翌日。俺たちは相変わらず下層で大麦の採集を続けていた。
今日からダンジョン内で野営を行うつもりなので、テントなどの荷物を持ったままで移動になる。
人前で空間魔法からテントを出す姿を見られるわけにはいかないのだ。
昨日は粗方採集してしまったため、さらに下層に進んだところで今まで見かけなかったモンスターが遠くに見えた。
「お、あれってミノタウロスじゃん!」
「本当ですね。美味しいお肉です!」
ミノタウロスは俺たちからするとただの美味い牛肉、ボーナスタイムである。
俺たちに気が付いたミノタウロスは勢いよくこちらに駆けてきたが、途中で急ブレーキを掛けた。
「あ、やっぱりお前もか」
さきほどまでの勢いはどこへやら。怯えるような鳴き声をあげ、俺たちから逃げるように去っていく。
ミノタウロスは危険察知が敏感で、異世界では逃げていくミノタウロスばかりだったのだ。こちらの世界でもその能力は変わらないらしい。
「セリーヌ、頼む」
「はいはい、『ウインドカッター』」
セリーヌは瞬時に風魔法を唱える。
背中を向けて逃げていったミノタウロスは断末魔をあげる暇も無く首を落とされてしまった。
「よし、さっさと解体してしまうか」
解体を担当するのはいつも俺なのだ。その間、マリーとセリーヌは索敵をしつつ、休息をとる。
久しぶりの解体だったこともあり、三十分ほど掛かってしまったがなんとか綺麗に解体することが出来た。
ミノタウロスの美味しい部位はすごく限られており、ほどんどが筋肉質のため硬くて食えない。 全長約四メートルほどの巨体を持つミノタウロスだが、可食部位はわずかに二キロほどなのだ。
「ねえ、あたしの空間魔法で持って帰って地上で解体しないの?」
「地上だとモンスターの解体に使えるようなところが無いんだよ。ダンジョンならモンスターの死体を放っておいてもダンジョンに吸収されるし処分に困らないだろ」
「え? じゃあ他の隊員もダンジョン内で解体をやってるってこと?」
「そもそも空間魔法の使い手なんてほとんどいないことを忘れるなよ? 解体しなきゃ移動もできない」
俺がそういうと思いだしたかのように手を叩いた。忘れてたのかよ……。
他の隊員の前で使わないように口酸っぱく言っておかないといけないな。
「タイチ、ところでこのミノタウロスが異常生態の一種です?」
「ああ、そういえば今まで見たことがなかったもんなあ……。でもこのミノタウロスくらいで規制なんてかける必要ないと思うんだけど」
ミノタウロスくらいなら、多少経験を積んだパーティであればそこまで苦戦せずに倒せるレベルだ。ソロならともかく、危険度は低いと言っても良いだろう。
「まあ、しばらく大麦を採りつつ進んでみるか」
そうして俺たちはさらにダンジョンを進むことにした。
◇◇◇
「お、ようやく安全地帯か」
ダンジョンには安全地帯と呼ばれる、モンスターが発生しない階層が存在する。
この玉ヶ門ダンジョンでも中層に一階層あったので、この階層で二つ目の安全地帯だ。一応現段階の攻略でここが最下層の安全地帯らしい。
安全地帯にはかなりの人数の隊員がいた。
今まであまり他の隊員と出会うことがなかったのは、ここにいる隊員たちが三級隊員以上の階級だからってことも関係しているのだろう。上の階層で雑魚狩りをしていても仕方ないし。
「それじゃあ俺たちも空いてるスペースで野営の準備をするか」
「やっとキャンプですね!」
俺たちはテントを立てたり火をおこしたりと、今晩の野営に向けて支度を始めた。
昔はマリーもこういう準備は積極的にやらなかったのだが、今はセリーヌと一緒にせっせとテントを立てている。
なんか良い休日って感じだな……。
最近バーの方が忙しすぎて疲れも溜まっていたのかもしれない。酒を飲めることも楽しいが、たまにはこういう時間も必要だろう。
その日の夜は今日倒したミノタウロスのステーキをメインディッシュにしたキャンプ飯だった。
レトルト系の食糧も持ってきてあったので、マリーとセリーヌはご満悦だった。
「このレトルトのカレーって美味しいのね!」
「ですです。 お湯で温めるだけなんて簡単です」
「ダンジョンに潜ったら凝った料理なんて作れないからな。他の隊員もこういうのばかりだと思うぞ」
俺たちが火を囲んで談笑していると遠くの方でなにやら騒がしい声が聞こえてきた。
特に気にせず酒を飲んでいたのだが、しばらくして武装した隊員たちが下層に続く階段のほうへ走っていったのが見えたことで、なにかトラブルがあったことが推測できた。
「どうしたですかね?」
「誰か戻ってこないやつでもいるんじゃないか? 冒険者だとその辺は自業自得ってのがルールだったからな」
まあ、今みたいに助けに行くやつもいるにはいるが、大抵はすでに息絶えているのだ。無駄足になることも多い。
「話だけでも聞いてみたら? 一応支部長に何かあった時に対処しろって言われてたでしょう?」
「ええ……」
「なによその嫌そうな顔。行ってこないとお酒没収するわよ?」
「すぐに行ってきます!」
酒を取られるわけにはいかない俺は、すぐに騒ぎの方へ駆け出した。
先ほど出ていった隊員を追いかけようと武装準備を進める隊員たちがいたので話を聞くことにした。