一時間ほどして、ダンジョンの中に入る。どうやら運転手も何回かここに来たことがあるようで、道にも慣れて来たらしい。その運転手もおそらく探索者だから、自分のトラックを守るために一層の奥、車がギリギリ通過できる範囲まで潜り込んだ後モンスター相手にみんなが帰ってくるまで防戦の構えをするんだろう。
それに、まかり間違って我々が全滅するようなら失敗した、と報告しに行く責任が彼らにはある。今回の作戦に失敗すれば十年前以上の被害になり、コミュニティの生活圏維持はより難しくなるだろう。
が、そうならないための大人数での行動だ。今回こそは成功してマツさんと共に町へ帰りたい。井上さんも俺もその思いは同じくしているのであろう。
やがて車が停車し、皆がぞろぞろと車から己の装備を抱えながら戦闘の準備に入る。ここからは徒歩で二層へ向かうことになる。全員が降りるのを確認すると、各トラックの運転手にそれぞれ指示し、帰りになったらすぐに帰れるように車の向きをそろえておくことと、もし大名行列を評されるあふれが一層まで到着した際には逃げる準備をしておくことを伝えている。
「さあ、ここからは泣いても笑っても大規模戦闘だ。みんな、頼むぞ。まずはセーフエリアがあるからそこまで行って松井さんと合流して、時間を見計らって戦闘の開始ということにしていこう。こっちには優秀なエンチャンターがいる。全員その能力向上付加をもらってから戦闘を開始することだけは守ってほしい」
井上さんの号令の下で二層のセーフエリア、マツさんのゲルがある方向へ行動を開始する。流石にまだ脱落者は居ないが、各自気を張っているのかピリピリとした空気が伝わってくる。ここに来るのが初めての人もいるから仕方ないとはいえ時々襲ってくるゴブリンやビッグラットを駆逐しながら進んでいるのでそれほど素早い行動というわけでもないが、それでも十二分に時間の余裕はある。
やがて二層に入り込み、セーフエリアまで来た。もう少し進めば懐かしのゲルが見える。マツさんも今日は日程を聞いているはずであるし、大名行列の日は狩りにもいかない日だと定められているので全員が揃っているはずだ。会えないことはないだろう。
一向は無事に居住区エリアまで到着した。初めて見る人はこの居住区の姿を見て誰もが驚いている様子。
「こんな所で本当に住んでいる人がいたとはな……」
「噂は耳にしたことがある。老人を連れていって置き去りにするためのダンジョンがあると。それがここだとはな」
「みんなくたばりかけだと思っていたが案外そうでもない? 」
一考が到着するのを見た美智恵さんがマツさんを呼びにゲルの中へ走り込む。少しして、マツさんはゲルから出てきた。
「これはまた予想以上の大人数で来たね」
「今回は完全攻略が目的ですからね。出来うる限りの最大戦力を持ってきましたよ」
井上さんとマツさんが握手している。
「足りないものは? 」
「大体揃ってます。もしかすると矢玉が足りなくなるかもしれませんが、消耗品の類は出来るだけ使わないパーティーを選んで連れてきたので後は実際にぶつかってみてどうなるか、というところですね」
「申し訳ないね。私の尻を完全に拭かせる格好になってしまった。私が意気地のないばかりに井上君に苦労ばかりかけている」
「今日でそんな毎日とも終わりにしたいですね。後わからないのは六層以降の地図とダンジョンの守護者が居るかどうか、というところでしょう。その巨大オークがダンジョンの守護者であれば一番楽な話ですが」
井上さんがみんなに向けてマツさんを紹介する。
「この人が松井さんだ。彼の助力なしでこのダンジョンを攻略することは難しいだろう。そして、このダンジョンがなくなる時には彼もいっしょに連れて脱出する手はずになっている。また、一緒にいる老人たちも同じだ。その分のスペースは開けてきたはずなので、帰りは少々窮屈になるかもしれないが同乗して行って欲しい」
「その老人たちの中に動けないものがいたりはしますか? 」
井上さんがマツさんのほうを見ると、マツさんは首を横に振る。
「どうやら全員動くには問題ないらしい。ここにいる老人たちは我々の努力が足りず、生活に苦しんだあげく家族に捨てられたり自らここに来ることを選んだ人たちだ。戻ったら彼らの処遇も考えなくてはいけないが、今回が初めての出来事ではないのでその辺は安心してほしい。必ず皆で帰ろう」
井上さんがそう声をかけると、セーフエリアとは言え声を出すのがはばかられたのか、全員が頷いて反応をする。
「案内します。安全な場所から大名行列……あふれを監視することができる地点があるので、そこで待機するか、戦闘準備にかかると良いと思いますので」
マツさんが先頭に立ち、そこまでぞろぞろと連れ立って歩く。セーフエリアの端っこまできたところで、岩陰からそっと覗くように三層の方角を見ると、まだモンスターは現れてはいない様子だった。
「しばらく監視を続けましょう。モンスターが見え始めた時点で戦闘準備を始めます。それまでは監視員以外待機で。念のため大きな音は出さないようにしておきましょう」
戦闘前の一休憩が始まる。一暴れするかとやる気に満ち溢れている者、静かに体を休めるもの、雑談に興じている者、様々だった。
井上さんとマツさんは今回の戦闘計画について話し合っている。
「これは松井さんの代わりに我々が動くプロジェクトです。なので、松井さんはここから動かないでくださいね。うっかり戦闘に交じりこんだりしないように注意してください」
「そう……だね。できればこの手で仕返しをしたいところではあるけれど、そうする時期はもうとうに過ぎてしまった、ということかな」
「まあ、最初話を持ってきた時点で素直に頷いてくれていれば改めてダンジョン破壊に参加してもらう、という方法もあったんですけどね。今回の我々の目的はダンジョンの踏破と松井さんの救出という二つのミッションになっています。そこで松井さんに何かあるようでは困るんですよ。なので申し訳ないですが松井さんには引っ込んでいてもらいます」
割と強めの口調で井上さんがマツさんにお願い……というより命令している。マツさんもさすがに自分が悪いと感じてはいるのか、それとも自分のためだけにこれだけの部隊を動かしてくれた井上さんに頭が上がらないのか、素直に応じているようだ。
しばらく歓談と休憩をしながら決戦の時をじっと待つ。まずは作戦第一段階、あふれの終息を達成するために巨大オークを倒すという段階だ。第二段階はダンジョンの踏破ということになる。
やがて、【鷹の目】らしきスキルの保持者からモンスター増加の報を受け、監視係が三層の入り口方面を注視する。どうやらおいでなすったようだ。
「報告、あふれを確認しました。今なら目視でも確認できます」
順番に見たい人たちがあふれの行列を覗きに来る。コッソリ岩陰からなので同時に何人も見れるわけではないが、明らかなモンスターの強さと数の異常さに少しおびえる探索者すらいる。もうちょっとしっかりしてほしい。
「では、作戦を開始する。各自、行動する前に野田さんの【エンチャント】を受けてから行動してほしい。それで二割ぐらいは各自の戦力が上回って楽に立ち回れるようになるはずだ。野田さん、よろしく頼む」
「解りました。まず自分に【エンチャント】」
自分にエンチャントをかけて、それから他人にエンチャントをかけ始める。さあ、戦の始まりだ。