二回目の交易から一ヶ月半が経ち、三回目の交易も無事に終えられた。毎回付属していくことになっている俺としては毎回お駄賃がもらえるやったー嬉しいという歳ではないが、久しぶりに口にする懐かしい食べ物をもらいに行く、ぐらいの感覚でついていくのも悪くないんじゃないか、という感じだった。
三回目の交易は食料品よりも装備品の交換が多く、帰りのトラックには槍や剣、盾などの装備品やゴムの使われた服などが前回よりも多く積み込まれることとなっていた。
おそらく二回目の交易の分で結構な量の食料品が輸入できたためだと推測される。実際、二回目の交易の後の食堂では特別メニューとして千円かかったが鶏の唐揚げという中々贅沢な一品がチョイスされ、みんなが食べていた。養鶏もされているとはいえ、そうそう多くの肉がまとめて手に入る機会というのは少ない。
そして運よく肉が手に入ったとしても、その肉は卵を産み終わった鶏ぐらいのもので、古くなった鶏肉は硬く筋張っていて唐揚げにしてもそれほど美味しい一品ではない。しかし、あの時出てきた鶏の唐揚げは間違いなく若鶏の唐揚げであり、ジューシーで非常に美味しかった。食堂のメニューに手を加える余裕があったのはもしかしたら俺の二割増し買い取りと一割引きセールのおかげだったのかもしれない。
そんな一幕もあり、美味しいご飯が食べられるならとパーティーメンバーも奮起して魔石集めに回り、いつも通り一日五周から六周の仕事を的確にこなし、二日に一回のペースで魔石を集め回る作業に邁進した。
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そんな中のある日、レベル四十以上の探索者全員と俺が探索者事務所に呼び出しを受けた。パーティーメンバーは俺を除いて全員がレベル四十を超えていたため、実質パーティーでの参加となった。俺はまだちょっとレベル四十には届かないが、俺には参加してほしいとのことだった。
何だろうね? とそれぞれ確認するものの、俺が個人名で呼び出されていることを考えるとマツさん関連の話であることは間違いないという認識はあった。ついにマツさんを助けに行く計画を始動するんだろうか。
指定された時間に探索者事務所にたどり着くと、そこは人でごった返していた。百人以上は居るんじゃないだろうか。普段は”鉱山”でしか他の探索者を見かけないので、”鉱山”に通っていない探索者もかなりの数が召集されているらしい。普段生活している間では見慣れないその探索者達の姿に少し驚きを感じる。
探索者の中には明らかに筋骨隆々で普段見かけない探索者も居る。確か探索者の中には生活圏を広げるための区画開放担当というのもいるらしいから、そっちの担当の人かもしれないな。
明らかに場慣れしているというか、何でここに呼び出されたんだろう? という顔をしてはいるものの、ここに来ること自体には慣れている感じではある。普段顔合わせをしないってことは、滅多に寄り付かないのか時間帯が完全に合わないんだろう。
他にも様々な探索者が並んでいてちょっとしたパーティーのような様子を見せている。レベル四十以上というからにはどの人もモンスターに対してはかなりの戦闘力を持っていることは確かだろう。
「揃ったようだから話を始めさせてもらう」
井上さんの一言で徐々に静かになり、全員が井上さんの話を傾聴する。
「まず、今から話内容についてこれは強制依頼ではない。その上で協力者を募集する、といったものだ。出来るだけ多くの参加者、出来るだけ腕っぷしに自信のあるものに参加を促すものである。今回レベル四十以上ということで徴集をかけたのもその理由の中に入っている。この中で、オークの上位種でハイオークの更に上位種である巨大なオークと戦ったことがあるものは居るだろうか。もし居るなら手を上げてほしい」
声をかけると、四人だけその巨大オークと戦った経験がある、と申告があった。
「では君らに聞く。倒せたのかな」
「倒せはしなかったが、もう少しというところまでは追い込んだ、というのが近いですね。残念ながら討伐とまではいきませんでしたよ」
「では、ここにいるものが共同参加すれば倒せると思うかね? 」
井上さんが更に質問を重ねる。
「レベルが五十に近いものがいれば、倒せるとは思います。もし巨大オークが逃げなければの話になりますが」
「よろしい。今回の討伐目標はその巨大オークと目されるモンスターだ。それに加えて、その巨大オークが出現するダンジョンの踏破が目標となる。今回大々的に募集をかけて開放担当だけではなく”鉱山”での採掘を行っている物や生活圏防衛担当にまで声をかけたのは理由がある。もうすぐ十年になるちょっとした昔ばかしだ」
井上さんが一旦言葉を切って、言葉を溜めた後、思い出すように話を切り出した。
「十年前、そのダンジョンに威力偵察に行った結果、あふれに遭遇して参加していた二十名の内十四名が落命、残りの六名もほうほうの体で逃げ出して帰ってきたという事件があった。流石に前過ぎてもう覚えてない人もいるかと思うし、その頃はまだ探索者をやっていなかったものも多いと思う。だが、実際にそんな失敗があり、全ての責任を取る形である探索者がそのダンジョンに自殺するつもりで再び潜り込んだ。頼まれてそこに送り込んだのは私でもある」
手を上げて発言を求める探索者が居たので、井上さんはそちらへ発現を促す。
「覚えている。たしか井上さんもそこに参加していたはずだ。そして松井さんだったか。責任者は更迭されて干されていたはずだ」
「その通りだ。これは、その松井さんの話になる」
再びゆっくりと、綴っていくように話を続ける。
「しかし、その探索者……松井さんは命ギリギリのラインの中からかろうじて生還したことにより、ある特殊なスキルを発現させていた。彼のスキルは【ネットショッピング】という物だった。具体的には、魔石やモンスタードロップを元手として過去ネット上に存在した色んなもの……食べ物や生活雑貨に限らず武器防具の類やインフラ整備に必要な土嚢やセメントの類まで、およそダンジョン災害以前に存在したあらゆる商品を取り扱うことができることが分かっている。今では希少品になってしまったコーヒーやカカオ、一カ月前に食堂のメニューに並んですぐに完売してしまった若鶏の唐揚げなどは、彼のスキルから得られたものを我々から魔石を供給して交換してもらったものになる」
おそらく”鉱山”の採掘担当者からのどよめきが聞こえる。あれはそういう理由だったのか、といった風の声が聞こえてきていた。
「松井さんは言った。今ではわだかまりもないしこちらへ戻ってくることも可能ではあると思う。しかし、いま彼は一人ではない。彼の元には介護に疲れ果てて姥捨て山のようにダンジョンへ捨てられていった老人たちが生活している。ダンジョン踏破が目的なのは、彼があの場所へ住み続ける固執した理由を排除する為と、もう姥捨て山ダンジョンとしての機能を失わせるためだ。そうすれば、松井さんは老人の介護を任せることなくこちらへ戻ってこれるし、我々も彼のスキルを使って今より楽に生活ができるようになる。トイレットペーパーだってダブルで潤沢に使えるようになるはずだ」
少し笑いが起きる。たしかに、トイレットペーパーは貴重品だしそんな中でダブルで柔らかな尻触りの良い製品が使えるとなれば有り難さは充分だろう。
「彼を我々の世界へ再び迎え入れる。その為のクエストだ。受注条件は原則レベル四十以上、もしくは松井さんとの面が割れている者、そして、巨大オークに臆することなくダンジョンを踏破できる人数だ」