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第33話

「ねえ梶谷君、大丈夫なの? テキーラって度数高いんでしょ?」


「大丈夫ですよ。多分、あいつらの心配をしてあげた方が良いですよ」


 俺がそう言うと、岩瀬さんも安心したのかニコリと微笑んだ。


 男二人組は注文を終え、四人掛けの席にドカッと座り込んだ。かなり気が立っているようだ。機嫌の悪い犬みたいに鼻息が荒い。


 俺たちは二人の前に座る。

 すると、二人組は勝負の条件を突き付けてきた。


「お前、喧嘩を売ったなら俺たちと同じ量を飲めよ?」


「そうだそうだ。俺たちが一杯ずつ飲むんならお前は二杯飲めよ? それがいやならそこの姉ちゃんを置いてとっとと帰れ」


 男たちは相当自信がないのかそんな勝負条件を提案した。本当に酒が強くないんだろうか。


「え? 逆に良いの? 嬉しいなー! 他人の金で飲む酒が一番うまいからな!」


 そんなことを言っていると、店員がワゴンにショットグラスを積んでやってきた。

 手際よく俺たちのテーブルに積み上げていき、六段のテキーラタワーが完成した。


「お待たせしましたー。あ、忠告ですけど……席で吐いたりしたら出禁にしますからね?」


「分かりましたー。ま、そういうことだし早めにギブアップした方が良いんじゃないか?」


「へへへ、負ける前に随分威勢が良いじゃねえか。まあ、お前が潰れた後にしっかり楽しませてもらうからよ」


 男たちはそう言って岩瀬さんの方へ下卑た視線を向けていた。


 当の岩瀬さんは飲み物を飲みながらスマートフォンをいじっている。全然興味が無いようだ。


「じゃあルールはシンプルにするか。一分で一杯、その後インターバル三十秒が経ったらまた一分のカウントダウンがスタート。それで良いか?」


「ああいいぜ。どうせお前が負けるんだ。早くやるぞ」


 そう言って男たちはタワーから一杯ずつショットグラスを手に取った。俺は二杯ショットグラスを手に取る。


「じゃあやるか。よーい……スタート」


 そうして俺はスマートフォンのストップウォッチで計測を始めた。




◇◇◇



そうして二十分が過ぎた頃、男たちは具合の悪そうな顔をしてピクリとも動かなくなてしまった。


「おーい? もうすぐ一分経っちまうぞー?」


「梶谷君、もう明らかに飲めなさそうだよ? その辺にしてあげたら?」


 岩瀬さんは哀れみの視線を男たちに向けながらそう言った。

 まあ、この辺にしておいてやるか。


「そういえばテキーラって美味しいの?」


「うーん、酒自体が美味いかと言われるとなんとも言えないですけど……余ってるんで飲んでみますか?」


 俺はテキーラタワーのショットグラスを岩瀬さんに渡す。

 俺たちが飲んでいたように一気にテキーラを飲み干すと、岩瀬さんは目を見開いて自分の飲み物を喉に流し込んだ。


「――!!! ゲホッゲホッ! こんなのあんなペースで飲んでたの!?」


「テキーラって日本だと飲みゲーとかに使われる立ち位置ですからね」


 高級なテキーラは世界中で人気らしくかなり美味しいらしい。俺は飲んだことが無いけど。


 岩瀬さんの顔が一気に赤くなってしまったので、俺はカウンターに向かって水をもらってきた。


「どうぞ。すこし休んだらそろそろ店を出ますか?」


「ゴクゴク……。うん、そうだね。結構時間も遅くなっちゃったし」


 もうすぐ日付が変わろうとしている。

 俺たちは会計を済ませて、店の外に出た。




◇◇◇




「ふう……だいぶ酔いがまわってきた……」


 店にいるときは実感が無かったのだが、外を歩いていると自分がかなり酔っぱらっていることに気が付いた。

 さすがにちょっと飲みすぎたか。


「もう、だから大丈夫って聞いたのに……。どこかで休憩しようよ」


「いや、大丈夫ですよ。まあ、ちょっと良い覚ましに散歩に付き合ってくれますか?」


 そうして、俺たちは駅周辺を歩くことにした。

 まあ、今の時間営業しているのは飲み屋ばかりなので、ただの散歩になってしまうだろう。


「そういえば岩瀬さんはどうして討伐隊に入ろうと思ったんですか?」


「んーなんでだろう? 自分でもよく分からないんだよね。ただ、他にやりたいことも無かったし」


「でも命を落とす危険性もあるのによく入りましたよね」


 異世界では、他に稼ぐ場所がない奴が集まっているのが冒険者ギルドっていうイメージだった。

 本当に優秀な奴は文官や騎士団の試験を受けるし、鍛冶師や大工に弟子入りする人もいる。ただ、それが出来るのは成人を迎えた人数の七割程度だ。

 そこからはみ出して、冒険者になるしかないって奴の方が多い。まあ、中には悪事に手を染める奴もいたが。


「まあ、やりたいことがないっていうより、やりたくないこともないって感じかな? 一応モンスターから国民を守ることになるからね」


「でも他の人がやりたくない仕事を出来るってすごいと思いますけどね」


「えへへ、ありがとう。褒めても何も出ないよー?」


 嬉しそうにそう言った岩瀬さんは俺の方に体を寄せてきた。

 ……なんかすごい良い匂いがする。


「岩瀬さんも酔いすぎですよ。近いです」


「えー。嬉しくない?」


 俺の方に体を寄せてきた岩瀬さんは上目遣いでそんなことを言ってきた。嬉しいか嬉しくないかで言ったらそりゃ嬉しいに決まってるじゃないですか。


「いや、そういう訳じゃ……」


「じゃあ良いじゃんー。今日のご褒美ってことで」


「まあ……はい」


 何? 岩瀬さんって酔っぱらうと積極的になるキャラなの? いつもの凛としたクールなキャラはどこにいっちゃったの?


 酔いを覚ますために歩き始めたが、今は違う意味で体が火照っていた。

 そろそろタクシーを捕まえてホテルに戻ろうとすると、急に隣を歩いていた岩瀬さんの足が止まる。


「ん? どうかしましたか?」


「……ここで休憩していこうよ」


 岩瀬さんは顔を真っ赤にしながら真っ白な外装の建物を指さした。

 まるで西洋のお城のようなデザインで、入口付近にピンク色にライトアップされた噴水が設置されていた。


 いわゆるラブホテルである。


 いや。いやいや、それだけはダメでしょ。


「何言ってるんですか……?」


「あー、なんか酔っちゃったー。休んでいきたいなー?」


「ダメです。早く帰りますよ」


 俺は平然を装って先を急ごうとした。

 酔った勢いで一夜を共に過ごした、なんてことがあれば翌朝我に返ったときに何を言われるか分からない。


「……じゃあ手を繋いで帰ろ? それともそんなに私のことが嫌い?」


 誘ったことを断られたからなのか、少し悲しそうな顔をして岩瀬さんは手を差し出してきた。いや、そんな顔をされたら俺が悪いみたいじゃん。


「分かりました。早く帰りますよ」


 俺は渋々その手を取った。


「えへへ、ありがとうー」


 するとさっきまでの悲しそうな顔はどこへやら。岩瀬さんはニコニコと微笑みながら足取り軽く歩き始めた。


 女って怖い……。


 心の中でそんなことを思いながら、近くでタクシーを拾いみんながもう寝ているであろうホテルへ向かった。

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