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第12話

そうしてトントン拍子に入隊が決まった俺は一旦家に帰ることになった。

 一応マリーとセリーヌの扱いは特別に俺の秘書、ということにしてもらうことにした。


 有事の際は助けて欲しい、と北村支部長は言っていたがそんなことにならないことを願いたい。


「ねえ、結局こっちの世界でもモンスター討伐?」


 帰り道、電車の中で席に座っているとセリーヌは俺にそう尋ねてきた。


「ん? ああ、金払いは良さそうだしな。ほとんど討伐には参加しないことを条件に入隊したし。それに……俺も少し気になっていることがあったんだよ」


「気になっていること?」


「こっちの世界がこうなってること、やっぱり元々いた異世界が無関係だって思えないんだよな。俺から積極的に調べるつもりは今のところないけど、よりモンスターに近い討伐隊に入ればいつかはこうなってしまった原因が分かるかもしれないだろう?」


「たしかにそうですね。私も無関係だと思えないです」


 あの時たしかに俺たちは魔王を討伐したはずだが、異世界のモンスターが蔓延るこの世界になってしまった原因は間違いなく魔王関連のものだろうと俺は踏んでいる。


 ただ、俺はもう勇者じゃない。

 こちらの人類のレベルが低いのは誤算だったが、いずれ誰かがこの世界を救ってくれるだろう。


「とりあえず帰って酒でも飲むか」


 俺はなるようになると考え、家で飲む酒を想像しながら電車に揺られていた。




◇◇◇




 一週間後、俺たちは岩瀬さんに連れられて討伐隊ギルドの寮にやってきていた。

 栃木第一支部とは違い、外観は城を基調としたモノトーンのデザインでかなりおしゃれだ。デザイナーズマンションというやつだろうか。


「ようやく今日からゆっくりできそうだな」


 今日までの一週間、大学の退学や一人暮らしをしていたアパートの解約手続きなどで少し忙しかったが、今日からは少し落ち着くだろう。


「一応規則だから男子寮と女子寮は別。梶谷君の部屋は509号室ね」


 岩瀬さんはそう言って俺に部屋の鍵を渡してきた。

 ちなみに、岩瀬さんは以前のようにかしこまった態度は取らなくなっていた。先輩隊員なのだから当然だ。


「あ、でも俺の荷物もセリーヌに持ってもらってるんですけど……」


「あー、そういえばそうだったよね。手ぶらで入寮するのなんて梶谷君たちが初めてだからね?」


 呆れるように岩瀬さんはそう言った。今回は特別にセリーヌが男子寮の棟へ入ることが許可された。

 そもそも、今寮に住んでいる隊員は全員出払っているそうだ。討伐隊ギルドは案外激務なのかもしれない。


 俺とセリーヌはは階段を上って部屋がある五階にたどり着いた。

 廊下は大理石調の白いタイルとダークグレーの壁紙でところどころ間接照明で照らされている。ホテルの廊下のような雰囲気が感じられる。


「なんかあたしたちが住んでいたところと比べものにならないくらい豪華じゃない?」


「言うな。大学生の一人暮らしでこのレベルのマンションに住めるわけないだろう」


 あまりにも豪華すぎる内装に若干気圧されつつも、俺たちは509号室の前にたどり着く。


 岩瀬さんからもらった鍵を使って扉を開けて部屋の中にはいるとだいたい十五畳ほどのリビングが目の前に広がっていた。


 オープンキッチンも設置されており、かなり開放的な空間だ。間取りでいうと1LDKといったところか。


「とりあえずこの辺に荷物を置いてくれ。あとは時間があるときにでも整理するよ」


「あんた、これから忙しい時なんてあるの?」


 セリーヌは首を傾げながらもリビングに俺の私物を取り出していく。


 岩瀬さんに食堂の案内があると言われていたので、俺たちはなるべく早く一階のロビーに戻ることにした。


 ロビーに戻ると、岩瀬さんとマリーがベンチに座って待っていた。


「あ、来た来た」


「もう、遅いですよ? セリーヌは私と部屋の整理でもするです」


「そうね、じゃあセリーヌさんとマリーさんは部屋で休んでて。何かあれば呼びにいくから。梶谷君は私と一緒に食堂に来て」


 そうして一旦マリーとセリーヌとは別れることになった。

 食堂はロビーに併設されており、百人以上は収容できそうなかなり広い空間だった。


 その食堂の一角に、若干場違いなバーカウンターが設置されていた。


「梶谷君の要望通りバーを突貫工事で設置させてもらったよ。お酒の仕入れとかは自分でやってくれる?」


「え? ギルドで用意してくれるんじゃ……?」


「ギルドの経費も限られてるんだからね? 仕入れも経営もとりあえずは梶谷君にお任せすることになったから……それくらいは自分で用意しなさい」


 何かあればギルドに行くようにと言って、岩瀬さんは食堂から出ていってしまった。

 討伐隊ギルドは慢性的な人手不足らしいし、岩瀬さんも仕事があるんだろう。


「さて、じゃあ店の支度でも始めるとするか」


 間借りのバーカウンターだが、長年の夢だった自分のバーを持つことが叶った瞬間だった。俺は鼻歌を歌いながら設備の確認などを行うことにした。

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