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第99話:マツさん救出計画

 side:井上


 第二回の交易から帰ってきて、井上は早速書類仕事に励んでいた。”鉱山”で採掘をしているメンバーだけではなく、生活圏防衛担当の中から何人か優秀な戦力を借りていくという方針は崩さない。


 井上は書類棚からあるファイルを取り出した。ファイルには「松井高次救出計画」と書かれている。流石にパソコンなどは使えずプリンタのインクの補充もできない現在の状況では、全て手書きである。


 綿密に書きこまれたその書類では、予想される敵戦力とそれに対抗するために必要になってくる安全に戦えるだけの戦力の予想とが書かれている。


 探索者にも色々いる。新しいダンジョンを攻略していく生活圏開放担当。絶対生活圏にモンスターが入り込まないよう各地を見回る生活圏防衛担当。そして、”鉱山”で定期的にモンスターを駆除してドロップ品である魔石をエネルギー源として納めていく採掘担当者。それ以外にも探索者の仕事としては色々あるが、大まかに分けるとこれだけの種類になる。


 今回は生活圏開放担当への声掛けと、一定のレベル以上の探索者の中で全体の役にたてそうなもの者やバックアップ担当の人員の確保に動いていた。


 参加予定者の中には野田五郎の名前もきっちりバックアップ担当として名前が書きこまれていた。バックアップになるのか本業の戦闘担当とするかはまだ未定ではあるが、連れていくリストの中に確実に入り込んでいるのは間違いない。彼の【エンチャント】はスキルもエンチャントする。


 そして自分自身のスキルも【エンチャント】によって強化することができることがわかった以上、二重がけによるそれぞれの探索者のスキルもより強力に、そして身体能力向上にも更に期待が出来るということになる。彼は外せない。


 人員リストを整理したところで具体案の勘定に入る。あの大名行列と評される巨大オークの進軍を迎え撃つなら一層か二層、ということになる。広々と場所をしっかりと確保しつつ、遊兵を作らない場所は、松井さんの地図によれば二層のセーフエリアギリギリの場所と、普段車で入り込むギリギリのラインよりさらに手前に戻った場所になるだろう。


 どちらかと言えば二層のほうが安全は担保できるだろうな。それに二層で戦うことで松井さん達にしっかり戦っているという場面を見せることができるのは重要だ。出来れば松井さんの目の前で倒して、彼の心理的な束縛を解き放ってあげる必要がある。


 内部の地図は五層までは出来上がっているが、その後については不明な点が多い。入口まで出てきている巨大オークが本当にこのダンジョンのボスであるかどうかも含めて未定だ。


 もしかしたらボスがあれで、ダンジョンをつかさどるダンジョンコアは単体で置かれている可能性もあるし、ダンジョンコアの前に本当のボスが待ち受けている可能性もある。それを考えると、余裕を持った人員で巨大オークを倒した後にダンジョン踏破部隊を再編しなければならない。


 手持ちの駒で果たして巨大オークを撃ち取れるかどうかまでを達成するのが一つ。そして、ダンジョン踏破が出来るかどうかがもう一つ、課題は二つだ。ダンジョンの脅威がどこまであるかがハッキリわかっていない以上、あの巨大オークレベルのモンスターと二度戦う可能性を考えておいたほうが良いだろう。


 レベルは四十は最低レベルとしてほしい。それに加えて人数だ。十五人で行って、奇襲されたとはいえ松井さん達は命からがら逃げだすことしかできなかった。あれから我々もレベルを上げて実力は確かに上がっている。ダンジョン攻略の先頭を行くメンバーを十五人。それから周りのお供を引きつけて倒す役割に二十人。そしてバックアップと補佐、回復役に十五人。総勢五十人は必要だろう。


 五十人で足りるのだろうか。もっと巨大オークの攻撃を引きつけて、ダメージを与える係を増やしたほうが良いのではないだろうか。悩みは尽きない。


 しかし、既に活動を始めている松井さんの救出計画だ。失敗すればその分被害は出るし倒せなければどこまでも追ってくるだろう。その悲劇を繰り返さないためにも、装備と人員と平均的な強さは担保しなければならない。


 コミュニティの上層部にはいくらかの袖の下を入れてあり、これらの商品を継続的に仕入れることのできる人物がダンジョンに囚われたままになっている。


 そこは姥捨て山としても利用されていることや、彼らの面倒を見つつダンジョンで暮らしている希少スキルの保持者とその老人たちを助けるためにも人員を割いて該当ダンジョンの踏破に向けた準備を進めているといういことは報告済みである。


 後はタイミングとこちらの装備が潤沢にあることが必要だ。その為にはあと最低一回の交易を挟む必要があるだろう。


 あの事件からもうすぐ十年が経とうとしている。あの時もう少しだけ踏ん張ることができたなら、松井さんはダンジョンに囚われたままにならなかったかもしれないが、それと同時に野田さんというこれまた貴重なスキルの発現者を獲得することもなかったと言える。


 天秤にかけるべき話ではないのだろうが、あの時ちゃんとした戦力があれば、あの時松井さんが踏みとどまって一度情報を整理していれば、悲劇は起こらなかったかもしれない。それについては松井さんに非があったことを認めなければならない。


 それはそれとして、今起こってしまっている現状について最善手を取るならば、やはり生活圏開放担当からの人員援助は絶対に確保しなければならない。彼らは探索者の中でも最前線で戦い続けてレベルも上がり、最も強い部類に入る人種である。


 彼らを説得してそこまで近くないダンジョンを踏破する理由をきちんと説明しなければならないだろうし、松井さんの心理的呪縛と社会問題である老人介護の問題が複雑に絡み合っていることも含めてよく話し合う必要があるだろう。


 これはまだまだ推敲の余地がある。人員にしてもまだ絞り込めていない、むしろ絞らずに大人数で参加、という可能性も考えておく必要があるな。


 ダンジョンの最下層から二層まで上がってくる間にどれだけのモンスターが集まってくるのかにもよるが、全モンスターと同時に戦闘になる可能性も考えると五十人では足りないかもしれない。


 いっそのこと百人? もしくは開放部隊を全員こっちに張り付けての大作戦となるかもしれない。それだけの人員を確保して踏破するだけの魅力はこのダンジョンにはある。松井さんという人材の救出にそれだけの人員を配置してもなお余りあると考えられる。もう一度人員整理から始めるべきか。


 もう一度登録されている探索者の名簿を見通し、現在のレベルや実力、どういう仕事をしているかなどをピックアップし、戦力として数えられる方から順番に整理していく。


 夜も遅くなり、ランプの明かりを頼りにしながら書類の整理と人員の査定、鑑定を行いながら少しずつ進めていく姿を幾人かが目撃していた。内容はたった一人の探索者の救出のためだが、この探索者の貴重さを知っている人はまだ少ない。


 恩人の心と身柄の救出のため、そして街のインフラの維持や食糧事情の向上、必需品や贅沢品に至るまで、一人の人間によって賄うことが可能になるのならそれに頼ることは危険だが、一時的な放出をすることで負担を減らしその間に生活基盤を組み立て直すことは可能のはず。


 全ては松井高次という人材のスキルとその確保のために、井上は全力を挙げて自分のできることをやり、そして救出計画を練っていった。


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