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第112話:街に戻り

 街へ戻る道すがら、マツさんと二人外を見ながら過ごす。


「この辺までもう生活圏が戻ったんですね……十年で変わったなあ」

「十年前はこの辺も生活圏じゃなかったってことですか」


 マツさんに話を合わせるように相槌を打っていく。


「もしかしたら、この十年私がこだわりを持たずに街で頑張っていれば、更に広い範囲で人助けが出来たかもしれないと思うと、私のしていたことはもしかしたら誰かの足を引っ張っていただけなのかもしれませんね」


 感慨深く浸っている。マツさんはマツさんなりに自分の行動を思い返して色々あったのだろう。


「その場合は俺も生きてこの場に存在することもできなかったでしょうから、そう悪いことばかりでもなかったと思いますよ。少なくともここにいた十名とその前に老人ホームから街に戻った合計三十人ぐらいについてはマツさんがここにいてくれたおかげで生存できたんですからそのカウントは入れておいて欲しいところですね」

「それもそうですね……今更十年前を振り返るよりも、今日のこれからについて考えたほうが良いんでしょうね。さて、これから井上君にこき使われなければいけませんから色々とやることを予想しておきますかね」


 そのままトラックからの風景を眺めながら物思いにふけっている様子だった。あまりこちらから話しかけることはせず、何かつぶやくたびに相槌を返す程度にとどめる。


「ここから先は覚えていますね。後三十分ぐらいで街中ってところでしょうか」

「確かそのぐらいだったと思います。もうすぐ帰還ですね。気分はどうですか」

「恥ずかしながら戻ってまいりました、ってとこですかね。なんだかんだで十年生き抜いてしまいました。世捨て人が世の中に戻るってのはなかなか難しいかもしれませんから、解らないことは補助をお願いしないといけませんね。十年で変わった法律やルール、それから社会の仕組みもあるでしょうから」


 マツさんが段々冷静に自分の身の回りのことを考え始めたらしい。マツさん自身もそうだが、美智恵さんたちダンジョンに残っていた人たちも今回はこっちに連れてきている。流石にマツさん抜きであそこで生活をしよう、という考えには至らなかったらしい。


 彼らには新しい戸籍か、もしくは元の場所に戻って、探索者事務所からの支援を受けながらそれぞれできることをやっていくという社会への溶け込み方をしながら残りの人生を模索していくことになるのだろう。


 あのゲルの周りで生活をしながら寿命を迎えるのと、街で寿命を迎えること、どちらのほうが幸せ化は本人しか解らないが、あそこでの生活は決して無駄な経験ではなかったはずだ。みんなそれぞれ違う道を行くにしても同じ道だったとしても、出来る限りの支援はする前提で井上さんは考えているんだろうな。


 しばらくマツさんに相槌を打ちつつトラックは道を進み、やがて街に入り、探索者事務所の前へ到着して全員が降りていく。マツさんと俺も最後にトラックを降りて地面に足をつける。流石に乗りっぱなしで一時間は尻が痛い。


 やっと解放されたかという気持ちと、マツさんと帰ってきたんだという嬉しさと、これからどうするんだろうという疑問で覆われてはいるものの、とりあえずみんな探索者事務所の中へ入っていくのでそれに続くことにした。


「この建物は変わってませんね。私が現役時代もここを使ってましたよ」


 マツさんがそう漏らしながら建物に入る。マツさんと中に入ると、既に待ち構えていた井上さん達がマツさんを出迎える。


「松井さん、おかえりなさい」

「……ただいま、井上君」


 二人で握手し、周りが賑やかに騒ぎ出す。これで今日のクエストはすべて達成された。全行程において成功だったと言えるだろう。重症者なし、けが人は多数いたものの処置済みで後遺症の心配もないらしい。


「さて、パッと打ち上げに行きたいところですが、その前にやらなくてはいけないことがあります。私はその手続きに入ることになりますので、残りの皆さんで準備をお願いできますか」


 井上さんが書類を取り出し、事務所ホールのテーブルの上にささやかなパーティーの計画書を提示する。順番に手順を見ながら各パーティーが他の部屋からテーブルや椅子を持ってきたり、調理器具の用意をしたりと忙しく働き始めた。俺に出来ることは何かないかな。


「松井さんは私と一緒に連れてきた老人たちの今日からの寝床と身支度をするための支度金や風呂の手配をお願いします。まずは風呂にでも浸かってゆっくりしてもらうことが必要でしょうし」

「わかりました。こっちからはタオルとか石鹸なんかを出しますので、現金の手配をお願いします」


 マツさんと井上さんが、まずは老人たちを慰労するために銭湯に連れていくらしい。その間に事務所でパーティーの準備をして待つ、というところだろう。付き添いも連れていくようなので、やることもない俺が付き添いに風呂へ行くことになった。ちょうど汗を流したいし、気持ちよくなってからパーティーに参加するってので都合がいい。


 皆を連れて銭湯へ行く。人数分の入泉料は井上さんから預かっておいたので持ち出しの心配はない。みんなが風呂上がりに牛乳が飲みたいとか言い出さない限りは大丈夫だ。ここの牛乳は高いんだよな。マツさんの所なら三分の一ぐらいの値段で入手することができる。


 これも、マツさんがロジスティックを担当するようになることで価格や品質の安定や入手経路の確保にめどがつくようになるのだろうか。ただ、既存で頑張ってる酪農家などにダメージが入らないように調整しながらやる必要があるのでなかなか難しそうだ。


「三郎さんは変わったねえ」


 一緒についてきた美智恵さんが一言漏らす。久しぶりの街、ということで少々周りに遠慮をするような形で歩き出した一団だったが、俺が先頭を進んでいることで少し安心感を得ることはできているらしい。


「まあ、名前も三郎から五郎に変わったしね。こっちで暮らし直し始めて一年も経つから流石に慣れたよ」

「私らはどうして暮らしていけばいいんだろうね……こっちではもう要らない人扱いされた私たちでも何とか頼らずに生きていける仕事があればいいんだけどねえ」

「美智恵さんは料理ができるから、”鉱山”って呼ばれてるダンジョンの食堂で働いてみるって手もあるかもしれないし、戦闘が出来るならその”鉱山”で働くこともできる。俺の思いつく範囲だとそのぐらいしかないけど、井上さんなら何か人の手が足りてないところや心当たりがあれば協力してくれると思う。実際俺も井上さんにまだお世話になってる範囲だし、安心してまずは汚れと疲れを落とすと良いよ」


 俺の言葉で安心させることができたかどうかはわからないが、美智恵さんはある程度納得してくれたらしい。そして銭湯につき、だばだばと老人たちを流し込んだ後、全員分の入泉料をまとめて払い、俺自身も風呂に入る。


 風呂で身体は綺麗になるが服は綺麗にならないので、また服の支給が必要になるだろうな。その辺も俺からマツさんに渡した金額で十分賄えるだろうし、心配することはないだろうな。百人にステーキを奢ってもまだ余ると言っていたし、今日この後のささやかなパーティーの後でそれぞれ体に合った服を着て、そして新しい生活が始まるんだ。


 皆はどんな道を選んでいくのだろうか。そこまでは責任を取るべきじゃないし俺自身が関わる問題ではないが、出来るだけ多くの人がより良い選択ができるようになっていればいいなあと思いながら、湯船に揺蕩った。


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