いや、俺も変だなって思ったよ?
なんで一人部屋なのに二段ベッドがあるんだろうなって。
まさか岩瀬さんと同じ部屋になるなんて思わないじゃん。
「……大丈夫ですか、岩瀬さん」
「……もう、諦めましょう。ダンジョンに入れば男性と同じ空間で生活しなければならないのは変わらないですから」
そう言うと岩瀬さんは自分の荷物を整理し始めてしまった。
さすが討伐隊員と言ったところか。こういう事態も慣れているのかもな。変に意識してしまった自分が恥ずかしい。
俺は岩瀬さんに倣って自分の荷物の整理を始めた。
◇◇◇
ベッドであおむけになってスマートフォンでネットサーフィンをしていると、すでに十八時を過ぎていた。
そろそろ腹が減ってきたな。
「そろそろ食堂に行きますか?」
「そうだね。部屋にいても何もすることがないし」
二人の意見が一致し、俺たちは十五階にある食堂に向かうことにした。
多くの隊員が収容できるように十五階丸ごと食堂になっているそうだ。
廊下に出てエレベーターに乗り込み、十五階のボタンを押す。
十五階に着くと、ガラス製のドアの向こうで多くの隊員が食事を取っているのが見えた。
「うわ……すげえ人」
「結構混んでるね……さすが本部って感じだね」
席は自由みたいなので、俺たちは空いている二人掛けの席に着いた。
食堂といっても、どうやらビュッフェ形式のようなので、早速食事を取りに行くことにした。
「さすがに酒は置いてないのか……」
「ほんと梶谷君ってお酒好きだよね。早死にするよ?」
岩瀬さんはサラダを取りながら呆れるようにそう言った。
普段晩酌程度しか夕飯を食べないので、こういうとき何を食べて良いのか分からない。
今日は仕方ないがどうにかして酒を手に入れなければ。
セリーヌという優秀な鞄がいない今、ダンジョンに向かうにも自分で酒を運ばなければならない。
第一支部の感覚で食堂に来てしまったものだから酒が無いということを想像もしてなかった。
俺はパスタとサラダで夕飯を軽く済ませることにした。
席について早速食べていると、遅れて岩瀬さんがやってきた。
手に持つトレイには山盛りの料理が所狭しと並べられていた。
「あれ? 夕飯は軽く取るんじゃ……?」
「えへへ……なんかテンション上がっちゃって。ま、今日だけだよ?」
そう言うと幸せそうに料理を口に運んでいく。その様子を見るに、食べることが好きなのかもしれない。
そうしてしばらく食事を進めていると、食堂を担当している職員が俺たちに声を掛けてきた。
「栃木第一支部の岩瀬さんと梶谷さんですね? このあと副本部長から阿賀野ダンジョン攻略の説明があるので、食事が終わっても残っていてください」
「分かりました」
その後、それなりの人が食堂を出ていったが半分ほどの隊員が食堂に残っていた。
どうやらこの人数で阿賀野ダンジョンの攻略にあたるらしい。
「この人数で攻略するって……阿賀野ダンジョンってそんなにレベルが高いんですか?」
「いや、そんなことはないはずだよ? それに阿賀野ダンジョンは試験的に一般にも開放しているダンジョンだし、むしろかなり初心者向けダンジョンっていうイメージかな」
「え? 一般人もダンジョンに入れるんですか?」
「ほら、討伐隊も人手不足でしょ? ダンジョンを身近に感じてもらって討伐隊への入隊へ繋げたいんだって」
どうやら東京本部管轄のダンジョンの一部は一般開放されているそうだ。一般人でも入れることから、ダンジョン内で配信をすることが流行っているらしい。
そんなことを話していると、入口から黒髪を後ろに結ったスーツ姿の女性が入ってきた。
あれが副本部長だろうか。
他の隊員も気が付いたのか、一気に食堂内に静寂が訪れる。
職員からマイクを渡された女性は、俺たち隊員を一瞥してから話し始めた。
「全員揃っているな。東京本部副本部長、吉永だ。事前に各支部長に書面で伝えておいたが、君たちには阿賀野ダンジョンの攻略にあたってもらう。ただ、今回は少し特殊なケースなため、全国から二級以上の隊員を集めることにした。阿賀野ダンジョンの最下層にて、新たなダンジョンへの入口が発見された」
副本部長が言ったその言葉に、隊員たちからどよめきが巻き起こった。
「ダンジョンの奥にダンジョン? 聞いたことあります?」
「いや、私も初めて……。たしかに特殊かもね……」
「新たなダンジョンのため、出現するモンスターも不明だ。ただ、ダンジョンの放置はいずれダンジョンフラッドに繋がる恐れもある。今回はダンジョン内モンスターの生態調査、討伐、マッピングが主な任務になる。明日の夜に阿賀野ダンジョンへ出発。途中の安全地帯で一夜を明かし、明後日から新ダンジョンの攻略にあたる。説明は以上とする」
そう言うと副本部長は食堂を足早に出ていってしまった。
残された隊員たちはそれを機にザワザワと話し始めた。
「なんかとんでもない任務に参加することになっちゃったね」
「まあ、大丈夫ですよ。最後の切り札として俺がいますし?」
「もう、あまり調子に乗って勝手なことしないでね?」
そうして俺たちは部屋に戻ることにした。
話し合いの末、俺が先にシャワーを浴びることになった。
「ふう、岩瀬さん、シャワー上がったんでどうぞ」
「はーい。……覗きに来たら殴るからね」
「覗きませんって……」
念を押すようにそう言って岩瀬さんは浴室に向かっていった。
寝る支度を済ませていたので、俺は二段ベッドの下の段で横になり布団をかぶる。
しかし、岩瀬さんが浴びるシャワーの音が部屋に響いてしまっている。
いやあ、さすがに年頃の男には刺激が強いぞ……? まあ、岩瀬さんは全く気にしてないんだろうけど。
俺は余計なことを考えないように、イヤホンを付けて寝ることにした。