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第36話

 俺が神木蒸溜所に訪れてから半年が経った。


 週に一度休日を作り、焼酎の原材料になりそうなものを見つけるために全国を飛び回っている。


 これといった原材料が見つかっていないのが現状だが、新しい目標が出来たことでまいにち楽しく過ごしている。


 まあ、忙しさは以前より増してしまったのだが、酒のために忙しくなる分には構わないと思った。


 俺はネットで全国のダンジョンの情報を見ながら、バーでウイスキーをちびちびと飲んでいた。


 時刻は午後七時。

 そろそろ忙しくなってくる時間帯だ。


「梶谷君ー」


 俺が椅子から立ち上がって背筋を伸ばしていると、岩瀬さんが俺の方に手を振りながら食堂に入ってきた。


「あれ? 今日は早かったですね?」


「今日は何もトラブルが無かったからねー。毎日毎日トラブルが続いてたら参っちゃうよ……」


「栃木のダンジョンもかなり冒険者が増えてきましたからね。人が増えればトラブルもその分増えていきますよ」


 この半年で日本のダンジョンを取り巻く環境は大幅に変わってしまった。


 まず、東京のみに限られていた冒険者の活動が全国的に解禁された。

 位置付けとしてはフリーランスの討伐隊員、というものみたいだ。

 そのため、討伐隊ギルドには冒険者も訪れることが多くなっていた。


「討伐隊ギルドにクレームが入ることが増えてるみたい。討伐隊ギルド経由で依頼を受けた冒険者の依頼成功率が少し低いらしいの」


「じゃあ冒険者の尻拭いを討伐隊員が?」


「まあ冒険者の中にも優秀な人がいるから、討伐隊員が冒険者の依頼を再受注、っていうのは多くはないけど……ゼロじゃないってのも問題だよね」


「依頼した企業なんかはたまったもんじゃないですよね」


 ダンジョン産の素材や魔石を活用した魔道具などを作成している企業としては、今まで討伐隊ギルドが人手不足で需要が供給を上回っていたのを冒険者が補えると最初は大喜びだった。

 蓋を開けてみれば現実はそう甘くない。

 今まで簡易的なダンジョンのみ許可されていた冒険者では、まともに素材採集が出来ない依頼の方が多かったのだ。


 冒険者の事故を減らすため、現在はダンジョンごとにクラス分けがされており、一級から五級に分かれている。

 例えば、三級ダンジョンは討伐隊員でいうと三級隊員のチームが安定的に攻略できる、と判断する。

 当然、ほとんどの冒険者は五級か四級止まりになっている。


「まあ、今の状況なら討伐隊員の仕事が取られることも無さそうですね」


「そうだね。ただ、新入隊員が減っているのも事実だからその辺は何とかしてほしいよね」


 そうして岩瀬さんはいつも飲んでいるフルーツ系のカクテルを注文して、カウンターで食事を取り始めた。


 そういえば他の隊員も冒険者とトラブルになったことがあると話をしていたな……。俺も今後気をつけておくか。




◇◇◇





 週末。

 俺はセリーヌたちを連れて毎週恒例となったダンジョン攻略にやってきていた。


 今週は鹿児島南部にある三級ダンジョン、爽坑ダンジョンにサツマイモ系の素材があるとの情報を手に入れたのだ。


 ダンジョンには情報通り、皮が真っ赤なサツマイモが自生していた。爽抗芋、と呼ぶらしい。

 俺たちは手分けして爽抗芋を採集し続けた。

 朝から半日ほど経ち、俺はキリが良いところで地上に戻ることにした。


「よーし、そろそろ帰るかー」


 近くで芋掘りを続けていた三人に俺は声を掛けた。

 三人とも、慣れない農作業に苦戦し疲れているようだった。


「はあ……。疲れたです……」


「なんでそんな元気なのよ?」


「そりゃ自分の酒の為だからな。いくらでもエネルギーは湧いてくる」


「ほんとあんたって酒のことになると別人よね……」


 セリーヌは呆れるようにそう言いつつ、採集した爽抗芋を空間魔法で収納していく。


「じゃあ帰るか」 


「ボクお腹空いたよー……。勇者、なんか食べて帰ろう?」


「そうだなー」


 せっかく鹿児島まで来たんだからご当地グルメでも食べてみたいな。ラーメン? 鰹? 車海老なんかも有名だったか?


 なんにせよ、酒が進むに違いない。

 俺は夕飯のことを考えながら、ウキウキで地上に向かっていた。


 そうして上層まで登り、あと数十分で地上に到着するというところで、モンスターと戦闘している冒険者と鉢合わせした。


 戦っているのはグランタイガーと呼ばれるトラのようなモンスターで、隊長は三メートルほどだ。

 冒険者の様子を見ていたところ、特に焦っている様子もない。


 珍しくそれなりに経験を積んだ冒険者なのかもな。


 あいにくこの場所は一本道のため、地上に戻るにはここを通るしかない。

 戦闘の邪魔をしてはいけないと思い、俺たちは戦闘が終わるまで少し離れた場所で見守ることにした。


 数分が経ち、グランタイガーをもう少しで討伐できるという時、グランタイガーは冒険者から逃げるように駆け出した。


 俺たちがいる方に向かって。


「くそ! 逃がすか!」


 冒険者の一人が焦るようにグランタイガーを追いかけるが、もうすでに俺たちの目の前まで来ている。


 仕方ないか。


 俺は背中に背負っていた両手剣を構え、こちらに駆けてくるグランタイガーに一太刀浴びせた。


『グガ?』


 体を両断されたグランタイガーは断末魔を上げる間もなく、地面に伏してしまった。


「横取りしたみたいで悪いな。素材はいらないから好きなようにしてくれ」


 ようやく通路が通れるようになったため、俺たちは真っ二つになったグランタイガーを置いて歩き始めた。


「ちょっと待った」


 しかし、冒険者の一人、少し長めの髪を後ろに結った色白の男が俺たちを呼び止めた。


「俺は『永世騎士団』っていうクランを組んでいる大坂って者だ。その実力を見るに、あんた討伐隊だろ?」


「ああ、そうだが……」


 クラン? なんか企業から直接依頼を受けている集団だって耳にしたことはあったが……。


「結論から言う。あんた、うちに入らないか?」


「クランに? いや、遠慮しておく」


「うちには討伐隊出身のやつも多いし、その時よりも多くの報酬を渡せるが……それでも入らない、と言うのか?」


 大坂と名乗った男はまるで変なものを見る目で俺のことを見てきた。

 いや、そんなにこの話を断るのがおかしいみたいな顔をするなよ。


「あいにく俺は自由気ままに暮らすのが性に合ってるんだわ。お前らのところに行った元討伐隊のやつは何級だ?」


「元々四級、三級のやつらだ」


「そうだろう? 俺、一応これでも二級なんだわ。別に金に困ってるわけでもないしな。じゃ、そういうことで」


 俺はそう言ってその場を後にした。


 しばらく歩き、大坂達の姿が見えなくなったところでセリーヌが話しかけてきた。


「あれ、いわゆる引き抜きってやつだよね?」


「そうだな。ダンジョンにいる討伐隊員に片っ端から声を掛けてるんじゃないのか?」


 しかし、大坂の言葉で一つ気になった点がある。

 あいつのクラン……永世騎士団には元討伐隊員が多いというような話をしていた。

 真実かどうかは分からないが、もしそれが本当だとしたら討伐隊ギルドは人手不足に拍車がかかってしまうだろう。


 帰ったら支部長にでも話を通しておくか。

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