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第25話

 翌日の夕方。

 俺は自室に大きな段ボールを運び込んでいた。


「え? 何その箱……?」


 そろそろ阿賀野ダンジョンへ出発する準備を始めようかという段階で俺が新しい荷物を持ち込んでいたため、岩瀬さんは怪訝な表情を浮かべていた。


「何って、俺のガソリンですよ」


 俺は段ボールを開けて中に入っていた長方形の小箱を取り出す。

 もちろん、中身は酒だ。東京本部の職員に朝から酒を準備してもらっていたのだ。


「それ、ダンジョンに持っていくつもり?」


「これが無いとストレスで死んじゃいますからね。野営道具なんかは本部から運搬要員が派遣されるみたいですし、自分の荷物なんか最低限で良いですから」


「そんなにお酒があったら大荷物になっちゃうんじゃない?」


「大丈夫ですよ。何も戦闘中に荷物を背負い続けるわけじゃないんですから。安全地帯においておけば身軽になりますよ」


 現段階ではどれほどの期間ダンジョン攻略を行うか決まっていない。途中で酒が切れてしまっては元も子もないのだ。


 まあ、この量の酒を持ち運ぶには登山用の大型リュックがパンパンになってしまうんだけどな。それは我慢しなければならない。


 俺のことを呆れた様子で見ていた岩瀬さんをよそに、ダンジョン攻略の荷物を整理し始めることにした。




◇◇◇




 阿賀野ダンジョンへ出発する前、参加する隊員が一旦本部前に集められた。

 ここから本部が用意した大型バス数台でダンジョン前に移送してくれるらしい。


「今回この任務の指揮を執ることになった、東京本部所属、一級隊員の白川だ。まず阿賀野ダンジョンに到着したら、準備が出来た隊員はすぐに安全地帯を目指してくれ。明日以降の攻略に支障が出ないよう、今日は体を十分休めてほしい」


 白川と名乗った隊員の挨拶が終わり、俺と岩瀬さんは近くに止まっていたバスに乗り込んだ。


「普段一般開放しているダンジョンなら難易度も相当低いんですよね?」


「そうだね。今回招集された隊員ならまず後れを取ることは無いと思うよ」


 それならかなり早く安全地帯に到達できるだろう。さっさと安全地帯で酒盛りを始めたいのだ。


 そうしてバスに揺られていると、一時間ほどで阿賀野ダンジョンに到着した。

 周りの隊員もバスを降りてすぐにダンジョンへ続く階段を下りていく。


「今は一般人っていないんですよね?」


「うん。さすがに何が起こるか分からないからだと思うよ?」


「じゃあ貸し切りですか……。この人数が一斉にダンジョンに向かうの初めて見ましたがすごい光景ですね」


 この前行った玉ヶ門ダンジョンは討伐隊員のみ攻略できるダンジョンだったため、それほど出入りも激しくなかった。

 通勤ラッシュの駅なんかはこういう状況なのかもな。田舎民だからよく分からないけど。


「ところで、マリーちゃん達はしばらく戻らないって知ってるの?」


 歩きながらダンジョンを進んでいると、岩瀬さんはそう尋ねてきた。


「ええ、この前二人に携帯電話を持たせましたから。今頃東京のホテルでゴロゴロしてるはずですよ」


「あ、一応東京まで付いてきたんだ? そういえばセリーヌちゃん、東京のスイーツ巡りがしたいって言っていたもんね」


「そうなんですよ……ところで岩瀬さん? 二人ともちゃん呼びになったんですね?」


 いつの間にか岩瀬さんは二人と仲良くなっていたようだ。


「まあね。私が非番の時は一緒に遊びに行くんだー」


 岩瀬さんは嬉しそうにそう言った。

 なんか俺だけ仲間外れじゃない? いや、さすがに女子会に混ぜてとは言えないけどさ、マリーかセリーヌが誘ってくれても良いじゃん。


 後方で進んでいた俺たちはかなり暇なので、そうして世間話をしながら歩いていた。

 前方からたまに戦闘音が聞こえるが、俺たちの脚が止まることがないことからおそらく一撃でモンスターを討伐しているのだろう。


 そうしてなんのトラブルもなく、三時間ほど歩き続けた俺たちは安全地帯の階層に到達することが出来た。


「よし、ようやく着いた……!」


 酒。酒が俺を呼んでいる……!


「梶谷君? 野営設備の設置が残ってるんだからね?」


 俺の思考を読んだように、岩瀬さんはそう言った。


「わ、分かってますよ? 今から一生懸命準備を手伝おうと思ってたんですよ。ハハハハハ……」


 何か白い目で見られたような気もするが気のせいだろう。

 俺は渋々、他の隊員と共に野営設備の設置を行った。


 準備もそれなりに終わったので、俺は持ってきた日本酒をコップに注いで喉に流し込んだ。


 くうぅっ! 染みる! これのために毎日生きてるんだよな……!


 食事を取るための椅子やテーブルが設置されていたので、俺はそこにすわってしっぽり飲むことにした。

 しばらくして、近くで岩瀬さんが一人用のテントの設営を行っているのが見えたので声を掛けた。


「あれ? 岩瀬さんは一人用のテントなんですね?」


「さすがに知らない人と同じテントは嫌だからね。本部の人に言って用意してもらったの」


「まあそうですよね。設営手伝いますよ? 一人じゃ大変でしょう?」


「ほんと? じゃあお言葉に甘えようかな」


 一人より二人で設営する方が遥かに早い速度で終わらせることが出来る。マリーにテントの組み立て方を教えたばかりなので、かなりスムーズに設営することが出来た。


「よし、完成! 梶谷君ありがとう。ところで……もうお酒飲んでたの?」


「え? あ、もしかして酒臭かったですか? すみません」


「もう自由時間みたいなものだし、そこは深く追求しないよ。あ、組み立てを手伝ってくれたお礼に一緒に飲んであげようか?」


 思ってもない岩瀬さんの申し入れに、俺は嬉々として歓迎することにした。


「ぜひぜひ! 酒は誰かと飲む方がうまいですからね!」


「なんでそんなに嬉しそうなのかよく分からないけど……。あ、本部の人から氷をもらってくるね」


 岩瀬さんはそう言うと食料を管理しているテントに向かっていった。

 ダンジョン内でもモンスターの魔石を燃料にした冷蔵庫があるらしい。便利な世の中になったもんだな。

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