マツさんが割引セールの間に一生懸命購入品を並べていく。小麦粉、米、肉なんか食品からまずはそろえていくらしい。今回も食品が腐らないように保冷庫をトラックに積んできているので、安心して運ぶことができる。これが回り回って食堂のワンコイン定食として提供されたりするんだろうな。
後は装備品に関してもいくつかの補充が為されている。”鉱山”で働く人向けでないのなら、きっと生活圏防衛担当からの補充要請があった代物なんだろう。槍や斧、剣などがある程度数をそろえた範囲でモノをそろえている。
「ふむ……どうやら新商品が入荷してますね。これは……どうやら未知の世界の装備品かもしれません」
「と、いうと? 」
「こんな素材の防具や武器なんて見たことはないですからね。明らかにファンタジーの世界の物品であることは解ります。異世界の装備品、もしくは平行次元の違う私たちの世界のものかもしれません」
「確かに。でもそうなると、相当な値段がするはずでは? 」
「そうですね。確かに値段はかなりのものですが、カタログスペックを参考にする限りでは中々の物かもしれません。他には……」
マツさんと一緒にウィンドウを覗き込んでいる井上さんが相槌を返している。コッソリ聞き耳を立てる俺。
「今までなかった効果や性能を表示されている製品がいくつか見受けられます。切れ味アップや耐久アップが付いている包丁とか、剣にしても折れにくい、といった解説がついている商品が増えました。これも野田さんの効果で、もしかしたら新しい店が見えるようになったのかもしれませんね」
「ますます野田さんが欠かせない存在になってきましたね。毎回付き添ってもらうことにしますか。人一人のスペースで三割以上の得になるなら充分おつりが来ますし」
どうやら完全にロックオンされてしまったらしい。まあ、マツさんに会えるし俺としては困ることはない。毎回一時間少し尻の痛い思いをしながらここまで来ることも慣れ始めている。更にこれが回りのためになるのだとしたらもう貢献しないという選択肢はないな。
「なんか期待されてるね。良かったじゃん」
彼女が肘でうりうりとしながらこっちにちょっかいをかけてくる。これだけ人がいるのだからあまり気を張る必要がなく、暇なのだろう。
「そうだな。人の役に立てることについてはこれ以上言うことはないかもな」
「うんうん、こんな世の中なんだし役に立てることは大事だって。その歳でまだ人の役に立てるってなかなかないと思うよ」
そう言われてみればそうかもしれない。ちょっと前までは家庭内でもお荷物だったのだ。それが探索者中の重要人物に声をかけられて、それでなお期待されている。俺も井上さんにとっては重要人物リストに入った、と認識してもいいんだろうな。
「なにこれ、すっご……」
「どれどれ……おお、これは面白そうだ」
マツさんと井上さんは新しい店を見て盛り上がっている。どんな店見てるんだろう。ちょっと覗いてみたい気持ちが半分、ってところだ。
とりあえずうまい具合に動いてくれて【エンチャント】もゴキゲンだろう。後は時間内にちゃんと取引が終えられるかだが、時間を上回ったらまたエンチャントをかけ直せばいいので適当に時間が過ぎたところでまたかけ直すことにしよう。
マツさんと井上さんが取引に夢中の間に軽く散策。ビッグラットやゴブリンがいたら仕留めて魔石を拾うとちょくちょくマツさんの所へ行ってマツさんのポケットに入れていく。そのスキにちらちらと何を見てるのか、何を相談しているのかを聞く作業に入ることにした。
「これ扱える人いるの? 」
「生活圏防衛担当に心当たりがあるのでその人に渡してみようかと思います。それを理由に仕事を手伝ってもらうのを理由にしようかと思ってます。あっちのほうもそろそろ武装が怪しいところではあるのでこれを機に新調してもらって、その代わりに号令をかけさせてもらえると良いのですが。まあ、試しに持って帰ってしまおうかなと。三割引きの分で充分支払える値段ですしお試しの武器ということで一つ買って帰ろうと思います」
「まあ、井上君に心当たりがあるならいいけど……」
なにやら新しい武器が増えるらしいことは解った。俺が持つことはないだろうけど、誰かがそれで誰かの安全を守るために使われるならそれに越したことはない。これも俺のスキルのおかげで資金に余裕が出来た結果購入できるものだとするとちょっとうれしいところだな。
そろそろ九十分が経つだろうかと思い、自分にエンチャントをかけてからマツさんに再度エンチャント。これでまだしばらく色々悩んでいられるだろう。俺の仕事は後何回かエンチャントをかけるだけで終わりそうだ。さて、何をして待とうかな……
◇◆◇◆◇◆◇
side:マツ
何やら三郎さん……じゃない、五郎さんのスキルがえげつないことは理解した。自分に匹敵するとまではいかないものの、どんな方面にも対応できるマルチなスキルであることは判断がつく。スキルも含めてあらゆる要素を向上させることができる、という点が特に強力だ。
私がまだ街にいた頃、エンチャントのようなスキルを持つ人は数人いたが、一人で一回でこれだけの複数の要素を一気に向上させるといった内容のスキルの保持者は居なかったように思える。
これは後天的なスキルの発現になるのか、それとも先天性のものなのかまでは判断ができる情報が揃っていないが、誰かのために何かしたいという思いが五郎さんにそのスキルを備わらせたなら、私も五郎さんのスキルを発現させた原因の一つになるんだろう。
誰かのために何かしたい、という思いからスキルが発現するなら、ある程度意図的にスキルを操作して生えさせることは難しくない、という現象を起こせるのかどうか。またスキルについて不思議な点が一つ増えた、という所だろうか。
五郎さんも井上君も、本気で私をここの呪縛から解き放とうとしてくれている。なら、それまで出来ることはすべてやれるようにしておかなないとな。もしもダンジョンが踏破できる時が来たのなら、今いる老人たちの人数の把握もしておいてもらわないといけないし移動準備、脱出準備、それから老人ホームに設置してある物の全ての再換金を行わないといけない。
これからが勝負の時、ということなんだろう。後何回交易を繰り返したらその準備が完成するのかは解らないが、井上君はその辺の調整能力は優れていたはずだし、弁も立つ。私はただここで待つことしかできないが、他の倒れていった人たちの無念がそれで解消できるのなら、もし私がもう一度地上に降り立つだけの気概と覚悟が出来たのなら、ここを去ろうと思う。
このダンジョンさえ消えてしまえば姥捨てダンジョンが攻略されて助け出された人たちがいる、と話題にもなるだろうし、今後ここへ立ち入ることはしなくなっていくはずだ。
全て他人任せで申し訳ないところではあるが、今私がここを離れるという選択肢は残念ながら取れない。もうしばらくは我慢していてほしい。きっと近いうちにこの気持ちが晴れて、亡くなっていった人たちへの未練も断ち切れるはずだ。その時までは私はここで最善を尽くすことにしよう。
さて、買い物を一通り済ませたら今日ここに来てくれた人たちへのお礼配りもしないといけない。その分の資金は残してあるので安心だ。今回は何を配れば喜んでくれるだろうか? 毎回あんパンと牛乳では飽きるかもしれないし、何か手の込んでいてこちらでは入手しにくいような物を選んだ方が良さそうだな。