目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第32話

「今日はありがとうございました!」


「おう、帰り道も気をつけてな。東山さんにもよろしく伝えておいてくれ」


 居酒屋を出た俺たちは美湖ちゃんを最寄り駅まで見送ることにした。

 美湖ちゃんを駅の前まで送り、この後どうするか、という話になっていた。


「あたしはホテルに戻ろうかな。アキュラスの見た目的にも連れ歩くのは世間体的に良くないんでしょ?」


「まあな。俺はせっかくだし近くのバーにでも行ってこようかな」


「マリーもセリーヌたちと一緒にホテルに戻るです。今日は疲れました」


「了解」


 そうして、近くに止まっていたタクシーを拾う。


「岩瀬さんもホテルに戻りますよね?」


「私は梶谷君についていこうかなー。ほら、酔いつぶれたら介抱する人がいないと困るでしょ?」


「え?」


 この前ダンジョンで酔いつぶれた人はどなたでしたっけ? 俺が開放する羽目になりませんか?


「何? なにか言いたいことでもあるの?」


「滅相もございませぬ」


 岩瀬さんは俺についてくるつもり満々のようだ。

 俺は諦めて、近くに止まっていたタクシーを拾いセリーヌたち三人を見送った。


「ほら、梶谷君行こう? お姉さんが案内してあげる」


「いや、岩瀬さんもそんなに詳しくないでしょ……」


 やけに張り切っている岩瀬さんと共に、俺はネットで検索していた近くのバーに向かうことにした。




◇◇◇




 俺たちがやってきたのはダーツやビリヤードなどが置いてあるバー。平日の夜にも関わらず、それなりに人は入っている。

 店内は少し暗めで、所々間接照明でぼんやり照らされている程度だ。


 俺がこの店を選んだのはウイスキーの品揃えが東京トップクラスという口コミを見たからだ。


「賑やかだねー」


「俺もこんなに人がいるとは思いませんでしたよ……。やっぱりネットの口コミ通り人気なのかもしれないですね」


 俺と岩瀬さんはとりあえず空いているカウンターに腰を掛けた。

 岩瀬さんはバーに来るのが初めてらしく、足が地面に付かない高い椅子に困惑していた。


「なんか座りにくいね」


「元々バーは立ち飲みが主流だったみたいですよ。立ち飲みで少しもたれかかれる高さがこれくらいらしいです」


「そうなんだ。なんか不安定で後ろに倒れちゃいそうだよ」


「まあそのうち慣れますよ。岩瀬さんは何を飲みますか?」


 俺はそう言ってカウンターに置いてあったドリンクメニューを岩瀬さんに渡した。

 ダンジョンではウイスキーを飲んでいたが、やはり甘めのお酒の方が好みらしい。

 俺はウイスキーのハイボールを、岩瀬さんは甘めのカクテルとしてクリーム系のリキュールを使ったものを注文した。


 間もなくして、ドリンクが運ばれてくる。


「じゃあ、乾杯」


「乾杯」


 グラスを合わせるとカラン、と軽い音が鳴る。

 俺はハイボールを味わうようにゆっくり飲み始めた。


「このカクテル、とっても美味しい」


「甘くて美味しいですよね。俺も一時期ハマってそればかり飲んでましたよ」


 大学生の時、クリーム系のリキュールを買って牛乳で割ったり、そのままロックで飲んだりと毎日のように飲んでいた。

 ただ、クリーム系のリキュールは劣化が早いため、封を切ってしまうと早めに消費しないといけない。色々な種類の酒を飲みたい俺には合わないな、と感じてからは飲むことは無かった。


「さすがお酒が好きなだけあって色々知ってるよね。ところで肝臓は大丈夫? 肝臓は沈黙の臓器ってよく言うでしょ?」


「あー、そういえば病院なんてしばらく行ってないですね……。一般企業に就職もすれば健康診断なんかがあるんでしょうけど……」


「一応討伐隊にも健康診断はあるよ? 申請を出せばいつでも受けられるんだけど……知らなかったの?」


「え? 初耳ですけど? 岩瀬さん、俺に言ってないですよね?」


「あれ? てっきり支部長から説明を受けてるものだと思ってたよ? えへへ……」


 岩瀬さんは照れながらそう言った。いや、あなた一応俺の教育係でしょ?

 酒が入り、酔っぱらっているようだったので照れて顔が赤いのか、お酒で顔が赤いのかは分からなかった。


「そこそこ大事なことですよ? 俺なんか健康診断で引っかからないわけないんですから」


「それ、胸を張って言うことじゃないでしょ」


 まあ、自分でも飲酒量は抑えないと早死にするかも、とは思っているが医者に言われない限りは今の生活を変えるつもりもなかったからな。


 その後しばらく二人で飲み続け、俺たちはダーツやビリヤードで遊んでみることにした。

 二人でビリヤードをやっている最中、尿意がやってきたので俺はトイレに向かっていた。


「ふう……」


 小便器の前に立ち、用を足しながら大きく息を吐いた。どうやら俺もすこし酔っぱらっているようだ。

 なんか飲んでる最中ってトイレに来ると自分の良い具合分かる気がするんだよな。


 用を足し終え、手を洗って岩瀬さんが待つビリヤード台に向かう。


「ん?」


 なにやら岩瀬さんの様子がおかしい。岩瀬さんの目の前には男二人組が立っているのが見えた。

 二人とも髪を金髪に染め上げた、ガラの悪い風貌だった。


 ナンパだろうか?


 まあ、こういうバーで声を掛けてくる人は結構いる。せっかく二人で楽しんでいたところだし、お暇してもらおう。


「岩瀬さんお待たせしました」


「ん? なにこいつ? え、まじダサ男じゃね?」


 岩瀬さんをナンパしていた男は開口一番、失礼なことを言いやがる。


「お姉ちゃん、絶対こいつじゃなくて俺らと遊んだほうが楽しいって」


「そうそう。俺たちって経験豊富だからさ」


 そう言って二人組は下品な笑い声を上げた。


「結構です。お引き取り下さい」


 そんな二人を目の前に、岩瀬さんは軽蔑するような視線を送り冷たくあしらった。

 元々、断っていたのだろうがあまりにもしつこかったのか、かなり怒っている様子だった。


「まあ、そういうことなんで」


 俺も岩瀬さんにならってビリヤード台から離れようとする。

 しかし、男たちはその態度が気に食わなかったのか俺の腕を掴んできた。


「なんだお前。あまり舐めてるとぶっ飛ばすぞ?」


「俺たち、トップクラスの冒険者だからな。お前なんて一瞬でやっちまえるんだぞ?」


 男たちはかなり怒った表情を見せていた。

 しかし、冒険者と来たか……。まあ、一般人ならそれで怯むのかもしれないな。


「冒険者? まさかー! 酒も飲めなさそうな見た目なのに?」


「え? ちょっと梶谷君?」


 せっかくだから俺はこの喧嘩を買ってやることにした。

 さっき、ドリンクメニューの中に面白いものを見つけてしまったのだ。


「アァ!?」


「お前舐めてるとマジでシバくぞ!?」


「え? もしかして図星? あ、酒雑魚ってやつかー。ま、おこちゃまには酒は早かったかー。うん、それなら仕方ないよね」


 その言葉を聞いた男の一人が我慢できなかったのか、顔を真っ赤にして俺の胸ぐらを掴んでくる。よし、乗ってきた。


「あー、そういえばメニューに面白いものがあったんだよな。なんだっけ? テキーラタワー? 君たち、そういうの飲めないでしょ?」


「もう切れた! ぜってえ潰してやる!」


 そうして男二人組はカウンターに向けて足早に歩いて行った。どうやらテキーラタワーを頼んでくれるみたいだ。


「久しぶりだなー、テキーラ。いっちょやってやりますか」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?