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第38話

「……ということでお前たちにも教官を務めてもらうことになりましたー」


 寮に帰った俺は、開店準備を行っていたマリーとセリーヌに隊員育成の仕事が始まることを伝えた。


「勝手に話を進めないでよ!」


「そうですよ。いつもタイチは後先考えずに行動するです……」


 まあ、勝手に仕事を増やすと当然こうなる。


「まあまあ落ち着けって。これが上手くいったら色々頼めるようにしておくからさ。それにこのまま隊員が減っていったら経営難で俺がリストラされるかもしれないだろう? そうなればお前らは大好きなスイーツ巡りやキャンプも行けないんだぞ?」


「それは……」


「困るです……」


 二人はそう言って困った表情を浮かべていた。

 一応、マリーとセリーヌは俺の報酬から湯水のように金を使っている。言い方は悪いが金食い虫だ。

俺がクビになるかと言われたら可能性は低いだろうが、協力してもらうためにも話は大げさに言う必要がある。


「別に魔法をちょちょい、と教えるだけだしそんな大変な仕事じゃないって」


「はあ、分かったわよ。それで? いつからその仕事が始まるの?」


「今支部長の方で隊員育成専用の施設を用意しているらしい。来月くらいから始められたら良いな、って感じだ」


 渋々ではあるが、二人は了承してくれた。

 これで魔法使いなどの後衛は完璧だろうが、前衛を担当するのが俺だけじゃなあ……。


「勇者ー。ボクのゲームなんか調子が悪いから見てくれない?」


 その時、アキュラスが困ったように携帯用ゲーム機を持って俺に話しかけてきた。


「……そういやお前って魔法だけじゃなくて武器も使えるんだっけ?」


「え? まあ基本的になんでもできるけど……。それよりも僕のゲーム……」


「よし、お前も手伝え」


 身近に気軽に使える奴がいたのを忘れていた。

 これで人員は完璧だろう。報酬増額の為にも栃木第一支部を全国一の討伐隊ギルドにしてみせる。





◇◇◇




 そうして一カ月が過ぎ、無事に隊員育成用の施設が用意された。

 丁度良い居抜き物件が無かったそうで、寮の近くにあった空き地に専用の施設を建設してしまったそうだ。


 一カ月で建物が建つのか、と疑問に思ったが土魔法による建築で大幅な工期短縮が実現しているらしい。建築費用は高いようだけど。


 施設は簡単に言えば学校の体育館のようなものだ。

 訓練を行う訓練場には事務所や武器庫、簡易的な食堂などが併設されている。

 ただ、かなり広いのと、耐衝撃性に特化した作りになっているそうで壁の厚さは十メートルほどらしい。

 厳重すぎないか?


「じゃあ、今日から育成の方を頼む」


 支部長と俺たち四人は施設に併設された事務所のようなところで今後の育成計画を練っていた。


「まずは今月入隊することになった新入隊員の十名を頼む。理想としては今年中に四級ダンジョンを安定的に攻略できれば御の字だな」


「今年中って……今六月ですよ? あと半年で?」


 まだ育成を始めていないとはいえ、他の隊員が一年近くかかって五級から四級に昇級しているという話を聞いていた俺は少し驚いてしまった。


「理想は、だからな。まあ、今後も新入隊員は増えていくからな。早いうちに効率の良い育成方法を確立しておくことが重要だ。必要なものがあれば申請してくれ」


 そう言って支部長は予算申請用の書類を渡してきた。

 今は何が必要なのかも分からないから、これは後回しで良いか。


「ところで……その子、アキュラス君だったか? 親戚の子供って言ってなかったか? アキュラス君も教えるのか?」


「ええ、まあ。こいつもそこそこ戦えますから」


「任せて!」


 アキュラスは力こぶを作るように袖をまくり上げて筋肉をアピールした。まあ、細い色白の腕なんだけど。


「……大丈夫か?」


 その様子をみた支部長はかなり不安げに俺に尋ねてきた。

 見た目はまじで子供だもんな。


「大丈夫です。こいつ、俺がぶん殴ってもピンピンしてますから」


「ピンピンはしてないよ!? 普通にケガするよ!?」


「……梶谷君に殴られてケガをする程度で済むなら心配いらないな」


 まさかこんな子が、と言いたげな表情を浮かべていたが、支部長はそう言って討伐隊ギルドに帰っていった。


 しばらく事務所で待っていると、ようやく新入隊員がやってきた。

 十人全員揃っているようだ。


「おはよう。今日から君たちの育成を担当することになった梶谷だ。ここにいるマリー、セリーヌ、アキュラスも教官を務めることになるのでよろしく」


「「「よ、よろしくお願いします……」」」


 まさか女子供に教わるなんて、という表情がもろに顔に出てしまっているが、百聞は一見に如かず。実力を見てもらった方が教官役に相応しいことくらい分かるだろう。


「まずは君たちに目指してもらう指標として俺たちの戦闘をまとめた動画を見てもらう。すぐに出来るようにはならないがゆくゆくはこれを目指してもらうから、そのつもりで」


 そうして俺は隊員たちを座らせてプロジェクターを起動した。

 俺が見せた戦闘動画は一級ダンジョンの下層での戦闘動画だ。内密に撮影したので誰にも知られてはいないが、まだ誰も到達したことのない階層だ。

 もちろん、出現するモンスターもかなりの高レベルで、俺たちでもかなり気を引き締めなければならない。


 動画ではゴブリンジェネラルの大群を相手に戦う俺たちの姿が映し出された。


「これがゴブリンジェネラル。レベルとしては討伐隊ギルドの二級隊員の三人から四人のチームが安定して討伐できる、くらいだ。一体を相手に、だが」


「え? 一体……?」


「これ、何十体とも戦ってるよな……?」


 俺の説明を聞いた新入隊員たちは隊員同士で顔を見合わせると首を傾げていた。


「ああ、あらかじめ言っておくが合成でも何でもない。君たちにはこの程度のモンスターはソロで瞬殺できるようになってもらう」


「「…………え?」」


 こうして、俺の新入隊員育成がスタートすることになった。

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