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第35話

 栃木に帰ってきてから一週間が経った。

 他県から来ていた遠征組も調査が終わってそれぞれの支部へ帰っていき、忙しさは元に戻った。まあ、それでも忙しい事には変わりないんだが。


 バーに用意していた酒が無くなってきたこともあり、俺は本田さんに酒を発注した。また開店前に運んでくれるというので、俺は寮の前で本田さんを待っていた。


 しばらく待っていると大きいワンボックスカーがやってくる。


「おう兄ちゃん! 毎度さん!」


「おはようございます本田さん。忙しいのにすみません」


「ハハハ! 良いってことよ!」


 そうして俺と本田さんは二人で手分けしながら注文していた商品をバーに運び込んだ。

 商品を運び終えて一息ついていると、本田さんが細長い木箱を手に俺の元にやってきた。


「ほらよ。例のウイスキー。市販されることになったんだ」


「え! マジですか!」


「まだ大量生産には至ってないけどな。一番最初の市販品ってことで製造番号が入っているんだ。ナンバー1は兄ちゃんに届けてくれって頼まれてたんだよ」


 受け取った木箱を開けると、中には神木、と書かれたボトルのウイスキーが入っていた。ボトルと木箱の両方に製造ナンバーの1が刻印されている。


「絶対日本を代表するウイスキーになりますよ!」


「そうだな、俺もそう思う。そういや兄ちゃん、今度休日とかって無いのか?」


「え? まあ取ろうと思えばいつでも取れますけど……」


 話を聞くと、どうやらこのウイスキーを製造している神木蒸留所に見学に来て欲しいと言われたみたいだ。

 蒸留所の代表者は神木さんというらしいのだが、玉ヶ門大麦の採集してくれたのを本当に感謝してくれてるそうだ。


「もちろんお邪魔させてもらいます!」


「兄ちゃんならそう言うと思ったよ。神木はいつでも良いって言ってた。事前にいつ行くって連絡しとけば準備しておいてくれるはずだぞ」


「分かりました。今度休みを作って行ってきます」


 酒に目が無い俺だが蒸留所を見学したことは一度も無かった。神木蒸留所は福島県にあるらしい。

 来週くらいに店を休んで行ってくるか。


 突然の吉報に俺は喜びを隠しきれず、鼻歌を歌いながら商品を片付けていった。




◇◇◇




「ここが神木蒸留所か……?」


 新幹線に乗り、福島駅からタクシーを拾って一時間ほど走った。

 周りは農村が広がり空気が綺麗な農村地域。その中に石垣が施されている塀で囲まれた建物がポツンと建っている。入口も寺院のような豪華な門が設置されていた。


 場所を間違えたのではないかと少し不安になるのだが、入口にはたしかに神木蒸留所と彫られた木製の看板が掲げられている。


「あれ? もしかして梶谷さん、ですか?」


 俺が入り口付近で様子を窺っていると、四十代と思われる男性が門を開けて声を掛けてきた。

 和服を身に纏い、髪は白髪交じりの短髪だ。


「あ、はいそうです。今日、神木蒸留所を見学させていただくことになっていたんですが……」


「ようこそいらっしゃいました。私が神木蒸留所代表、神木大善と申します」


 神木、と名乗った男性はそう言ってぺこりと頭を下げた。


「あ、あなたが神木さんですか。梶谷といいます。本田さんには普段からお世話になってまして」 


「本田は古い友人なんですよ。遠いところいらしてお疲れでしょう? まずは中で休んでください」


 そう言って門を開き、神木さんは蒸留所に入っていく。俺もそれに続くようにして蒸留所の中に足を踏み入れた。


 蒸留所の中は日本庭園のようで、正直酒を造っている場所とは思えなかった。


「すごくきれいな場所ですね……」


「私がこういう雰囲気が好みでしてね。詫び寂び、というのは美しいものですよ」


 俺は正直工場のような蒸留所をイメージしていた。しかし、神木さんの言うことは理解できる。空気も澄んでいて深呼吸すると心が落ち着く気がする。


 その後、俺は神木さんに案内されて瓦屋根の平屋に入った。どうやらここが神木蒸留所の事務所となっているらしい。


「実は梶谷さんに飲んで欲しいものがあったんですが……日中からお酒を飲むことに抵抗は?」


「いえ、全くありませんよ」


「それは良かった。今お持ちしますから」


 そうして神木さんは透明なボトルを二本持ってきた。

 どちらも無色透明で、ウイスキーではないのだろうと予測できた。


「これは……?」


「焼酎です。ウイスキーの次は焼酎に挑戦していまして。今のところ麦焼酎と芋焼酎だけですが……」


 神木さんはそう言いながらテイスティンググラスに焼酎を注いだ。


「まずは麦焼酎からストレートで試していただけますか?」


「はい、ありがとうございます……結構フルーツっぽい香りですね」


 俺はまず香りを楽しんでから焼酎を口に少し含む。青リンゴや南国系果実のような香りが感じられ、余韻はかなりすっきりといった印象だ。


「うまいですね」


「そう言っていただけると嬉しいです。芋焼酎の方もどうぞ」


 それから水割りやロック、炭酸割りなどで焼酎を楽しんだ。かなりレベルが高いと感じる逸品だったが、神木さんが納得する味には至っていないらしい。


「これだけのものを作ってまだ完成じゃないなんて……お酒作りは奥が深いんですね」


「上を目指すときりがありませんが、自分たちができる最高のお酒を作りたいんです。では蒸留所の中も見学なさってください」


 そうして俺は真っ白な食品加工用の作業着に着替え、消毒を済ませて蒸留を行っている工場に案内された。


「ここではウイスキーの蒸留を行っています。ポットスチル、単式蒸留器とも言いますが

、伝統的な手法で作成しています」


「実物は初めて見ましたよ」


 動画などでウイスキー作成の過程などは見たことがあったのだが、実物で見ると迫力が違う。


「蒸留が終わったウイスキーは隣の貯蔵庫で熟成されます。『神木』の長期熟成にも挑戦中です。うちはまだできて日が浅い蒸溜所ですが、いずれは世界的な蒸溜所に、という目標があります」


「応援しますよ。ダンジョン産の素材が欲しければいつでも言ってください」


 そうして、俺と神木さんはふたたび事務所へと戻ってきた。

 机の上に残っていた焼酎のボトルを見た時にふと神木さんに尋ねてみたいことを思いついた。


「そういえばこの焼酎の原材料は何なんですか?」


「麦は北海道産、芋は鹿児島産のものを使用しています」


「あれ? 麦は玉ヶ門大麦じゃないんですね?」


 てっきりこれもダンジョン産のものを使用しているかと思っていたので意外だった。


「玉ヶ門大麦も原材料としては高価なものですから。まだ焼酎自体も試作段階ですからそこまで費用が掛けられないんです」


「お試しってことですか……。でもどちらも美味しかったですよ。ダンジョン産の材料を使ったものもいつか飲んでみたいですね」


 俺がそう言った時、神木さんは何かを思いついたように手をポンと叩いた。


「よろしければ梶谷さんが焼酎作りをやってみませんか?」


「え? 俺がですか?」


「もちろん、製造などは私たちで行いますが、コンセプトや原料の指定は梶谷さんの方で行えばよろしいかと。ダンジョン産の原材料の採取は梶谷さんの独壇場でしょう?」


「……面白そうですね」


 酒造には免許がいるが、スポンサーのような立ち位置で神木さんにお酒を作ってもらう分には免許はいらない。


「ぜひやらせてください!」


 こうして俺と神木蒸溜所の焼酎共同制作がスタートすることになった。

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