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第13話

「はあ、ようやく帰ってこれた……」


 俺が仮の店支度を済ませて、焼酎を飲みながらテレビを見ているとぞろぞろと討伐隊員と思われる人たちが食堂に入ってきた。


 赤と黒を基調とした討伐隊の制服を身に纏っているが、汚れや破れが目立つ。

 かなり厳しい任務から帰ってきたんだろうか。


 俺がそんなことを考えながらぼうっと討伐隊員の方を眺めていると、そのうちの一人と目が合ってしまった。


「ん? ようやくバーが完成したのか?」


「ああ、そういえば昨日までずっと工事してたよな。あいつがバーの担当?」


 遠巻きにバーの方を気にしている様子だったので、軽く会釈して俺は再びテレビを見始めた。

 討伐隊員の方も腹が減っていたのかまずは食事を済ませることにしたようだ。


 しばらくすると、討伐隊員の一人がバーカウンターにやってきた。


「えっと、君がバーの担当?」


「そうですよ。何か飲まれます?」


「いや、別に何か頼みに来たわけじゃないんだけど……せっかくだから何かもらおうかな」


「ウイスキーは飲めます?」


 俺がそう尋ねると、男性はコクリと頷いた。

 俺はささっとハイボールを作って男性に提供した。


「お待たせしました、どうぞ」


「ありがとう……ところで、いくらかな?」


「あー……いいですよ、タダで。それ、俺が開けちゃったボトルなんで」


 俺がひとまずバーに用意した酒は依然リカーショップホンダで仕入れた商品だ。

 そもそも、ここにいるだけで給料が発生しているのだから利益なんて度外視で良いのだ。


「え? いいの?」


「はい。よければお仲間さんもご一緒にどうですか? 酒はみんなで飲んだ方がうまいですから」


 そうして、六席あるバーカウンターは満員となってしまった。


「ああ、自己紹介がまだでしたね。今日からバーカウンターを任されている梶谷です」


「僕は西村。奥の席から藤井、中本、河野、石井、大橋だ。僕達は去年入隊したばかりだからまだ五級隊員なんだ」


「そうなんですか。討伐隊っていわゆるパーティ制みたいなものなんですか?」


「いや、特に決まりはないよ? ただ、チームとして登録していれば基本的にこの六人で依頼を受けることができるんだ。僕達、大学時代の同級生だからね」


「そうそう、死ぬときはみんな一緒ってね」


「縁起でもないこと言うなよ!」


 お酒が入り、西村さんたちも気分よく過ごしているようだった。

 西村さんたちは間もなく四級隊員へ昇級ができると言われているそうだ。


 現段階では危険度が低い依頼を回してもらえるそうだが、四級隊員からは一人前と判断され、それなりに危険な依頼も受けなければならないらしい。


「まあ、無理をしなければ大丈夫じゃないですか? あれですよ、いのちだいじにってやつ」


「それもそうだね。食堂でお酒も飲めることになったし、帰ってくる楽しみも増えたよ」


「そう言ってもらえると嬉しいです」


 そうしてしばらく西村さんたちと飲んでいると、徐々に食堂にも人が増えてきた。

 時刻はすでに夜七時。西村さん曰く、この時間から寮に戻ってくる隊員が増えてくるそうだ。


 今まで無かったバーカウンターで人が楽しそうに飲んでいて気にならないという人はほとんどいなかったらしく、食事と一緒にお酒を飲みたいという人が後を絶たなかった。

 俺は食堂内をひたすら駆け回る羽目になってしまった。


「おかしいな……俺が想像していたバーってもう少し落ち着いた雰囲気のはずだったんだけどな」


 これじゃあ繁盛している居酒屋と大差なくね?

 俺が一息ついたタイミングで、マリーとセリーヌが食堂に入ってくるのが見えた。


「おお! ちょうど良いところに! ちょっとドリンク運ぶの手伝ってくれ!」


「え? 今からあたしたちごはん食べるつもりだったんだけど?」


「とりあえず落ち着くまででいいから頼む! 忙しすぎて俺だけじゃまわらないんだよ」


 俺が手を合わせて頼み込むと、セリーヌは渋々了承してくれた。

 マリーは楽しそうという理由で元々乗り気だったらしい。


 それから一時間ほど経ったタイミングで、八割ほどの隊員が自分の部屋に戻っていった。最初に飲んでいた西村さんたちは気を遣ったのか早めに部屋に戻ってくれていた。


「ふう、助かったよ二人とも。ありがとう」


「どういたしまして。それで? 毎日こんな調子で忙しくなるわけ?」


「いやあ、そういう予定じゃなかったんだけどなあ」


 俺が想像していたのは一日に何人か常連が来る静かなバー。その空間で大好きな酒を飲むことを楽しみにしてたんだ。


「明日も忙しそうだな……」


 俺はバーカウンターの内側に置いている椅子に座って一息つく。芋焼酎のソーダ割を作って一気に飲み干したところで見知った顔が食堂に入ってくるのが見えた。


「あら梶谷君。どうしたの? この世の終わりみたいな顔をして」


「ああ、岩瀬さん。お疲れ様です。思っていた十倍忙しくて初日から死んでしまいそうです……」


「忙しいのは良い事でしょう? 一応梶谷君は緊急の時出動することになってるんだから酔いつぶれるまで飲むのはやめてね?」


 そう言って岩瀬さんはバーカウンターの椅子に座った。


「あれ? 今任務から戻ってきたんじゃ……? 夕飯は?」


「あ、私夜はほとんど食べないの。ま、せっかくだから一杯頂こうかな」


「すきっ腹に酒は良くないですよ? なんか軽いおつまみでも出しますよ」


「ありがとう。なんか甘いカクテルみたいの作れる? マリーさんとセリーヌさんも一緒に飲もうよ」


 そうして、あまりにも忙しすぎた一日が終わりを迎えた。

 俺も今日は疲れたので、岩瀬さんが帰るタイミングで店仕舞いをして自分の部屋に戻ることにした。

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