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第96話:チート

 マツさんのゲルから車のところまで戻ってきた。今からはマツさんのスキルの出番だ。順番に魔石をマツさんの【ネットショッピング】スキルで換金し、マツさんのショッピングで使えるポイントに変換して可能な限り好きなものを選べる、という段階である。


「マツさん、仕事を始める前にちょっといいかな」


 マツさんがさあ魔石を取り込む準備を始めるか、というところでちょっと待ったをかける。


「五郎さん、どうしたんですか? 」

「実は俺のスキル、【エンチャント】っていうらしいんだが、どうやらスキルの強化もできるみたいなんだ。マツさんのスキルを強化したらどんな効果が出るかを試しておいたほうが良いと思って」


 井上さんのほうを向く。井上さんは大きく顎を縦に降っており、試したければ試せば? という風な反応をしている。


「なるほど……ではかけて見てもらえますか。私も自分のスキルがどう変化するか気になる所ではありますし、もしスキルが強化されるならどういう強化が今後行われるのか確かめることもできるということですよね」

「そうなりますね。ではかけます。【エンチャント】」


 マツさんにエンチャントを施す。マツさんがポッと一瞬発光し、そしてマツさんが自分のスキルである【ネットショッピング】スキルを起動し、順番に魔石を入れていくが、ふと途中で手が止まる。


「なんか、普段よりも換金額が多い……? 」

「同じ魔石でも買い取り価格が上がってるってことですか? 」

「どうやら五郎さんのエンチャントの効果で魔石の引き取り金額が上がっているようですね。私の【ネットショッピング】スキルのレベルが上がるとそういう作用が今後行われるようになる、というイメージでいいんでしょうか」

「【鷹の目】や【タウント】といったスキルも視野が広がったり効果時間が長くなったりしてましたから、スキルをレベルアップさせているということは間違いないと思います」

「なるほど……ちなみに、五郎さんご自身にエンチャントをかけて更にその上で更に私にエンチャントをかけると目に見えて効果が発揮されるんですかね? 」


 マツさんは更なる効果の発揮を俺に期待しているようだ。


「試してみましょう」


 自分にエンチャント。そして再度マツさんにエンチャント。すると、魔石を口座に入れていくマツさんの手がまたピタリと止まった。


「なるほど……五郎さん、そのエンチャントスキルはご自身にかけてから他人に使った方が確実にパワーアップをさせてくれるスキルのようですよ」

「何か変化がありましたか」

「ざっくり言えば、さっきまで一割増で引き取ってくれていた魔石が二割増しで引き取られるようになりました。二段階のパワーアップというところでしょうか」


 つまり、今日の持ち込み分の魔石は普段の二割増しの価格で引き取ってくれるということになる。それなりの量を持ってきたが、それをさらに高額で引き取ってくれる、ということになっているらしい。


「松井さん、これは毎回野田さんに来てもらって交易を続ける方が明らかに効率が良くなりますね」

「そうですね。まだ見ていませんが、ネットショッピングで買える物品も増えてる可能性がありますが……まずは魔石の収納を優先しましょう。時間制限はあるんですよね? 」

「一応九十分というのが時間制限の枠内のようです」

「では急ぎましょう。余すところなく引き取ってもらって、それから店の確認ですね。新しい店舗が増えているかもしれませんし、今まで買えなかったものも買えるようになっているかもしれません」


 自分のスキルが上がってウキウキなのか、いつもより楽し気にスキルを行使するマツさん。童心に帰っているとでもいうのか、使い慣れた自分のスキルだろうに他人のスキルを触って楽しんでいるかのごとくどんどんと魔石を回収して行っている。


「あれは何してるの? 」


 待機役を命じられていた探索者の……相変わらず名前は知らないが朝からずっと待っていた彼女に話しかけられる。


「あの人のスキルでね、モンスタのドロップ品を貨幣として変換して、他の商品に替えることができるスキルの持ち主なんだよ」

「凄い便利じゃん。なんでこんな辺鄙なダンジョンに住んでるの? 」

「人には色々理由があるんだよ。そんでもって、彼を街まで帰って来られるように努力してるのが我々の仕事。このダンジョンを踏破するのを条件にマツさん……松井さんの身柄の街への移送が決まることになってる」

「無理やり連れていくのはダメなの? そんなに重要人物なら強制退去させることだって難しくないんじゃないの? 」


 彼女は何も知らないから気軽に強制退去と言っているが、ここには捨てられてきた老人たちもいる。彼らの世話をするために志願して残った者もいる。それらを無視して一方的にそれを為すことをマツさんも井上さんも良しとはしないだろう。


「ここね、姥捨て山なんだよ。家族で面倒見切れなくなったからって老人捨てに来る一般人がたまにいるんだ。そんな彼らの世話をしてるのもマツさんなんだ。だから、このダンジョンを踏破してもう捨てられなくなるようになるまでは、彼らの世話と共同生活を続けていくつもりなんだってさ」

「野田さん詳しいね」

「俺もここに捨てられた一人だったからな。俺の場合は井上さんがここへたどり着いて色々算段してくれたおかげで街での暮らしを何とかできてるけど、それまではただのボケ老人だったんだよ」

「そうなんだ……気軽に見捨てるとか言ってごめんね」


 彼女は素直に謝罪してきた。きっと悪気があったり実情を知らなかったからだろう。


「気にしてないよ。それより、今日運んできた魔石との取引で物資や必需品、貴重品の補充をして、いつか来るであろうマツさんを救い出すためにここのダンジョンを攻略して踏破して、ダンジョンを破壊するということに全力を注ぎたいところだよね」

「私でも役に立つかなあ? 」

「人数は多いに越したことはないし、ここのボスは相当に強い奴だからボスの取り巻き掃除には活躍できると思う。俺もこのエンチャントで全力で補佐したいし」

「そっか。その時が来たら私も手伝うからよろしくね? 」

「ああ、心強い仲間ができたな」


 雑談をしてる間にマツさんが全ての魔石を収納し終わったらしい。全品二割増しなので相当な金額になっただろう。


「さて……思った以上の収入が得られたところで、井上君、リストの物をかたっぱしからまず買うってことでいいかな。残った分は要相談ってことで」

「ええ、それでお願いします。ちなみに商品の値段が割引とかされてたりはしませんかね? 買い取り割り増しがあるなら商品値引きセールがあったりすると面白いのですが」

「それはまずは商品を見てみないと何とも……っと、一割引きが付いてますね。合計でいつもの商品が三割安く買えるってところですか。まずは生活必需品と食料から……」


 どうやら、値引きセールも開催中みたいだ。マツさんのスキルはそもそも存在がチートみたいなものだが、俺のエンチャントもそれなりにチートスキルの範囲に入ってしまっているみたいだ。同じようなスキルを持っている人が次に出たら、同じようにエンチャントをかけることでより多くの種類の商品を手に入れたりすることができるんだろうな。


「……これも天命という奴かな」

「どうしたんです?松井さん」


 井上がぼやくマツさんに話しかけている。


「いやね、そろそろ潮時だということをまるで察してくれているみたいでさ。ここのダンジョンも間もなく攻略されるかもしれないということを教えてくれているのかもしれないね、という話だよ」


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