目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第37話

 栃木に帰った俺は三人を寮に送り届けてから一人で栃木第一支部に向かった。


 中に入り、受付で書類仕事をしていた依頼担当の早見さんに声を掛ける。


「こんばんは早見さん」


「あ、こんばんは梶谷さん。あれ? 依頼を受けに来たんですか?」


「いや違うんです。ちょっと支部長に話があって」


「そうですか。一応今連絡してみますね」


 そう言うと早見さんは内線で支部長に電話を掛けた。

 電話中に俺の方に向けてオーケーサインを出した。どうやら支部長室に行っても良いみたいなので、俺は早見さんに頭を下げて支部長室に続く階段を昇る。


 支部長室のドアをノックすると、中からどうぞ、と支部長の声が聞こえた。


「失礼します」


 中に入ると支部長は自分の机に向かい書類仕事をしている最中だったようだ。

 仕事を切り上げた支部長は客用のソファに腰を掛け、俺にも座るように促した。


「どうも梶谷君。それで話というのは?」


「実は今日鹿児島の爽坑ダンジョンに行ってきたんですけど、そこでクランを運営しているという冒険者からうちに来ないかと言われまして……」


 俺がそう言うと、支部長は目を見開いて俺に詰め寄ってきた。


「まさかクランに入りたいっていうことか!?」


「え? いやいや、入りませんよ。俺はバーと酒作りで忙しいんですから」


「そ、そうか……良かった」


 支部長は俺の言葉を聞いて安心したようにソファに座り込んだ。


「心配しないでください。辞める気はありませんよ」


 何だかんだで仕事量も他の隊員と比べるとかなり少ない。バーの運営を除けば、の話だがそれは趣味みたいなものなので現段階では大きな不満はない。


「そういえばそのクラン……『永世騎士団』の代表という男が言ってたんですけど、討伐隊員が多く在籍してるとか。いわゆる引き抜きですよね?」


「そうか……やはり全国的に討伐隊員のへの引き抜きが横行してるようだな」


 支部長は頬に手を当てながら険しい表情を浮かべた。


「全国的にって、栃木でもあったんですか?」


「五級、四級隊員の引き抜きが多いんだ。三級以上になれば報酬も高いし、今以上の報酬を用意する財力は無いんだろう。ただ、それも現段階では、の話だがな……」


 噂程度の話ではあるが、今魔道具製作を行っている企業もクランを立ち上げて、モンスターの素材を自社で採集しようとしているらしい。

 魔道具制作で急成長した企業の財力はかなりのもので、本気になれば二級隊員だろうが今の数倍の報酬を用意することができるだろうというのが支部長の見解だった。


「それ結構不味いですよね? 討伐隊ギルドの人手不足が進んでしまいますよ」


「今東京本部もそれの対応に忙しいみたいだ。ったく、どうして全国的にダンジョンの一般開放を進めたのか理解できん。どうせ利権が絡んでいるんだろうけどな……」


「東京本部はどういう対策を取るんですかね?」


「分からん。ただ、討伐隊ギルドにしか出来ないという付加価値が必要になる。今の冒険者は五級、四級ダンジョンの攻略が主になっているからな。今の内に一級、二級ダンジョンを安定的に攻略できる隊員の育成が必要だ。一級、二級ダンジョンは未だ攻略がほとんど進んでいない。より高価値の素材が採集できるなら隊員への報酬もかなり引き上げられるし、引き抜きの抑制にもなるはずだ」


 そう言った支部長は急に立ち上がり、自分の机の方へ向かっていった。

 引き出しからファイルを手に取ると、再び俺の向かいのソファに座り込んだ。


「そのうち君に話しておこうと思ったんだが、新しい仕事を任せたいんだ」


「え? また仕事が増えるんですか?」


 どんどん俺の仕事が増えていくじゃないか。

 その気持ちが顔に出てしまったのか、支部長は苦笑いを浮かべた。


「そう嫌な顔をするな。今たまに依頼を受けてもらっている時間を別の仕事に充てるだけだ」


 支部長はそう言って俺に書類が入ったを渡してきた。


「見ても良いですか?」


 俺のその問いに支部長はコクリと頷いた。

 そうして俺はファイルに挟まっていた書類を読み込んでいく。


 書類の概要は主に新入隊員の昇級率や依頼の成功率などのデータが多く記載されていた。

 他にも各隊員のスキルやモンスターの討伐数も事細かに記載されており、正直一隊員の俺が見て良いような資料じゃないと思った。


「これ、俺が見て良い書類じゃないんじゃ……?」


「心配ない。次の仕事に必要なデータだからな。簡単に言うと、君に頼みたい仕事というのは隊員の育成だ。君に、というよりはマリーさんやセリーヌさんにも是非お願いしたい」


「まあ仕事が増えないっていうなら別に構いませんけど……マリーはともかくセリーヌや俺は人に教えることは得意じゃないですよ?」


 セリーヌは口が悪いし、俺も感覚的に戦闘を行っている部分も多い。それを他の隊員に言葉にして教えなければならないというのは正直不安だ。


「そこはギルドの方でもサポートする。それに二級隊員の中には付け上がっている隊員もいるからな。絶対的な強さを見れば自分たちの力が未熟だと気が付いてくれるだろう」


「じゃあ隊員の育成が上手くいったら報酬も大幅増額でお願いします。あ、ついでに食堂の改修でもしてくださいよ? めっちゃ豪華な感じで」


 この前は遠征組が泊まりこんでいるというイレギュラーだったが、食堂のキャパシティーはギリギリになることが多い。


 食堂を広くするついでに高級ホテル並みの内装にすればより仕事にも精が出る。


「そうだな……一級隊員が五人も出たら検討しても良いだろう」


「言いましたね? 今の内から増築予算の申請でも本部に出しておいてください」


 そう言い残して俺は支部長室を後にした。


 さて、話を勝手に進めてしまったがマリーたちにもこの事を伝えないとな。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?