一通りの物資交換を終えて二時間。やはり九十分の境目は越えて、かなり時間がかかった。マツさんも始めてみるという新しい店のラインナップが中々に物珍しいものだったらしく、いくつかは購入して持ち帰って威力のほどを確かめてみるそうだ。
装備品以外にも何かなかったのかな? と気にはなるものの、まあ本人たちが納得しているのではあればそれでいいだろう。マツさんはともかく、井上さんはほくほく顔で交易の終わりを迎えた。
「さて、ここまでついてきてくれた皆にはお駄賃がある。ちょっとした腹の膨れる程度のものだが、私から皆に奢ろうと思う。久しぶりのチョコレートを味わうといい」
そこに登場したのは昔よく買ってたチョコレート菓子のパッケージ。よく戦争のネタとか火種を持ち込むな、と言われていたようなお菓子の二大巨頭の片方だった。どちらか好きな方を選んでも良いと言われたので里のほうをもらい、それと一緒にコーヒー牛乳をチョイス。
牛乳は銭湯でも食堂でも金を積めば飲むことはできるが、コーヒーはそうそう入手できるものじゃないし、このコーヒー牛乳にはふんだんに砂糖が使われている甘いコーヒー牛乳だ。砂糖も貴重品になりつつある昨今、これは嬉しいサプライズ。みんな揃って目を輝かせながら順に受け取っている。
早めに受け取ってサクサクと食べると懐かしい味がする。ガキの頃とまでは言わないが、大人になっても時々食べてたこの味、この食感、このチョコレートの風味。そして風呂上がりに飲みたいコーヒー牛乳のわざとらしい甘さが喉を刺激する。
食べ終わったら他の人がゆっくりと味わっているうちに周りの警戒をする。全員が食事に夢中で襲われて怪我、なんて話になったらシャレにならない。
「いいか、ここでこっそりお菓子を食べてたのは秘密だ。後、ゴミは回収するからその辺に捨てないように」
前回も同じようなことを言っていたような気がするが、ここで黙っておけばまたお菓子を喰いにつれていってくれるかもしれない、と餌で黙らせておくことはできるだろう。
「井上さん、次回は、次回はいつここへ来るんですか」
お調子者っぽい探索者が井上さんにたずねている。
「次回はまた一か月後ぐらいだな。人員はそれまでに決めておくから、大人しく日々の仕事に邁進していてくれ」
淡々と答えながら自分自身もお菓子を食べている。ここでの暮らしなら毎日お菓子が食べられる……と勘違いしそうな勢いだな。こっちでは逆の不便も結構あったりするのだが、そのあたりまではまだ想像がついていないらしい。
全員食べ終えてゴミを回収すると、マツさんとはここで別れることになった。
「じゃあ松井さん、また来ますよ。野田さんは確実に連れてね」
「ああ、またね。五郎さんも」
「はい、マツさんも無事でいてくださいね」
三人顔を合わせて頷きあうと、それぞれの車両に乗り、そしてマツさんは歩いて二層のセーフエリア、マツさんのゲルへ帰っていった。後ろ髪を引かれる思いをしながら自分も車両に乗り込む。
やっぱり自分自身もこっちへ残ったほうが安全はより担保できるのではないかという不安が残るが、同時に自分が率先して魔石を集めることでより早く交易の回数が増え、それによる戦力増強で大名行列のボスであるあの巨大オークを倒すだけの資材と人材を集めることに協力できるのではないか。
どちらを選ぶかと言われると、やはり時間的に早く済むのは自分がちゃんと街で活動をして魔石を溜めこみ、交易用の物資として供給することだろう。この一ヶ月が口惜しい。この一ヶ月分の魔石をより早く集める方法があれば知りたい。あるのだろうか。
四層ではなく五層で戦えば同じことが出来るだろうか。それとも三層で移動距離を短くする方が出来るだろうか。色んな考えが頭をよぎっては、いや、部屋に試すよりは今のまま四層をグルグル回って回数をこなした方がより確実に貢献できる。今が一番効率が良いんじゃないか。なら、そのまま効率よく回している方がマシだな。
それ以外だと……やはり自分のレベルを上げて戦闘力の一つとして参加するのが一つ。そしてエンチャントを確実に使えるようにするのも一つ、だな。俺に出来る範囲はこのぐらいの物だろう。これ以上は個人で出来る範囲を超えてしまっている。
「お菓子美味しかったねー」
彼女は帰りでは隣の席だった。彼女はどっちを選んだのだろう。気になるがここで戦争を起こすつもりはないので聞かずにおく。
「昔はよく食べたんだけどなあ。今じゃチョコは貴重品。入手するすべすらないからな」
「あの人が街に帰ってこれるようになれば毎日チョコを食べれるのかな? だとしたらうれしいなあ」
暢気なものだが、その暢気さがかえって彼女の魅力ではないだろうか、とも思った。
「そういえば名前聞いてなかったな。俺は野田五郎って言うんだ」
「あたしは
「庄司……確か同じ苗字の人が探索者にいたなあ」
「それ多分お姉ちゃんかなー。あんまり似てないでしょ」
妹さんだったのか。確かに似ては……そう言われると少し面影があるような気がしないでもないが、性格は全く違うな。姉妹だと言われるまではぱっと見わからないな。
「お姉さんには二回世話になったかな。探索者になる時と、友人が探索者になった時、前のあふれの時だな」
「前のあふれの時にちょっと夕飯が豪華だったのは野田さんのおかげだったのかー。あの時は御馳走様でした」
どうやらあの時の稼ぎで大盤振る舞いをしたらしい。彼女らしいと言えばそうなのかもしれないな。
「野田さんは次回もここに来るんだよね? 」
「どうやらそうらしいな」
「いいなー、私もまたここ来たいなー。一ヶ月の我慢の後でおやつって言われたら大人しく頑張っちゃうところだよね。だってチョコレートだよ。お金出しても食べられないものが食べられるって掃討贅沢だよ」
「でも、ここには風呂はないしトイレもスライム式のボットンだし、洗濯機はないから服も手洗いだぞ」
庄司さん……朋美さんに注意事項としてここでの生活を念押ししておく。
「詳しいね野田さん。ここに住んでたの? 」
「前はな。今はこっちで生活してたが、色々あってこのダンジョンで暮らしてた」
「野田さんがいるなら相当便利に過ごせてそうだけど、そういうわけでもなさそう? 」
「まあ、不便な所も便利な所もそれぞれあったってことかな。食事には困らなかったがそれ以外は結構面倒だったよ」
懐かしいな。美智恵さんに食事を任せて俺は外でひたすら魔石集め。まだレベルが足りなかったから二層か三層だったが、今なら四層まで潜り込める。今ならマツさんのポケットを預かって疲れ切るまで四層付近でホブゴブリンやオーク相手に戦い続けることも出来るだろう。
おっと、もしもを積み重ねても計画はうまくいかないとさっき考えから振り払ったところではなかったか。考えるのやめやめ。腹が膨れて、そして甘いコーヒー牛乳のおかげで少しだけ喉が渇いているが、体の不調らしいものはそれぐらいだ。今回も交易は成功した。
次回は何を交換しに行くんだろうか。今回のことで俺のスキルでマツさんのスキルも強化できることが判明し、ついでに自分にエンチャントをかけてから他人にエンチャントをかけた方がより効果が高まることが分かった。今後は自分にエンチャントをかけてから他人にエンチャントをかけていくことにしよう。今回の一番の収穫はそれがわかったことかな。