞ暇つぶしでも何でもしていてください。ただ、荷物をトラックに乗せる搬入作業がありますのでまずそこから始めましょうか」


 井上さんの指示で車に荷物を乗せていく。おそらく中身は俺が堀ってきた魔石。前回と同じか、少し多いぐらいの量が積み上げられている。結構頑張ったしエンチャントを覚えてからは周回する回数が増えたからその分ということだろうな。


 流石に爺さんに荷物仕事は任せられないから、ということで今回も早めに座席に乗り込んで準備が終わって出発するのを待つ。ここで無理して手伝って腰を痛めたりして余計な手間を増やすのはだれも望まないだろうからな。大人しくしていよう。


 荷物の搬入が終わり、空いたスペースに人がどやどやと乗り込んでくる。出来るだけ詰めて座れるように、自分の槍を支え代わりにするように小さくなっていると、一緒に乗る周りの人はたいてい顔を知っている人になっていた。どいつもこいつもエンチャントをかけた覚えのあるメンツだ。


「爺さんもメンバーに入ってるってことは、爺さんもダンジョン帰りって奴なんだろう? ってことは、これから向かう先はそのダンジョンってことかもしれないと予想は付くが、そのダンジョンに何かあるのか? 」


 どうやら彼は行き先がダンジョンであることは薄々勘付いているがそこに何があるのかまで走らされてないらしい。誰もが何かあると困るということでフル装備でいるので、狭いスペースが内緒話でお互い詰め寄るためさらに狭くなる。


「まあ、行けばわかる、としか言えないな。ここでネタばらしをするより実際に体験してどう思うか、どう考えるか、どう感じるかのほうが大切だと思うからね」

「そんな大切な場所ならとっとと攻略してしまえばいいと思うんだが、それだけ難易度の高いダンジョンということでもあるのかな? ”鉱山”みたいに利用できるような場所ではないという予想は付くが……まあどうせ行くんだ、行けばわかるか」


 納得をすると再び腕組みをして移動の間黙する。流石に一時間も黙ったままだとしんどいものがあるが、振動に揺られてる間に眠くなってきたので軽く昼寝のつもりで槍にもたれかかり、軽く仮眠をとることにした。到着したら起こしてもらえるだろうからそれまではゆっくりしていよう。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 気が付くとダンジョンの中にもう入っているようで、薄暗い中ほのかに発光する壁の明かりが周りを照らし出している。


 一ヶ月から二ヶ月ぶりになるか。みんな元気でいるだろうか。風邪ひいたり新しい住人が増えてたりしないだろうか。色んな思いが頭を巡るが、まずはマツさんの無事の確認からしなければならないな。


 ダンジョンに入り込み、車で入れるギリギリのところまでいつも通り車列を進めると、停車して班分け。マツさんの所まで行く半分と、車の安全確保として残していく半分。


「私は居残りかー。でもまあ仕方ないか。野田さん、念のためエンチャント頂戴」


 どうやら彼女は居残りで車の安全を確保する側に回ってしまったらしい。どうせマツさんもここまで来るのだから大して違いはないが、マツさんのゲルの部分まで行くかどうかはまた次の機会、ということになるんだろう。


 彼女にエンチャントをかけると、マツさんの所まで行く側になった俺も井上さんに随伴してダンジョンの二層にあるセーフエリアへ向かう。


 歩き慣れた……とはもう言い難い。”鉱山”のほうがよほど通いなれているのでマップを混同しそうになるが、ここはマツさんがいるダンジョンだ。見た目も似ているし方向感覚を失いそうになるが、思い出しつつ道を進む。道中のモンスターはきっちりと俺が倒し、魔石の小遣いとしてポケットに入れさせてもらおう。


 二層に入ってすぐに左に折れ、セーフエリアのある方面へ進み、しばらくすると建物……とは言い難いログハウスやコンテナハウスが見え始めた。ここまで来ればもうこの辺は安全地帯。モンスターの警戒をしなくていいのでほっとすることができる。


 マツさんはゲルの中にいるようだ。前もだったが、また人が来た、という具合にこの老人ホームの居住者がこちらを見つめてくる。その中に美智恵さんの姿を見つけたので手を振ったら気づいたのか、手を振り返してきた。その後、ゲルの中に入りマツさんを呼びに行った様子。しばらくしてマツさんがゲルの中かから姿を見せた。


「やあ、久しぶり」


 マツさんは怪我をしているでもなく、いつも通りの対応を取ってくれている。怪我とか魔石不足で皆で食が細くなっているとか、そういう心配をしていたのだがどうやらその可能性は小さそうだ。みんな無事に元気でやっているらしい。


 マツさんと目が合う。マツさんはにこりと笑うとこっちにも声をかけに来た。


「五郎さん、久しぶり」

「マツさん、また会いに来たよ」

「頑張ってくれているようで何よりですよ。あれから何か変化はあったりしましたか? 」


 大変なのは自分のほうだろうに、俺のことまで心配してくれているらしい。


「ついに俺もスキルを発現させましたよ。結構便利なスキルです」

「それは何よりですね。おめでとうございます」


 マツさんが祝福してくれた。さあ、これからは取引の時間だ。車までみんなで行って、魔石の回収と欲しいものの物資交換の時間だ。そう言えば、エンチャントはマツさんにも効果があるんだろうか?


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