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第34話

「ようやく帰ってきた……!」


 俺は寮の食堂に入り、自分のバーを眺めながらそう呟いた。


昨日ホテルに戻ってからはすぐ自室に戻って休み、東京観光を終えて俺たちは夕方に栃木に帰ってきたのだ。


 あの後は何にも無かった。心からホッとしていた。ええ、少しも残念だとか思ってませんとも。


「まだ他の隊員たちはいないみたいだな」


「そうね、またあの忙しい日々が始まっちゃうのね」


「まあ、アキュラスにも手伝わせるし何とかなるだろ。とりあえずアキュラスはマリーたちに仕事を教えてもらえ。マリーはさっき買ってきた服に着替えさせてくれるか?」


 観光中は忘れていたのだが、バーが忙しいことを思い出した俺は猫の手も借りたい思いだったのでアキュラスも働かせることにした。


 首輪のことを突っ込まれるのを危惧したので、俺はショッピングモールのコスプレ専門店に寄り、子供用のメイド服を買ってきたのだ。

 中性的な顔立ちだし、コスプレが趣味ということで話を通すつもりだ。


「分かったです。アキュラス、付いてくるです」


 マリーはアキュラスを連れて自分の部屋に向かっていった。


 そうして、残ったセリーヌと共に俺は食堂内の清掃から始めることにした。




◇◇◇




「タイチ、ハイボール三つと麦焼酎の水割りが一つです」


「こっちは中ジョッキが四つよ。他の人も待ってるから急いで」


「分かってるよ! とりあえずさっきの注文分持って行ってくれ!」


 俺はカウンターの上に準備していたドリンクをマリーとセリーヌの二人に頼んで、すぐに今入った注文分のドリンクを作っていく。


「アキュラス。グラスが少なくなってきたからなるべく早く洗い物を済ませてグラスを拭き上げてくれ」


「わ、分かったよ……。勇者、聞いてた話と違うよね? 満席だし、外にもまだ待ってる人がいるじゃん」


「俺も想定外だよ……。とりあえず今は目の前のことを片付けないと……!」


 なぜか今日はいつもの数倍の隊員が食堂を利用していた。初めて見る顔の隊員が多い気がする。


 俺たちがせわしなく動いていると、見知った顔の男性が近づいてきた。


「あれ? 東山さん?」


「よっ! なんか忙しそうだな」


「見ての通りでてんやわんやですよ。なんか急に人が増えてしまって」


「ん? 支部長から聞いていないのか? 栃木の方でもダンジョンスポーンが起こって他の県から隊員が派遣されたんだよ。俺もその調査に参加しているから今は寮生活なんだよ」


 東山さんはそう言ってカウンターの空いている席に腰を掛けた。

 ビールが飲みたいと言ったのですぐに中ジョッキにビールを注いで提供した。


「ダンジョンスポーンですか?」


「ああ、ネットニュースにもなってたはずだぞ?」


 東山さんはまさか知らないのか、と言いたげに首を傾げていた。

 最近ネットニュースを見る機会が無かったからな……。


「とりあえず詳しい話後で聞かせてください」


 俺は東山さんにそう言うと、再びドリンク作りに戻った。

 まずは仕事を片付けなければならない。


 しばらく経って、食堂を利用する隊員が少なくなってきたところで、俺たちは一旦休憩することが出来た。


「つ、疲れたです……」


「もう動きたくないわ……。あんた、なんか飲み物用意してよ」


「自分で用意してくれ……」


 俺たちはカウンターの中に置いてある椅子に座り込み、四人揃って天を仰いだ。ダンジョンにいるときより疲れるって何事だよ。


「そういえば東山さん、さっき忙しくて聞きそびれましたけど栃木にもダンジョンスポーンが発生したって本当ですか?」


「ああ。ただ、スライム系のモンスターがちょこっと出て終わっただけなんだ。東京の動物園で起こったダンジョンスポーンと同じ状況で、中の魔力が空になっている魔石が発見されたんだ」


「そうなんですか。実は俺たち、ちょうど動物園にいたんですよ」


 俺は事の顛末を説明した。

 東山さんは東京で起こったダンジョンスポーンに関してはまだ詳しく聞いていなかったそうだ。


「まさか人為的にダンジョンスポーンを発生させた可能性があるとは……」


「まだ仮定の話ですけどね。東京本部の方で魔石の解析をしている途中です」


「それが本当ならまずいな。一般人が大勢いる場所で意図的にダンジョンスポーンが発生させたら大きな被害が出るし。俺の妹も上野動物園に行ってたと知った時には気が気でならなかったよ。まあ、梶谷君たちがいたと知って安心したけど」


「ああ、美湖ちゃんですか?」


 俺が美湖ちゃんの名前を出すと、東山さんは大きく目を見開いた。

 やはり美湖ちゃんは昨日のことを東山さんに連絡していないみたいだ。


「昨日園内で話す機会があった時に、東山さんの妹だって分かったんですよ」


「そうだったのか。あいつ、まさか自分の魔法を使ってたんじゃないか?」


「え?」


 急にそんなことを尋ねられた俺は肯定も否定も出来なかった。

 しかし、東山さんは俺のその様子を見て色々察したようだ。


「あいつ、昔から無鉄砲なところがあってさ。冒険者になったことも誰にも言わないし」


「……知ってたんですか?」


「ああ。あいつはまだ俺にバレていないと思っているみたいだけど。妹の行動範囲を把握するのは兄として当然のことだからな」


 東山さんは胸を張るようにそう言った。

 それ、一歩間違えたらストーカーになると思うのは俺だけか?


「止めなくて良いんですか? 昨日、結構危ない場面を助けたんですよ?」


「東京内の一般開放されているダンジョン程度なら問題ないと思っていたんだよ。まさかダンジョンスポーンに巻き込まれるなんて思わなかった。明日東京に行くことになってるからちょっと家族会議を開いてくるよ」


 そうしてジョッキの中のビールを勢いよく飲み干した東山さんはお金を払って食堂から出ていった。

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