育成が始まって一週間が経った。
魔法系の担当をしているマリーとセリーヌはそれほど大変じゃないと言って、文句も言わずに訓練に付き合っていた。
「岡! そんなに槍を振り回すな! 狭い空間で槍を扱う癖を付けろ!」
「はい!」
アキュラスを相手に模擬戦を行っていた岡は、まだ癖が抜けきっておらず、時折俺に叱られることがある。
ただ、センスは抜群なので順調にいけば討伐隊ギルドのトップクラスに食い込むことはできそうだ。
「よし、そこまで。じゃあ次は村上いくか」
「オス!」
問題は村上だ。
いかんせんパワーだけに頼っている戦闘スタイルなので、不意打ちなどにはめっぽう弱い。
村上が大剣を振りかぶってアキュラスに攻撃を加えたが、アキュラスはパリィを発動した。村上は大剣を離すことは無かったが、後ろに大きく仰け反ってしまった。
「ストップストップ!」
このままじゃダンジョン内で死んでしまうのでは、と思ってしまう。
俺は武器庫に行ってある武器を持ちだした。
「村上、ちょっとこれを練習してみるか」
「短剣が二つ?」
俺が用意したのは反りが入った刀身をもつショートソード。
異世界では双剣、なんて呼ばれていた。
「村上、はっきり言うがお前は馬鹿だ」
「え……?」
そんな初めて言われたみたいな顔をするな。多分昔から言われてきただろう。
「一度に二つのことが出来ないなら、防御は諦める必要がある。攻撃は最大の防御って言葉もあるし、攻撃をする暇も与えずに倒し切る戦法で行け」
攻撃を受けなければ防御する必要も無いからな。
そうして俺は村上に双剣の素振りからやり直させることにした。
しばらく訓練を続け、ふと時計を見るとすでに夕方五時をまわっていることに気が付いた。
やべ、そろそろ店の支度も始めないと。
「今日はこの辺にしておくか。村上は寮でも時間があるときに素振りをしておけ。体に馴染むのが早くなるからな」
「了解しました!」
村上は鼓膜が破れるほど馬鹿でかい声で返事をした。
うん、お前は声だけは一人前だな。
「おーい、そろそろ帰るぞー」
俺は魔法を教えているセリーヌとマリーにも声を掛けた。
二人ともオーケーサインを出して、訓練に使用していた的などの片付けを始めた。
「あの、梶谷教官……」
「ん? どうした熊谷」
そうして皆が訓練所から出て戸締りをしていると、俺の後ろで熊谷が不安そうな表情を浮かべていた。
身長が140センチ代前半と小柄なので、怯える小動物にも見えてしまう。
「あの、本当に私はタンクとして戦えるんでしょうか?」
「なんだそのことか。心配するな。スキルってのは案外自分が思っているよりも優秀なものだ。それに毎日訓練を頑張っているだろう?」
「でも、やっぱりモンスターと戦うってことに実感が湧かないというか……」
「来月には嫌と言ってもダンジョンに連れ出すつもりだし、今から不安になっていても仕方ないと思うぞ?」
「え、もうダンジョンに行くんですか……?」
いや、討伐隊員がダンジョンに行かないでどうするんだよ。
熊谷は来月ダンジョンに行くと聞くと顔を真っ青にして俯いてしまった。
「最初は五級ダンジョンからだし、上層のモンスターはかなり弱いぞ?」
「梶谷教官にはどのモンスターも弱く見えるんでしょうけど……」
そんなことはない……と言いたいところだったが、最近強いモンスターに出会った試しがないな。
「ほら、危ない時は俺が助けてやるからさ。熊谷も今日はゆっくり休め」
俺は熊谷を半ば強引に送り出し、訓練所の戸締りを続けた。
うーん……来月にはそれなりに戦えるようになっているはずだけど、新入隊員達はモンスターと戦った経験がないから実感が湧かないのかもな。
◇◇◇
「アキュラス、ゲームばかりやってないで皿洗いをやってくれ」
「え? ああ、結構溜まったんだね」
携帯ゲーム機に夢中になっていたアキュラスは洗い場に溜まった食器を見ると、ため息をついて椅子から立ち上がった。
相変わらず、俺のバーは忙しい。
ただ、以前よりも人数が減っているような気がする。やはり、クランの引き抜きがあって低い階級の隊員が少なくなっているのかもしれない。
「うちの新人たちが活躍すれば討伐隊ギルドの未来は明るいのにな……」
「新人? 誰の事だ?」
「うわっ! びっくりした……いきなり声を掛けないで下さいよ、東山さん」
俺が考え事をしていると、いつの間にか目の前の席に東山さんが腰を掛けていた。
「ハハハ、悪いな。それで新人っていうのは?」
「ああ、実は……」
俺は東山さんに新人育成を頼まれていることを話した。
東山さんもクランからの引き抜きが全国的に起こっていることは耳にしていたらしい。
「今の内に手を打っておかないと冒険者ギルドも危ないかもな」
「新人が入ってこないとこなせる仕事量も限られてきますからね」
「それより梶谷君が新人育成か……。こりゃ俺の立場も危ういかもな」
「そんなすぐには育ちませんよ。それより東山さんが飲みに来るなんて珍しいですよね? 何かあったんですか?」
「実は梶谷君にお願いがあったんだよ。うちの妹……美湖のことなんだが、どうやら三級ダンジョンに挑戦したいみたいなんだ」
「三級ダンジョンに? それは結構危険なんじゃ?」
三級ダンジョンは討伐隊ギルドでも中堅の隊員が入るようなレベルだ。以前の美湖ちゃんのレベルなら正直四級ダンジョンが限界だと思った。
「あいつ、配信者の中でもそれなりに人気らしいんだが、あまり他の配信者とコラボはしたくないみたいでな。ソロで攻略するのも限界があるから最近の配信が伸び悩んでいるって相談されたんだよ」
「そこは無理せずにパーティ……チームを組んだ方が良いですよ。死んだら終わりなんですから」
「それは俺も分かってるよ。ただ、あいつも独学で戦闘経験を積んでいるからかあまり魔法も上達していないんだよ。お願いっていうのは今度の休みにでも美湖の攻略に付き合ってやって欲しいんだ」
「俺がですか? いや、魔法ならセリーヌっていう適任がいますよ?」
俺は魔法に関しては詳しくない。魔法使いとして今後戦うならセリーヌから教えてもらうほうが身になるだろう。
「あ、それならいっそのこと討伐隊の訓練に参加すれば良いんですよ」
「え? そりゃ不味くないか? 冒険者が討伐隊の訓練に参加するなんて……」
「俺がなんとか誤魔化しておきますよ。それに、今のままで勝手にダンジョンに潜られても心配でしょう?」
「ぐ……それは確かに……」
「じゃ、決まりですね。美湖ちゃんに言っておいて下さい……っと、ちょっと注文が立て込んできたのでまた後で」
俺は東山さんとの話を切り上げて、ドリンクを作り始めた。