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第102話:決行当日

 マツさん救出計画の当日になった。いつもより朝が早いので前日早めに寝て朝早く起き、食堂でしっかり腹を満たしてから探索者事務所に出かけることになった。


 どうやら同じ考えのものが幾人かいたようで、食堂から探索者事務所まで一緒に並んで歩くものもそこそこの人数が居た。彼らも一緒に同行する仲間なのだろうか。だとしたら今日はよろしくな、と心の中でお礼を言いつつ、そのまま探索者事務所に到着した。


 探索者事務所は既に探索者で一杯になっており、みんなのやる気と熱気がみなぎっている。これがたった一人の探索者と爺さん婆さんを救出するための人員だと考えるとちょっと過剰気味に感じる所だが、ダンジョンの中には強いモンスターが存在することが既知であることが大きな課題なのだろう。


 あっちもこっちも見たことの無い探索者がいっぱいいる。みんな強いんだろうな、と見まわしているといつもの見慣れたパーティーメンバーを見つけることが出来たのでそちらへ行く。


「おはようございます、皆さん」


 佐々さん田沼さん谷口さんに挨拶をする。三人とももうご飯は食べてから来たのかな。俺より行動が早かっただけかもしれないし、


「おはよう野田さん、ゆっくり来たってことは朝食を食堂で食べてきたってところかな」

「その通りで。しっかり腹を満たしてから来ましたよ。本番前にお腹が空いて力が出ないでは申し訳がないですからね」

「こっちも早めに朝食をとって集まってきたところだったんだ。やる気も充分だし後は時間までに何して暇をつぶすかだな」


 どうやらみんなは俺よりはさらに早く朝食を終えて集まっていたらしい。みんなやる気充分ってところなんだろうな。さて、出発時間まで何をするか。


「事前に渡された地図と自分たちが何を担当するかでどんなモンスターを相手にしなくちゃいけないかわかってくると思うのでその為にどういう道筋を立てていくかが大事じゃないですかね」

「そうですね……もらった地図の範囲はわかりますけど、実際にどれだけのモンスターを相手にしなくちゃいけないかまではまだ不明ですからね。それに、戦闘中に新しくモンスターが寄り付いてくるかもしれませんし、その対応にあたることになる可能性がありますね。後は……」


 相談できる範囲で自分たちのできることをやろうとする。今回は無理に巨大オークに傷をつけて魔石を確定ドロップさせるという仕事はないのだ。佐々さんを中心として攻撃に割り振りつつ、数が余分に来た場合は田沼さんに抑えてもらいつつ、谷口さんが要所要所で攻撃を更に加えていく、というパーティーの役割でやっていくのが良さそうだという結論に至った。


 相談をしているうちに人はどんどん集まり、それぞれのパーティーや参加者同士で集まり相談をしているようだ。話をしたときにいたあの筋骨隆々の男性は……ちゃんと来ているな。どうやらパーティー全員で来たらしく、明らかに会話慣れした様子で話し合いをしているので知り合い同士であることが伺える。


「何にせよ、野田さんは最初はみんなにエンチャントをかける仕事があると思いますので我々の出番は少し出遅れての行動になると思います。モンスターを相手にするにも、戦闘からあぶれて外にはみ出しているか、後ろのほうで遊兵として動いているモンスターが相手になりそうですね」

「老人をこき使おうってんだからなかなか大した方法だよな」

「野田さんは老人にしては体は良く動く方だとは思いますけどね。まあ、野田さんの存在はそれぞれの探索者の戦力を上げるための貴重な手段ですからね。私たちのパーティーが出遅れになる以上の働きは出来るんじゃないかと思いますよ」


 話題が一区切りしたところで、井上さんが事務長室から下りてきた。井上さんの姿を見つけたものから静かになり、井上さんのほうへ向き直り、言葉を止める。全員が静かになるまで二分ほどかかったが、その間にモンスターをいくつか倒すことが出来ただろう。


「みんな、今日は俺のわがままに付き合ってもらってありがとう。そして、もしかしたらだが、この中から戻ってこれないものがいるかもしれない。そうならないよう細心の注意と最大限の保険をかけているが、それでも負傷するものや帰ってこれない者がでるかもしれないと思う。しかし、この作戦が上手くいけば絶対生活圏の拡大はもとより、コミュニティにおいて最も必要である所の無限の物資搬入路が口を開いて我々を歓迎してくれるものと信じている。松井高次、彼の救出はそれだけの価値があると私は考えている。どうか、力を貸してほしい」


 深々と頭を下げて皆にお願いをする井上さんの姿があった。約十年、探し続けてようやくたどり着けたものを取り戻すことができるというのんだからそれにかける情熱というのもひとしおなのだろう。


 しばらく頭を下げた後、頭を上げて書類を取り出し、班分けを始める、車の防衛に残るグループをまず発表し、それ以外のグループについては全員で戦う、というのが内容らしい。


 まずマツさんのゲルにたどり着いて安全を確保してから、タイミングを見計らって戦闘を開始するというのが筋らしい。マツさんの手によってあらかじめおおよその二層の通過時刻は計算されているため、その間に攻撃を仕掛ける、という算段のようだ。


 それまでに現地到着して待ち構える時間が必要なため、ここから先の情報に関しては移動中か、現地に到着してから詳細を話して、微修正が必要な事項は現地で行う、ということにした。


 俺のパーティーはもちろん車両居残りではなく戦闘参加チームで、どちらかというと後衛寄りの中衛という辺りに配置されることになった。俺のエンチャントを全員にかけるという仕事があるため、エンチャントを受けてからパーティー単位で突撃していくか、一斉に突撃していくかを選択するのは現地に着いてから、ということらしい。


 モンスターの密集具合によっては全員で戦闘に入らないと各個撃破の可能性があるため、順番に行くかどうかは現地で決めるらしいとのこと。


「……以上で前準備を終わる。それでは、各自決められた車両に乗って出発しようか。現地到着まで一時間、作戦決行までは三時間ほどの猶予があるが、延びる可能性を考慮して前乗りしておくことに越したことはない。現地で松井さんと連絡を取り合って今日やるから見ててくれと伝えておくのも必要だ。では、移動開始」


 井上さんの号令と共に各人があらかじめ決めておいた車両に乗り込んでいく。今日のパーティーメンバーの中に庄司さんの妹さんの顔を見つけることはできなかった。どうやらレベル四十未満の未成年は俺を除いて参加不可能、ということで足切りされた可能性があるな。


 これは相当に危険なミッションであるので、参加できなくてかわいそうとかではない。しかし、見慣れたメンバーが少ないというのはちょっとプレッシャー。ほとんどが生活圏開放担当か防衛担当から駆り出されているのだろう。


 普段”鉱山”で見かける人はそう多くない。たまに見かける人はいるが、ほとんどが知らない人だ。俺の知らない探索者がこんなにも多く居たんだと驚くところではある。


 車が移動を開始して揺られながら現地への到着までひたすらトラックが進む。一人の探索者がポツリと漏らす。


「こんな大部隊まで用意して救うほどの人なのか? その探索者を無理矢理連れて来れば終わりの話なんじゃないのか? 」

「井上さんが心酔してる相手だからできるだけ願いをかなえてあげたいってことなんだろうな。あと、これは井上さんにとっても復讐でもある。たまには人のためだけに働くってのも悪くないはずだ。それに、あの人が言うことが本当なら戦った後に好きなもん食えるかもしれねえからな。その為に働くってのも悪くないと思うぞ」

「無事に帰ったら宴会だ、その時こそ真価を見せてくれるんじゃないか? まずは無事に帰って助け出して、それからだな」


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