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第113話:宴会

 風呂から出て皆がそろったところで探索者事務所へ戻る。何年振りかの風呂でかなり気持ちいい思いをした者もいたのか、まだ湯だっている老人たちを先導していく。俺自身も今日の疲れをかなり取り去ることが出来たので割といい気分だ。


 さすがに風呂上がりの牛乳を欲しがる人は居なかった。ただで風呂に入れて数年ぶりに大量の湯を使ってゆっくりできたのが相当嬉しかったらしく、誰もが喜んでいた。流石に泳ぐ人までは居なかったが、風呂を使っている間ちゃんと体の垢を落としてから風呂に入っているかどうかとか、そのへんを監視するのに気を使ったのは俺の心の中に留めておこう。


 探索者事務所に戻ると、ホールが軽く立食パーティーのような雰囲気に彩られていた。俺に気づいたマツさんがエンチャントを頼むと言ってきたので、自分にかけた後マツさんにかける。


 マツさんは待ってましたとばかりに商品を色々並べ始めた。食事と多分これは酒だな。色々なものが用意されていき、ほとんどはマツさんの懐から出た、つまり俺のあの魔石の分でこしらえた様々な食事が並んでいた。


 事情を知らない他の探索者も混じっており、みんなで騒ごうという雰囲気らしく、明らかに百人分以上の量が用意されていたので、通りがかって関係ない探索者がうっかり参加してもいいようにという心くばりだろう。


 揚げ物をメインにオードブルの皿や山盛りのご飯……これはパックじゃなくいつもの食堂の奴じゃないかな。流石に一から炊いたのでは時間がかかるから連絡して取りに行ってそこで用意したものだろう、それからローストチキンにローストビーフ、寿司、コロッケらしきもの等、いろんなものが用意されている。


 こっちでも向こうでも滅多に出てこない食べ物が一気に出てきたことで、マツさんのスキルの偉大さが理解できようというもの。これがご褒美なら毎回救出に行ったっていいぜ、なんて発言をする者まで現れる始末だ。


 井上さんは俺達が戻ってきたことに気づくと、全員そろっているということを確認し、早速宴会前の演説を始めた。


「みんな、救出作戦お疲れ様。意外と楽だったと感じるか、これだけの人数を集めるのが大変だったと考えるか、それとももっと苦戦した方がそれらしかったか、等色々考える所はあったと思う。でも、おかげで希少なスキルを持つ人材を再び我々のそばに引き寄せることに成功し、なおかつ社会問題化していた老人を捨てに行くという行為について一定の成果と報告ができるようになった、ということは頭に入れておいて欲しい。どんなに悪くなった人でも、モンスターを倒してレベルを上げれば多少は症状が改善する。そういうサンプルがここに少なくとも十一人居る、ということは覚えておいて欲しい。そして、この十一人を見事に守り抜いてきた松井さんが戻ってきてくれたことで、こんなに豪勢な料理はとりあえず今だけだが、これらをいわば輸入するスキルということだ。今後は必需品物資にしろインフラ整備にしろ、その修理部材や新しく敷設するだけの品物を松井さん経由である程度なら仕入れることができるようになった。今後は今までよりちょっとだけ楽な生活ができるということでもある。限度はもちろんあるが、これだけの大人数を動員してわざわざ招聘したのだから精々みんなでこき使わせてもらおうと考えている。松井さんから何か一言あればどうぞ」


 ひとしきり演説を行った後、松井さんにお鉢を回す。松井さんはみんなの前に立つとぽつぽつと話し始める。


「恥ずかしながら、帰ってまいりました。私は老人とまではいかないが、十年もの間社会からかけ離れた生活を送ってきた。だからまた一から世の中の仕組みを覚えていかなければならないし、この後どれだけの重労働が待ち構えているかもわからない。しかし、こうして私のために多くの人が救おうと手を差し伸べてくれたことは一生忘れないだろう。そのお礼とまではいかないが、私に出来るだけのことをしていこうと思う。まずは第一弾として、好きに飲み食いしてもらおうと思う。今回作戦に参加していない探索者も数名見受けられるけれど、気にせず参加して食べていってほしい。これからはこういう食事もちょっとずつできるようになる、というサンプルでもある。リクエストが受け付けられる食事があれば今日はそれに対応するので気軽に申し出てほしい。じゃあ、みんなで食べようか」


 マツさんの食べようか、という返事が早いか食べ始めるのが早いか、みんなで一斉に食事を始める。俺が気になっていたコロッケらしきものはメンチカツだったらしい。肉肉しい食事も中々こっちでは味わえない食べ物だ。やはりマツさんに魔石を渡しておいて正解だったな。


 全員に神戸牛のステーキが振る舞ってもまだ残るほどの価値のある魔石をここでふんだんに使ってしまえるのは俺自身にも利益が返ってきたのでよしとする。しかし、寿司なんて何年ぶりだろう。魚介類はダンジョン災害以来海のモンスターが徘徊するようになり、船が出せなくなって真っ先に入手不可能になった品物である。


 それがここではマグロもイカも赤貝も食べられる。醤油をつけて贅沢にマグロを味わう。この脂感と味わい、中々良いところを使っている。うまいなあ……そして懐かしい。これもマツさんのおかげか。そういえば向こうにいる時は寿司なんて食わなかったが、やはりうっかり腹を下してしまわないようにという配慮だったのかもしれないな。


 みんな笑顔で料理に手を出し、飲み物を飲み、酒を呑み、それぞれに楽しんでいる。さて、うちのパーティーメンバーは何処だ……いた。三人固まってそれぞれの味のパスタを食べ比べている。


「野田さん、松井さんの所にいなくていいんですか? せっかくのパーティーですし、野田さんも敢闘賞みたいなものなんですから好きなものを注文する権利はあると思いますよ」


 マツさんのほうを見ると、例の食いしん坊探索者から早速何かせびられている。どうやら甘味を所望しているらしく、色々見積もっては両手いっぱいに受け取ってニコニコしながら離れていく姿が見えた。


「忙しそうなんでやめておきます。マツさんこそ一番ゆっくりするべきなんでしょうけど、招待客兼正体側っていうよくわからない立ち位置ですからね。何か口寂しくなった時におねだりに行くことにしますよ」

「しかし、お寿司が出てくるのは凄いですね。私お寿司なんて子供のころに食べたっきりですよ。もう味も覚えてないぐらいなのに、なんて贅沢なんでしょう」


 谷口さんはお寿司を堪能した後でこっちに移動してきたらしい。パスタの味がそれぞれ違うものを味わっているのを見ると、お寿司タイムは一旦休憩のようだ。


「これ、ちゃんと食べきれるんですかね。お残しはもったいないですしそれぞれちゃんと食べきらないともったいないお化けが出ますよ」


 田沼さんは料理の豊富さにちゃんと食べきれるかどうかを考えている。確かに、他人の食べかけを浚える役割が必要になってくるかもしれないが……


「それを見越してちょっと少な目にしてあるそうですよ。ほとんどを食べつくしたら後はリクエストで各人の欲しいものに応えていくそうです」


 マツさんの漏れた小言から聞こえた範囲での言葉を繋いでそういうことになっているらしい、ということを伝えた。


「なら安心だな。我々も精々満腹まで楽しむことにしよう」

「そうですね。次は何を食べましょうか……パスタも良いけどカレーが食べたいな。ちょっとリクエストしてきますよ」


 そういうと田沼さんは手元のパスタを食べきり、マツさんのほうへ行った。多分レトルトのカレーか何かが出てくるはずだからどうにか温めて食べる方向性に行くんだろう。みんながカレーを所望しだしたらその時はどうするのかな。いくらなんでも今から料理を始めるわけにはいかないだろうし、みんなの胃袋の限界量が気になる所だな。


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