朝の情報番組だけでなく、ネット記事にもダンジョンやモンスターなど、元の日本とは思えない情報が飛び交う事態に俺は困惑していた。
しばらく情報収集を行った結果、どうも俺が元々いた世界と異なるということが分かった。
この世界でダンジョンが発生したのは約17年前。本来であれば俺は鼻水を垂らして公園で走り回っている頃だろう。
もちろん、俺の記憶にモンスターが発生していたなんてものは無い。
現在では討伐隊ギルドというモンスター討伐の専門組織まで出来上がっているらしい。
「あのクソ女神。帰還先を本当に間違えたんじゃないのか?」
「でもこの部屋ってあんたの部屋じゃないの?」
「そうなんだよな……」
帰還先が全く知らない土地であったり、見たことも無い衛星が空にあるなんてことがあれば単純にクソ女神がやらかしただけ、という結論に至るのだが、帰還先は間違いなく俺の部屋だ。
「……でも、私たちがいた世界と同じモンスターがいるのですから、間違いなく異世界のことが関係しているはずです」
「まさか、魔王が死んでない……とか……?」
俺がそう口にすると部屋の中は静寂に包まれる。
しかし、すぐにセリーヌがパン、と大きく手拍子を打った。
「はい! そんなこと考えても仕方ないでしょ? ほら、討伐隊だっけ? この世界にもモンスターに対抗できる手段があるみたいだし、あたしたちがどうこうする話じゃないでしょ? 私たちの役目はもう終わった。そうでしょう?」
「……ま、それもそうだな。 とりあえず、気晴らしに買い物にでも行くとするか!」
そうだ、もう俺の役目は終わってる。
なんのためにこの世界に戻ってきたんだ? そうだ、美味い酒を飲むためだろう?
俺は自分にそう言い聞かせるようにして、買いに行く酒のことだけを考えることにした。
◇◇◇
「大きな建物ですね……!」
マリーは目を輝かせて目の前にある巨大な建物を見つめていた。
俺たちが身支度を済ませてやってきたのは近所にあるショッピングモール。
家にある酒がちょうど切れていたし、マリーとセリーヌはこちらの世界に合った服装を一着たりとも持っていなかった。まあ、モンスターの件もあるがとりあえずショッピングを楽しむことにしよう。
なんせ今の俺って大富豪だし?
「とりあえず先にお前らの服を見に行くか。 さっきからお前らのローブ姿が人目を集めすぎだからな」
二人とも外国人風の整った顔立ちをしているし、ショッピングモールにローブ姿はこの二人だけである。
「でも、あんたって女性ものの服を選ぶセンスってある訳? 今着ているのもなんか味気ないというか……地味だし」
「やかましいわ! こういう地味なのが一番良いんだよ! それに心配なら店員に選んでもらえよ」
俺の格好は黒いズボンにグレーのパーカーという、ザ・平凡、という服装だった。ま、東京なんかのイケてる大学生なんかはもっとおしゃれな格好なんだろうけどな。田舎の大学生なんかこんなもんである。
そうしてショッピングモール内を歩いていると、女性ものの服が置いてある店が見えてきた。
「ほら、あそこの店なんか良いんじゃないか?」
「そうなんですか? 私はよく分かりませんが……」
「大丈夫だって。 とりあえず入って店員さんに案内してもらうぞ」
俺たちが店内に入ると、猫撫で声のようないらっしゃいませが聞こえてきた。ああ、そういえばアパレルショップってこんなんだったか。
俺は近くにいた店員に声を掛け、事情を説明した。
あ、もちろん異世界召喚なんて言ってないからな? 初めて日本に来た留学生って設定にしておいた。
「じゃあ、あとはお任せします」
「え? あんたはどこに行くのよ?」
「別にどこでも良いだろ。1時間くらい経ったら戻ってくるから……あ、下着もちゃんと買っておけよ?」
「い、言われなくても分かってるわよ!」
そうして顔を真っ赤にしながらセリーヌは店の奥へ歩いて行ってしまった。
「タイチ、デリカシーないです」
「別に俺らの関係でデリカシーも何もないだろ。ほら、マリーもちゃんと服を選んで来い」
俺はマリーも送り出してその店を後にした。
その後の足取りはとても軽やかだった。まるで敏捷向上のバフが掛かっているようだ。
「お、あったあった」
しばらく歩いた先に目当ての店を見つけることが出来た。店名はリカーショップホンダ。酒とつまみしか売ってない酒飲み御用達の店である。
店内に入ってカゴを取ると、俺は気になった酒を片っ端からカゴに放り込んでいった。
最初は店主も怪訝そうにこちらを見つめていたが、いつの間にかその視線も無くなった。
とりあえずカゴが二つ満タンになったところで一度会計を済ませることにした。
「兄ちゃん、これ全部一人で飲むのか……?」
「え? まあ、そのつもりですけど」
「若いのによくやるねえ……。肝臓は一個しかないんだぞ?」
「大丈夫です。俺の肝臓は金属並みに頑丈ですから」
そもそも俺の皮膚自体普通のナイフでは傷が付けられないのだ。異世界補正様様である。
「内臓は硬さがどうとかって問題じゃねえだろう……。ま、根っからの酒好きだってことは見てたら分かるけどよ。兄ちゃん、今多少酒を飲んでも構わんか?」
「二十四時間いつでも飲みます」
俺が即答すると、店主は一度店の裏へ下がって行った。程なくして、店主は透明なボトルに琥珀色の液体が入ったボトルを一本持ってきた。
「ちょっとこれ、飲んでみてくれねえか。知り合いが最近ウイスキーの蒸留所を立ち上げたんだ。その試作品なんだよ」
「へえ、今流行りですもんねえ」
店主はカウンターの下からグラスを取り出し、早速ウイスキーを注ぎ始めた。
グラスに注いだだけでも焦がしたキャラメルのような甘い香りが鼻をくすぐる。
「すっごい良い香りがしますね」
「そうだろう? もう市販しても他に引けを取らないレベルまで来てると思うんだがな」
俺はグラスを持ち、更に香りを楽しんだ後にウイスキーを口に含んだ。
「……うまい。これ、うますぎませんか?」
「それには秘訣があってだな……」
俺と店主がウイスキー談話を楽しんでいた矢先、店外から大きな悲鳴が聞こえてきた。
「キャアアアアアァァァァァァ!!!」
「ダンジョンスポーンだ!!! 早く逃げろ!!!」
その悲鳴を皮切りに、ショッピングモールに来ていた客が一斉に出口へ向かって走り始めた。