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第101話:松井救出計画決起集会 2

「この中で彼を救って美味しいお菓子や懐かしい食べ物を食べたいものは居るだろうか」


 井上さんの呼びかけに答えるように、あちこちから「食べたいぞ! 」「牡丹餅も食えるのか! 」などの声が聞こえる。


「なつかしい娯楽やおもちゃ、電気がなければできないような製品を再び楽しみたいと願うか」


 開場はヒートアップし「願う! 久々に森尾カートがやりてえ! 」探索者の遊び心に火が点いたのか、懐かしのゲームタイトルが聞こえてくる。


「チョコレートを片手にブランデーを味わいたいか」


 更に会場は盛り上がり「そいつは最高だ! 」「チョコレートよりナッツが食いてえな」「ブランデーがいけるならウォッカもいけるのか」など、それぞれの希望が飛んでくる。


「ならば、この救出計画を手伝ってほしい。報酬はそれほど出せないが、みんなそれぞれの魔石を持ち寄るでも良いし、特別ボーナスとして鉱山からいくらか魔石をせしめて松井さんのスキルで自由に交換ができるように持ち掛けようと思う。もし松井さんを救出できれば、面倒くさい窮屈なこの世界も少しは楽が出来るようになる。そうなれば、我々はもう一度文明を立て直すことも難しいがそれほど厳しい道でもなくなるだろう」


 一旦言葉を切ると、井上さんが俺のほうを見て話を続ける。


「ここには爺さんもいる。もういい歳だ。でも、手伝ってくれるか? 」


 なるほど、こんな爺さんでも手伝えることがあるんだから若いものはもっとできることがあるだろう、という風に話を進めたいんだな。


「マツ……松井さんには大きな借りがある。ここで返しておかないとしばらく返す当てがなさそうなので俺も参加するぞ。こんな老体だができることはあるんだ、手伝わなくちゃな」


 俺を知らない人にとってはこんな老人で大丈夫か、という声も聞こえてくるが、採掘組にはある程度顔が知られてるおかげで、エンチャント爺さんがついてきてくれるならずいぶん楽が出来そうだ、と気楽に参加を申し出てくるようになってくれた。


「モンスターたちがあふれ出てくるタイミングはこちらですでに把握済みだ。時間と場所をうまく調節すれば多対多でも充分に戦える場所を用意してある。後は現地まで行く輸送車の護衛組と実際に戦う戦闘班に分かれてメンバーを募集する。参加する探索者諸君はここに記名して行って欲しい。こちらで照会した戦力としてそれぞれに分担して役目を伝えていこうと思う。出来るだけ多くの諸君の参加を希望するものである」


 几帳面に一列に並び、次々に参加希望に名前を書き記していく。俺もパーティーメンバーと共に一緒に並び、順番が来ると名前を書く。パーティーメンバーも名前を記して参加することになった。いつものメンバーと歩調を合わせて動けるようになるのは非常に楽だ。有り難い。


「爺さん、中々根性あるな。ちゃんと戦闘についてこれるのか? 」


 先ほど目にした筋骨隆々の、おそらく生活圏開放担当の探索者だろう。


「元々俺もあのダンジョンに捨てられた口だったんでな。それに、俺にはスキルもある。役に立たないってことはないはずだ。”鉱山”係の間ではエンチャント爺さんの名前で呼ばれている」

「ほう、あんたがエンチャント爺さんなのか。なんでもすげえ能力向上が期待できるって話じゃねえか。期待はしていいんだな? 」

「九十分しか持たんがな。その間の能力向上は期待してくれていい」

「それは期待大だな。是非とも本番でその威力、確かめさせてもらおうか」


 武器を持ち慣れているのであろう所々にタコのある、歴戦の勇士の風格を持つようなその男にこいつ本当に強いんだろうかという疑問を持ちながらもがっしりと握手する。


 井上さんは書き連ねてくれて行ってくれる人数を考えて、移動用の輸送車を何台手配すればいいのかを考えているらしい。こんな大規模な作戦はなかっただろうからちょっと焦っているのかもしれないな。


 ダンジョン踏破が決まったらマツさんのゲルの周辺にいる人たちの分も席を空けておかなければいけない。寝たきりの人はいないだろうが、いざダンジョンを開放したけど全員乗せて帰ってくる分だけのスペースがない、では問題だろう。その辺も計算に入れて、一台か二台は空荷で移動する車も必要になるだろう。


 井上さんは他の事務員にリストを書き終わったら部屋に持ってくるように指示を飛ばしているらしく、いったん事務長室へ帰っていった。


 パーティーメンバーにはちょっと行ってくると声をかけて、井上さんの後を追いかける。井上さんは事務長室の中でこっそり缶コーヒーを飲んでいた。


「お、一人だけ贅沢品を消費しておられますな」

「やあ野田さん。バレちゃったね」


 そういいつつ、もう一缶をこちらへよこしてくる。遠慮なくもらうと、久しぶりのブラックコーヒーの美味しさに目が覚める思いがする。


「ようやく形になってきましたね」


 井上さんにそう告げると、ゆっくり少しずつコーヒーを飲む。


「ここまで長かった。偉くなって、指示を飛ばす側になって、そして生活圏外の探索の許可を取り付けて、そして松井さんと再会して。松井さんをここまで連れ帰ってくる条件を引き出して。交易も何度かして、その間に上層部を説得して、松井さんを連れ戻すための部隊を編成してダンジョン攻略の許可を取り付けて。それで皆に声をかけて、やっとここまで来た。もう少し、もう少しであの時の意趣返しが出来る。このダンジョンというどうしようもないものができてしまった世界で、そんな中でもささやかな楽しみを享受できるように頑張ろうという気持ちになれる。ささやかな物だろうけど、そんな中に松井さんが一人で奮闘する必要はないんだということを早く伝えたいんだ。その為にもこの作戦、失敗できないな」

「そうですね、マツさんがこっちに来てダンジョンが消滅すれば、姥捨て山としての機能もなくなってしまいますから捨てられる老人が一人でも少なくなるのは間違いないでしょう。その代わり、捨てなくてもいいようにする社会的システムがあればいいのですが」


 マツさんがやっていたみたいに、介護しながらモンスターを倒させてレベルアップしていくような仕組みを作って少しでも長生きできるようにしていく、そんなものが必要とされていくのだろう。街には”鉱山”もあるし、難しい話でではないはずだ。


「そっちも問題だね。戻ってきた後の話になるだろうけど、そこを詰めてうまくまとめていきたいところだ。新しい別のダンジョンで同じことが発生するってのは目に見えているし、そうさせないためにも老人対策としてダンジョンに潜らせてレベルを上げていく、という福祉政策を導入する必要があるだろう。実績は既にあるしね」


 俺のほうを缶コーヒーで指さしながら笑っていう。確かに、半ボケからここまでレベルを上げて一般的な探索者と同じラインまで体調を回復させた俺というのは都合のいいサンプルだろう。


「頑張りましょうね、ここできっちり終わらせられるかどうかで今後が決まります。マツさんを必ず呪縛から解き放ちましょう」

「ああ、そうだね。心強い同志もたくさん募ることが出来た。後は決行の日付と、実際に巨大オークがどのくらい強いか、そしてダンジョンの最奥部には何があるのか。そのあたりにかかっているかな。あれがボスじゃなくただのあふれモンスターだった場合、最奥部にはあの巨大オークが何匹も居る、という可能性だって出てくる。そうなった場合いかに早くダンジョンコアを破壊できるかということを念頭に入れる必要が出てくるかもしれない。最悪は常に想定しておかないとね」


 軽く打ち合わせた後、野田さんのエンチャントでどのくらい戦力強化が出来るかにもかかってくるよ、とチクリと釘でつつかれた後、事務長室を後にした。世紀の大合戦……とまではいかないが、マツさん救出計画の始まりだ。


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