「さて、ロジスティックと言っても幅は広い。どこまでの物をどれだけ用意できるかにもよるが……装備品や防衛境界線への鉄条網なんかも担当することになるのかな? 」
マツさんが正気の内に具体的な話し合いを始めた。
「それについてはここにまとめてある中で、出来る範囲のことを順次やっていく、ということになります。一応書類の並べてある順番が優先順位ということになってますが、どうですかね? 」
井上さんが書類を持ち出し、マツさんと【ネットショッピング】のウィンドウとそれぞれにらめっこしながら話し合いに興じている。その間の俺は軽く放置プレイだが、さっきの酒が入りすぎたのか、まだパーティーの余韻に浸っているのか、少しフラフラしている。
「五郎さん、水飲んだほうがいいよ水」
そう言われたので大人しく水を飲みに行くことにした。ここは水道がかろうじて生きているので飲める水がそのまま出てくるようになっている。せめて探索者事務所は優先して水分補給が出来るように……という井上さんの判断らしかった。水道の横には岩塩……これはマツさん経由で入手した奴だろう。ミネラル分も補給できるようになっている。
岩塩を口に入れたまま水を飲み、全身に水分とミネラルが補給されていくのを感じながら少し事務所の広間で涼んでいくことにした。
美味かったな、あの酒。一杯で巨大オーク一匹分、つまりマツさんが言ってた話だとゴブリン千匹分の価値があったらしい。一杯分を三人で割ったから、ゴブリン333匹分の美味い酒が今体の中を駆け巡っていることになる。
これまで倒してきたオークやハイオーク、ゴブリンの数と魔石を考えたら軽く超えているが、おいそれと口に出来ないだけの美味さがあった。やはりいい酒はまだまだ世界に眠っているものなんだな。
これから酒造りに向かう人だっているだろう。そういう人たちのためにも、ああいう希少な酒がまだ残っていて、過去の酒と比べてどう味が変わっているかを比べるために残しておく、というのも必要になるだろうし、もしかしたらマツさんのスキルで取り寄せて味を比べる、といった行動に移ることもあるのだろう。
マツさんのスキル、改めて考えると便利過ぎるな。これは街に一人と言わず二人三人と入れくれて、三交代で仕事をしてくれても良いぐらいのスキルだ。井上さんが何としても手に入れたいスキルだということは充分すぎるほどに解った。
それだけのスキルだったからこそ十年もの間マツさんは無事に生きてきたわけで、そのスキルに欠けやどうしても踏み込めないジャンルなどがあった場合、マツさんは今日まで生き長らえてこれなかっただろう。
水分を充分に取って事務長室に戻ると、二人は細かい打ち合わせに入っていた。あれだけ宴会して騒いでスキル使って、良い酒を呑んでまだ仕事ができる二人の体力は凄いな。
「なのでまずはこの地域の外周整備に宛てたいんですよ。それから並行して探索者向けの食堂への食料供給ですね。この二つは譲れないところです。特に後者は探索者のやる気やカロリー配分にも目を配る必要があるので絶対ですね」
「確かに食糧の品質改善には賛成ですが……あまり一気に基準を上げてしまうとボーダーラインの下に達した時に不満が出ますよ? ですからベースとなる米や小麦を扱うのは問題ないですがそのほかのものとなると……」
どうやら食堂のメニュー改善と防衛範囲の囲い込みについての話らしい。二人とも俺と同じ状態のはずだが仕事をする気がそがれてなくて凄いな。今から間に入ったらかえって仕事への熱意をそぎそうだ。ここは大人しく退散するとしよう。
「すいません、どうもさっきの一杯で酔いすぎたようで。お先に失礼させてもらいます」
「ああ、お疲れ様野田さん。明日は休みにして、また明後日からよろしく頼むよ」
「五郎さんお疲れ。私たちはもう少し話し合いが必要のようなので、もう少し仕事をしていきます。まだ自分が何処で生活していけばいいのかも教えてもらってないしね」
「そういうわけだ。松井さんは私が仮住まいまで送っていくから、野田さんはお先に失礼してもらってもいいですよ。ただし、さっきの一杯は本当に秘密でよろしく」
井上さんはあの酒だけは他の誰にも飲ませたくないらしい。軽く二、三度頷くと、そのまま失礼して帰っていくことにした。
さて、明日は休みか。何して過ごそうかな。いつもなら二層を軽く回って朝と昼と食堂で飯を食って午後からのほほんとするのが流れなんだが……酒が残ってるかどうかで決めるとするか。
◇◆◇◆◇◆◇
翌日。探索者事務所を訪れると、新しい枠組みの探索者を募集する要綱と、仕事内容について書かれた張り紙があった。それによると、今後インフラ整備や防衛圏の拡充、防衛圏内の防衛用の施設を作るにあたり、魔石によるエネルギーを使った新しい資材確保の用立てが整ったとして、四パーティー分ほどの探索者を募集するらしい。
つまり、実験パーティーだった我々は正規の部隊としてダンジョンに潜ることになる、ということだろうか。既に内定してる我々はともかくとしてもう四パーティーほど募集をかけることになるのか。それとも、我々を含めて四パーティーなのか。
そこはまだ解らんが、とにかく大手を振って魔石かき集めてます、という声明を発表するだけのパーティーになれるのは確からしいな。これからはこっそりではなく堂々と……いや前から堂々とはしてたが、身分を明かしたうえでパーティー活動ができるってことか。
一つ安心したところで探索者事務所へついでに入り、ボーっとする。すると、同じく休みでやることがなかったのだろう田沼さんの顔を見つけることが出来た。
「おはようございます、田沼さん」
「やあ野田さん。読みましたか張りだしの内容」
「ええ。我々も正規の魔石回収部隊として動けるようになる、と井上さんから正式に通達をもらいました。今後も頑張っていきましょうね」
田沼さんは足早に井上さんの所に確認に行ってその帰りだったらしい。一応仕事の内に入るのだろうが、休みの日にまで探索者事務所にまで来るということはよほど暇だったんだろう。
「田沼さん、今日この後のご予定は? 」
「特にないですね。野田さんのほうこそご予定は? 」
「ないんですよねえ。一日しっかり休んでくれ、とは言われたものの、いつもは二層に潜って荷物がいっぱいになるまで戦ってたのでちょっと長めの休憩、といったところで。実は今日こっちに来たのもやることないからエンチャント爺さんの仕事でも使用かどうか悩んでいた所なんですよ」
そう、潜る以外にも役に立てることはできる。”鉱山”の入り口で「エンチャントかけます、一パーティー千円」と看板を出してのほほんと座っているだけでもそれなりの収入にはなるのだ。やはり”鉱山”へ向かって毎日の運動と称して向かうべきなんだろうか。
「それなら、二人で潜りませんか。暇つぶしにはちょうどいいですし、二層辺りでちょっとやるぐらいならそれほど体への負担にもならないとは思いますから」
「そうしましょうか。では、”鉱山”の入り口で集合ということで」
田沼さんと二人で”鉱山”へ向かうことにした。今日も結局いつも通り、稼いで運動して風呂に入って、いい気分になって帰るのが一番の休みになるんじゃないか、という自分の予想は少し当たっていたらしい。
結局休みと言ってもやることはいつも通りで、自分の身体に異変が起こるまでは毎日同じ日程を繰り返す。それが一番平和なのではないだろうか。マツさん帰還というイベントが発生しても、翌日にはまた同じ行動をとり始める。それでいいのだ。