セーフエリアからの反応を見て、こちらにひょっこり顔を出す探索者達の姿が見える。どうやら本当に最後のパーティーだったらしく、こっちに向かって手を振って早く来いと指示が飛んできているので、少し移動速度を速めて到着する。
「すまんな、歳のせいで移動がちょっと遅れた」
「どっかで迷ってるんじゃないかと心配してたんだ。あんたらで最後だ。井上さんに報告してくる」
一人の探索者が老人たちを一層方面へ送っている姿が見える。探索者の話を聞いたらしい井上さんが作業を周りの物に任せてこちらへやってくる。
「野田さん、良かった。ちゃんとたどり着けたみたいで」
「流石に走りっぱなしで七層からここまで来るのは無理だったようで。周りの人にも御厄介になりました、どうもありがとう」
付き添ってきてくれた人たちとパーティーメンバーにお礼を言いつつ、井上さんに無事到着したと報告をする。
「というわけで、これで全員無事帰還ですかね。撤収準備のほうは進んでいますか」
「見ての通り、松井さんが自分のスキルから取り出したものはかたっぱしから収納、売却中ですよ」
周りを見回すと、建物や雑貨品、使っていた鍋や魔石コンロなどが片付けられつつある。
「マツさんはゲルの中かな? 」
「今、必死に自分の趣味品を片付けているんだと思うよ。ゲルの中は松井さんの私物で埋まってるそうだから」
「とりあえず、何か手伝うことはありますか。なければ少し休憩したいところですが」
「野田さんは充分役目を果たされたと思います。ゆっくりしててください」
どうやら俺の仕事と呼べるべきものはほぼ終わったらしい。後は人数纏めて順次トラックで輸送しつつ、マツさんの片付けが終わったらダンジョンから撤収して完了、という流れらしい。
暇つぶしに座っていても、いざ移動するときに疲れがどっときて立ち上がれないという可能性もあるため、できるだけ立っていようと思う。だとしたら、収納されていく物を見物するべく、マツさんのゲルにやってきた。
中ではマツさんが、それぞれの品物を大事そうにしながら回収ボックスの中に入れていく姿が見える。本なんかは中古品扱いになるのだろうか。コーヒーミルやケトルなんかも割引で現金として戻ってくるのか、それとも綺麗に保管されていればそのままの金額で戻ってきたりするんだろうか。
「これはどうしようかな……そのまま持って行って向こうでも使いたいけどなあ……あれ、五郎さんおかえり。無事に帰ってきたみたいですね」
「遅くなりましたが、全員無事に帰ってきましたよ」
「五郎さん。今日はありがとう。おかげで私はようやくここから出られます」
マツさんが深々と腰を曲げてお礼の言葉を送ってくれた。
「マツさんには命を長らえさせてくれたという大きな借りがありましたからね。マツさんがここにいなければ私はとうの昔にダンジョンの養分として生涯を終える所でした。でもマツさんがここでこうして老人ホームみたいなものを運営していたからこそ、今の俺があるんです。だから、これで貸し借りはなしですよ」
マツさんが姿勢を元に戻し、いつもの調子に戻る。
「それで、後片づけてないのはどれになるんですかね? 後、持ち出したいものってのは」
「コーヒーミルなんですが、このがたつき具合が今丁度いい感じに粉を引いてくれているんですよ。新品に交換することもできるんですが、出来れば今のまま持ち帰りたいなあと」
「そこは我慢してください。トラックに乗り切るかどうかわからない状況でコーヒーミルなんて持ち出してたらさすがの井上さんも怒ると思いますよ」
「そうですよねえ……仕方ない、ここは身を切る思いで全て片付けてしまいましょう」
踏ん切りがついたのか、手に取るものを全て売却ボックスの中に入れていくマツさん。
「そういえば、ダンジョンコアを破壊した時に魔石が出たんですが、これどのくらいの価値になるんですかね」
虹色に光る魔石を取り出し、マツさんに手渡してみる。マツさんはしげしげと見つめた後、換金しようとして一旦手を止める。
「五郎さん、これ相当価値高いけど私に預けていいんですか? さっきの巨大オークの物よりも更に凄いものですよ? 」
「街に戻ったらマツさんは色々物入りになると思いますし、その足しにでもしておいてください。多分それが出たのも私の体質の影響でしょうし、マツさんに預けておいて後で何かしら欲しいものが出てきた時にでも融通してもらえる権利と引き換えということでどうでしょう? 」
マツさんはうーん……としばらく考えた後、換金ボックスの中に収納した。
「プラスマイナスで言うと……まだ相当五郎さんに借金があることになりますが、たしかに街へ戻って自分の有用性について説明と袖の下を通すにはこの五郎さんの資金援助は力になりますね。有り難く使わせてもらいますね」
マツさんがそこまで言うということは、ダンジョンコアがドロップで魔石を落とす、というのはかなり珍しい部類なのだろう。マツさん自身も驚いていたことから考えるに、相当レアなケースだったのだろう。
それが俺の体質のおかげでダンジョンコアを割ることになって、結果として手元に莫大な【ネットショッピング】用の資金を用意できた、ということらしい。
「ちなみに、その魔石一つで何が交換できるんです? 」
「そうですね……ここにいる全員に神戸牛のステーキを奢ってもまだおつりが来そうなぐらいですかね」
そこまでの金額だったか。それはかなりマツさんのためになりそうだ。マツさんがせっかく資金が入ったんだから買いなおせばいいや、とつぶやきだすと、さっきまでより早いペースで荷物を片付け始める。どんどん吸い込まれていく荷物を眺めながら休憩を済ませた。
◇◆◇◆◇◆◇
全ての荷物を片付け、最後にゲル本体をマツさんがゴミ箱に投入。巨大なゲルが吸い込まれるようにゴミ箱に入っていく現象は一見奇妙な現象に見えたが、これで撤収準備は完了、後は地上に戻るだけ、ということになった。
井上さんもマツさんが全て片付けたことを確認すると、一緒に車のほうへ行く。人数乗り切るかな、大丈夫かな。心配をよそに一層へ戻りトラックに乗り込もうとすると、やはり問題が発生していた。
一部の荷物が邪魔で二人分ほど乗れるスペースが足りないらしい。余裕を持たせて人員輸送を行えるように手配したはずだが、さて何が増えたのか。
「どうやら魔石やドロップ品の類が多くて人が乗り込めないようです。ちょっと回収してきますね」
マツさんがトラックに乗り、魔石やドロップ品を回収して二人分のスペースを空けた。これで全員乗車、ということになったはずだ。
「念のため点呼を取りましたが、積み忘れは居ないようです。出発します。いつダンジョンが崩壊してもおかしくないとは思いますので」
「ああ、では出発だ」
井上さんの指示で順番に人を乗せたトラックが街へと走り出す。さようなら、一年か一年半かお世話になったダンジョン。今日私たちは、ダンジョンを卒業して普通の……いや普通の人にはもう戻れないか。これからまた街で生活をすることになった老人たちのアフターケアやなんかも井上さんの仕事として残っている。
そして、何よりもマツさんの帰還だ。これから街の経済がちょっと楽になり、物品の欠乏や新しい古い商品の補充なんかも行われていくことになるんだろう。これからどうなるのかはまだちょっと解らないが、恩人がようやく自分の心の呪縛から解放されるされた、という事実は残る。ダンジョンは消えるが、ここであったことは俺もマツさんも、忘れることはないだろう。