全員がこぶしを突き上げて喜ぶ。巨大オークは今日のパーティーなら倒せる、ということが確認できた。負傷者こそいる者の死者はなし。負傷者も治療により完全に回復することが出来た。どうやら治療の効果も【エンチャント】によって強化されてる様子で、使っている本人も驚いていた。
普段ならもっと簡単な治療しかできないヒーラーも、深めの切り傷や指の切断にも効果を発揮したようで、治療された側の探索者も驚いていた。【エンチャント】万能論が俺の中で密かに活動を始めたのである。
戦闘が終わり歓声が止み、そして井上さんが安全を確認しつつ、マツさんと戦場跡へ向かってくる。
「さて、とりあえずドロップ品を拾って集めましょうか。巨大オークのドロップ品も出たようだし、これがいくらになるか楽しみですね」
そういいつつ、マツさんが巨大オークのドロップした魔石を拾って【ネットショッピング】で専用のお金に換金する。
「ざっとゴブリン千匹分、というところでしょうね。思ったよりも高値で取引されるようです」
マツさんが金額を伝える。初めてマツさんのスキルを見たものは魔石が消えたことに驚いていたが、井上さんは冷静にドロップアイテムの回収を指示。全員が足元に散らばっている魔石やモンスタードロップ品を回収し始めると、マツさんはそれを次々に換金していった。
「それが松井さんのスキルって奴か。なんでも換金できるのか? 」
探索者の一人が質問する。どうやら彼はマツさんとも初顔合わせらしい。その性能と何が買えるのか、という点について疑問があったらしい。
「モンスターのドロップ品なら何でもいけるみたいですね。後、購入できるものは大昔にネットで買えたものだけ。ただ、大体思いつくようなものは購入できるようになってるかな。試しに何か言ってみるかい? 」
「じゃあ……冷たいままのシュークリームとか、そういう物も手に入るのか」
「その辺はあるね。はいどうぞ」
マツさんが言われたままの商品を試しに取り出して見せる。受け取った探索者は「つめてえっ」という言葉を出し、場を少しだけ和ませた。
「さて、戦闘完了の報酬として全員に配っていくところだが、さすがに休憩してそのまま帰るというわけではない。ダンジョン踏破はまだ終わってないんだ。ここは一休みついでということで、各自一つずつ受け取ったら食いながら探索に進もう。最終踏破階層が何層になるかまでは不明だが、少なくとも六層まであることは確認されている。モンスターの出現傾向とあふれに付随してきたモンスターを考えるとそう深くはないはずだ。過去のレポートと突き合わせて確認しても、存在しても七層ぐらいまでだと思われる。このまま五層まで歩き抜けて、六層の手前で【エンチャント】のかけ直しをしてから突入するようにしよう」
各自シュークリームを受け取りながら順番に三層方面へ歩いていく。負傷者も完全回復に至ったようで、マツさんにありがとうを言いながらどんどん進んでいく。俺のパーティーもシュークリームを受け取って、井上さんに確認を取る。
「マツさんと井上さんはここに残るんですか? 」
「一応ね。撤収を手伝うという名目でもう一パーティー残ってもらう予定だ。悪いけど野田さん達には深くまで潜ってもらうよ。【エンチャント】のおかげで重傷者の治療も進んでけが人は現状ではゼロに抑えることが出来た。この際どこまで潜るかもわからないが、みんなに着いていって【エンチャント】が切れそうなところでかけ直してやって欲しい。もう危険はないとは思うが、最悪の場合さっきの巨大オークか、それに類するモンスターが出てくる可能性もある。充分に注意していってくれ」
「わかりました。ではいってきます」
井上さんはそのままお残り、マツさんは顛末を見届けて脱出するための仕事をするために居残り。それと、一パーティーが脱出準備のための居残りとなった。
ちょうど真ん中あたりの位置で前のパーティーに続いて三層方面に歩いて向かう。まだダンジョンを踏破し終えたしたわけではないので引き続きモンスターは湧く。その湧きつぶしをしながら、ダンジョンの最奥部まで向かいダンジョンコアを破壊するのが今からの仕事だ。
三層へ入り、谷口さんの索敵を頼りにみんなの後を付いていくが、どうやら道筋沿いは先行した探索者が全て掃除していってくれているようで、ただ歩いていくだけで追いつくことができる。若干の申し訳なさと、先行部隊の強さに安心感を覚える。どれだけ戦えばあれだけの強さを得られるんだろうな。
巨大オークを三パーティーで抑え込んでいたことからも感じ取れるように、生活圏開放担当の探索者は”鉱山”で採掘している探索者に比べて強さも戦い慣れの具合も一ランクも二ランクも上なんだろう。
「しかし、思ったよりも楽だったな。もっと苦戦して重傷者も出るのかと思ったがちょっと拍子抜けだったな」
佐々さんが暇つぶしに会話を始める。確かに、当初の予定ではもっと苦戦するような雰囲気を醸し出していた。それが結構あっさりとあふれを攻略してしまったように感じる。フラグとかではないよな。この後もっと強いモンスターがダンジョンコアを守っているとか、さっきの巨大オークが奥で何体も待ち構えているとか、そういう可能性はあるかもしれない。
どっちにしろ六層に入る前に【エンチャント】をきっちりかけ直さないといけないし、確実にそこまでは到着できるだろう。それまではまず安心して潜り続けていてもいいだろうな。
三層から四層へ抜ける間も戦った回数は一回のみ。この長蛇の列の間では中々戦う機会もなく、ただ歩くだけの暇な時間となっている。だが、暇だからと言って気を抜くでもなく、無駄話をするでもなく、淡々と歩くだけの時間が過ぎていった。
四層に入ってもまだ同じ。ただ歩くだけの時間が続く。暇で仕方ないが、谷口さんが反応をしない限りはモンスターの反応はないので、周りの地形を見ながら歩く。三層までは入り込んだ懐かしのダンジョンだったが、四層以降はまだ入り込んだことがなかった。
ここではどんなモンスターが出てきていたのだろうか。”鉱山”とおなじならホブゴブリンやオークが出てきても不思議はないところだ。先発隊のおかげでモンスターに出会うことなく進めているのは良いことだが、徐々に前との差が詰まりつつある。どうやら前のほうで戦闘時間がかかっている分だけ近づいているようだ。
これは六層への入り口に到着する頃には全員そろいそうな雰囲気だな。後ろの探索者パーティーも追いついてきた様子。それぞれ斥候が居るのでモンスター警戒は万全のようだし、エンチャントが効いている分広い範囲のモンスター探知が出来ているはずだ。その斥候役が挨拶を交わしながら進んでいるということはここはほぼ安全地帯ということだろう。
三層も四層も相変わらず青白くキラキラと光っている壁が特徴的だ。五層になったら見た目も変わるんだろうか。何層かおきに見た目が変わるのがダンジョンの特徴らしいので、一層二層が同じような見た目で三層と四層が青白く光る洞窟だとすると、五層と六層はまた違った見た目を教えてくれるんだろう。
五層の見た目はどういう物になっているのか、楽しみだな。変わらず青白く光る階層なのか、それとも見た目が変わるのか。楽しみが増えたな。以前まではここにいたとはいえ、まだ足を踏み入れたことがない領域に少しワクワクしている。どんなだろうな。