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第110話:行きはよいよい帰りはキツめ

 ダンジョンコアは破壊したが、何かあるわけではないようだった。どうやらこの階層に存在する何かに働きかけるような仕組みは付いていないらしい。


 ダンジョンコアのドロップを拾ってポケットに入れた後、全員で六層に戻る。六層は誰もいなかったにもかかわらずモンスターが湧いていなかった。それどころか、他の斥候役に確認してみたが、モンスターの存在を認められないらしい。無事にダンジョンは破壊され、踏破された証拠だという。


「さあ、かけっこの時間だ。二層まで真っ直ぐ戻るぞ」

「道中落ちてる魔石は回収していこう。またシュークリームになって帰ってくるかもしれない」

「違いねえな。拾えるものは拾って帰るが、それを理由に遅れないようにな」


 それぞれお互いに声をかけながら出口へ向かって走り出す。足が悪いとは言わないが、他の探索者に比べればスタミナもスピードも出せない俺に伴走してくれる谷口さんの存在がありがたい。


「実はわたしも長距離を走るのはあまり得意ではないんです。野田さんを隠れ蓑にしてこっそりギリギリついていくような形で追従していこうと思います」

「実は帰り道がよくわからないんで助かります。自分が最後尾なら自分より後に来る探索者の心配をしなくていいのが良いところですかね」


 ゆっくりではないが、確実に、そして息を切らせるほど早くないスピードで最後尾を追いかけていく。時々落ちていた回収しきれない魔石やモンスターのドロップ品は他の誰かが拾っていったらしく、遠り道には石ころが転がっているだけだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 一時間ほど早足で戻った。現在三層と四層の間ぐらい。まだダンジョンが踏破され消滅するような予兆は起きていない。もしかしたら下の階層から順番に消滅しつつあるのかもしれないが、急いで戻っている都合上それらを見ることはできない。あえて本当にダンジョンから放り出されるのを体感するために残っている、という選択肢もあったのかもしれないな。


 しかしそれはそれで井上さんやマツさんに心配をかけたり、待たせてる間にダンジョンに設置されている物が消え始めていたりすると問題なのでやはりちゃんと戻るのが正解なのだろう。


「ちょっと【エンチャント】かけなおしますね」


 周りにいてくれる三パーティー分のエンチャントをかけ直し、出来るだけベターな体調で二層まで戻ることを提案。了承してくれたのでかけ直しに三分ほど時間を費やして再び急ぎ足で戻る。


 ここまで、遭遇したモンスターはなし。谷口さんのスキルである【鷹の目】にもモンスターの表示は見当たらないらしいので、本当にモンスターは消えてしまっているのだろう。このダンジョンから外に出出たモンスターは消えるのだろうか、それともダンジョンから出た以上個としての存在を手に入れたのだろうか。


 そのへんは専門で研究してる人がいるだろうからそんな人に巡り合った時に質問をしてみるのがいいだろうな。しかし、ゆっくり潜ってきたとはいえこうも移動が続くとちょっと休憩したくなるな。エンチャントのかけ直しで少し休ませてもらってものの、この歳になって長距離移動はさすがに辛い。歩きに変えてゆっくり行きたいところだ。


「ちょっとペースを落としてもいいですか? エンチャントがかかって楽になってるとはいえさすがに辛くなってきました」

「そうですね、野田さんのペースに合わせますよ」

「すいませんね、年寄りの介護させちゃって」

「野田さんありきの作戦ということもあるので、野田さんが無事に戻ってくることも作戦の内です。我々も少し疲れてきたところですし、ちょっとゆっくり行きましょうか」


 普段の歩きのペースまで速度を落とさせてもらった。これなら一時間ぐらいぶっ続けで歩けるペースだ。次のエンチャントをかける必要もなく二層までたどり着けるだろう。


 三層に入り、おぼろげながら懐かしさを感じる所まで来た。ここまで来れば二層の場所まで安心して帰れるというもの。後四十分ぐらいで到着するだろう。


 ここも思い出の階層だ。タカさんやシゲさん、スギさんと一緒にパーティーを組んでひたすら魔石を集めた、ここも鉱山であったかのような階層の一部分にすぎないが、そこともここでお別れだ。あの頃は厳しい生活だったが、ギリギリの生活ながらも楽しくもあった。


 懐かしい場所が今無くなってしまうことへの物悲しさもあるが、それよりもマツさんを無事に街へ返すことのほうが今は大事。その為にも俺が早めにたどり着いて無事に全員集合したことを確認しないといけない。


 少し急ぐか。おそらく先に行った探索者達は最後尾の俺達の到着を今かと待ち望みながら撤収作業の手伝いをしているはずだ。俺が爺さんだから遅れてやってくるんじゃないかという予想はしているだろうが、モンスターはもう存在していないのでその心配はない、と考えているだろう。


 あそこにいた美智恵さんたちはもう無事にトラックに乗せられて第一陣として出発しているころだろうか。順次送っていくという予定のはずなので残っているのは井上さんとマツさんは確定だろう。マツさんは自分の【ネットショッピング】スキルで買いそろえた建物や本なんかの備品を今色々としまい込んでいるんだろうな。


 結構な数もあったし、売り戻さなくても良い商品はそのまま載せていって向こうでばらまくようなことを考えているかもしれないが、撤収にはそれなりの時間がかかるはずだ。その間に追いつければ十分だろう。


「もう少しで二層ですかね」


 探索者の一人が質問をする。


「あと五分ほどで二層に入りますね。ここはよく探索をしていたので道は覚えています」

「やっぱりこっちでも戦っていたんですか」

「ええ、魔石は大事ですからね。むしろ魔石が取れてあのセーフエリアがあったからこそ、マツさんはここでかろうじて暮らしを支えていくことが可能だったのだと思いますよ」

「野田さんはいつ頃こちらにいらしていたんですか」


 話をする余裕があるので話しながら行く。そのほうが気もまぎれるし疲れも貯まらないような気がするからである。無言で脱出ルートをたどるよりは気分も良い。


「そうですね……一年か一年半ぐらいですかね。流石にきっちりとした日付までは覚えてませんが。でも、俺の体質が魔石を潤沢に生み出すことでかなり食生活に関しては向上したことは間違いなかったと思います。たまにコーヒーも飲めるぐらいには」

「これからはコーヒーもたまには飲めるかもしれないのか……なんだか急に生きる気力がわいてきたな」


 現金な奴だな。よく顔を見ると、さっきの腹ペコ探索者だった。お前も最後尾枠に入ってたのか。まあ、美味しい食事はやる気につながるから良いんだけどな。戻ったら軽い立食パーティーぐらいは開けるかもしれないからそれに期待しているのだろう。


 しかし、戻ったらマツさんはどういう役職に就くことになるんだろうか。井上さんが既にやっている事務長というポストを受け継ぐわけにもいかないだろうし、新しい椅子を用意されて魔石での物品交換担当という新しい仕事が待っているんだろう。


 新しいというほど珍しくはないが、マツさんが今までやってきたことをこっちでもやる、という話で進んでいそうではある。どうなるかはわからないが、今後に期待していこう。


 二層に着き、いよいよセーフエリアまでたどり着くだけとなった。視界が開け、ちょっと前に大激戦を繰り広げた場所へたどり着くと、セーフエリアからこちらを監視していた人がいるようで、こっちに向けて手を振っている。ここまで来ればもうたどり着いたも同然だな。


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